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第百三十五話 アルデンテの解放⑨


 「自力じゃ無理だと思った? ひとりじゃ封印も解けないほど、か弱い存在だと思った? ねェ? そうなんでしょ?」

 

 封印されているはず少年が見下ろしてそう言う。

 

 「まァ、驚いてくれたようで何よりだよっと」

 

 少年はひとしきり満足するとぶらぶらさせていた足を止め、スタッと地面に降り立った。

 俺は距離を取り彼女を守れる体制に入る。

 

 「安心しなっテ、何もしないから」

 「ずっと隠れていたのか?」

 「いーや、隠れてたつもりじゃないヨ。そっちの壺がダミーってだけ。ボクを封印していたホンモノの壺は上の階にあるんだ」

 

 アルデンテの言う通り、薄暗い上層に屋根裏部屋のような狭い空間が目視できた。二階に封印というのは聞かされていない設計だが、どうやらウソではないらしい。きっと最悪の場合を想定してごく少人数のヒトにしか教えられていなかった封印なのだろう。

 

 「どうやって封印を解いた」

 「アハ、キミたちの求めるものさ」

 

 外の話を聞いていたのかアルデンテは得意げにそう笑う。ストライクライトとは余程凄い権限なのだろう。

 

 能力の詳細を聞こうとしたその時、少年のある異変に気付いた。以前まで十歳前後の見た目をしていた少年が、どういう訳か十代後半の男子高校生並に身長を得て、精悍な顔立ちに変貌を遂げているのだ。

 

 「お前、成長したのか……?」

 「成長や真の姿ではないヨ。魂を器に変える能力の影響を受けた結果だネこれは」

 「そうか。それがお前の権限(ライト)か」

 「ストライクライトは前任者の成熟度合いに色濃く影響される。だから大なり小なり見た目に変化が起きてしまうんだヨ。自分自身にこうして使うのは初めてだから、ボクも実際今がどんな姿なのかよく分かってないけど、砕いた魂によっては女のコになることも可能だよ。……ま、やらないけどね?」


 相も変わらず随分と饒舌なやつだ。しかし一つ気になるワードがあった。


 「魂を砕く?」

 「一度砕いた魂は元には戻らない。けどコノコを助けたいなら、聖傷を治す方法はそれしかない。正確には幾つかあるんだけどー、最も簡単で手っ取り早く、かつ、限られた今この状況でやれる手段と言ったらこれくらいしか──」

 「とにかく助けてくれるんだな? ずいぶんと乗り気だな」

 「──まぁネ。楽しそうだし。それに、お礼はしなきゃだしネ」

 「お礼?」

 

 アルデンテは横たわる彼女の前で膝をつくと、すぐさま傷口に手を(かざ)した。腹の底が見えないので怪しさは満載だが、今は頼らざるを得なかった。

 

 「……うん。ふたつあるネ、魂」

 「じ、じゃあ! ユイリー・シュチュエートは存在するって事でいいんだよな?」

 「ひとつのカラダに魂が二つ以上存在する状態を多重人格と呼ぶならば話は別だけど、人為的に外から魂が放り込まれたことは疑いようのない事実だと言えるだろう」

 

 要するに “ピースとはまったく別の魂が存在している” ということらしい。アルデンテは続けざまに言葉を重ねる。

 

 「ボクに分かるのは数と状態まで。どっちが何色の魂かまでは答えられない」

 「良かった……。ふたつともそこにあるってことは、どっちも助けられるんだよな?」

 「何言ってるノ。助かるのはどっちかひとつだけだってば」

 「いや、でも、魂を器にすれば助かるって……」

 「器にした魂は、二度と転生することもなく消滅するよ?」

 「⋯⋯は?」

 「もしかして、その魂までボクに用意させる気ィ? 言っとくけど、敵のために部下の魂を消費するほどお人好しじゃないよボクは」

 「じゃあ……じゃどうやって助けるつもりなんだ……?」

 

 嫌な予感がした。でもそれを思い付いても口に出すことははばかられた。

 

 「キミが選んでいいんだヨ。使いたい魂と助けたい魂は──どっち?」

 

 無慈悲な選択肢にアルデンテの笑みはより深いしわを刻み込み、剥き出しの歯は不気味に輝く。立ち上がり両手のひらを開き持ち上げるその仕草は、秤の真似事をしているみたいだった。

 

 「そうか……。そういう事だったんだな」

 

 『ユイリーだけでも助けてくれないか』


 彼女はストライクライトを俺に提案した時、確かにそう言っていた。きっとこうなることを予期していたからそんな頼み方が出来たのだ。

 アルデンテの性格をよく理解している。楽しむことを何より優先させる【屍の卿】だからこそ、ストライクライトを無償で貸し出すはずもなく、魂を天秤にかけてくることを知っていたのだ。

 

 同時に俺の事もよく理解していると感じた。

 ユイリーだけでも(・・・・・・・・)──。今になって思い返せば、その言い方はまるで『どちらを助ければいいか分かってるよな?』と問われていたように思える。

 事前にそう問われるのと直前に選択を迫られるのとでは覚悟の決め方がだいぶ違ってくる。あの一言がなかったら俺はきっとどちらも選べずこのチャンスを逃していたかもしれない。

 やはり彼女が──大嫌いだ。俺のことを全く知らないなんて、絶対うそだ。うそつきだ。

 

 「状態は分かるんだよな……。聞かせてくれ違いを」

 「ひとつはこの身体の持ち主で、助からない事を知ってか肉体から離れようともがいてる。もうひとつは檻の中にいるみたいにうまく馴染めてない。居づらそうに端っこに座っているようにも見えるネ」

 「檻……檻か」

 

 ココ最近“檻”という単語をよく聞くような気がする。

 自由に動けない檻の中の魂が、きっとユイリーちゃんだ。

 

 「彼女は言ってた。閉じ込められてる魂を救ってくれって」

 「ふーん、なにもう決まってたノ」

 

 アルデンテは意外そうに目を丸くして自分の狐耳をいじり出した。俺の悩む姿が見れなかったことが残念というより拍子抜けしたという感じだ。

 

 「ボクの記憶じゃピースは男だった気がするけど……、その辺の確認は大丈夫かィ?」

 「ん? 確かに口調とか態度は昔っから荒々しいし、転生する前は男──……男だった、よな……確か。だよな……?」

 

 そう言えば彼女は一度も、昔から男だったとは一言も言っていない。それどころか前から女性であったことをほのめかすような言い方さえしていた気がする。転生した時に性別が変わったと言えば良かったところを──、何なのだろうかこの違和感は。

 すっきりしないがユキを騙った単なるニセモノとは思えない。思いたくないだけかもしれないが。

 

 「ピースはゼロから記憶を捏造しない。そのヒトにとって大事なヒトの記憶を自分とすり替えて、あたかも自分がその大事な人物だと思わせることを得意とする。だから容易に信じてしまうし、思い返す度に古い記憶との矛盾が見え隠れする。ツジツマ合わせが得意なヤツじゃないとピースはやっていけないネ」

 「記憶は……なんとも言えない。変えられてる可能性もあるし。けど男だったっていう印象は俺にもある」

 「そういう感情は大事にした方がいい。なんせキミは命を選ぶ立場にあるんだかラ」

 「おい! なにしてんだ!?」

 

 アルデンテは再びしゃがみ込むと彼女の傷口に右手を突っ込んだ。手首まで突き刺さっているのが見えて、それまでの檻や記憶の話が吹っ飛びかけるほど面食らった。

 

 「落ち着けってば。魂を取り出すだけだ。それより、キミ自身の印象はどっちを求めてるんだィ?」

 「俺自身の印象……」

 

 あの頃のユキは男の子だった──。その感覚に狂いはない。仮に間違っていたとしても、ユキなら男一択で転生しているはずだと俺の印象が告げている。では、アルデンテからみた彼女の印象はどうなのか。

 

 「最後にピースと会ったのはいつだ」

 「二年前だネ。陰気臭い小さな村であの方が勧誘した」

 

 ものすごく薄い線を追うとすれば、ユキは男として転生していて、ピースになった後に妹の身体を間借りして生きているという線。もしこの線が真なら禁術によって囚われている魂はユイリーちゃんではなくユキという事に──。


 ──そもそも過去のユキと今のユキが全くの別人の可能性もあるのに俺はなんていう可能性を追っているんだ⋯⋯。


 頭を強く振って正気を取り戻す。


 「二人とも助けるってのは⋯⋯? だから、俺の魂を使う選択肢はあるか?」

 「それホンキ?」

 

 言葉よりも先に目で本気を伝える。

 たくさんのヒトの想いや神様との約束を途中で投げ出すことになる。でも、助かるなら二人を同時に救いたい。そうするのが俺らしい。らしくいられる選択だと思った。

 

 「勝手だけど今の俺にはやり残したことを託せる誰かが居てくれる。託せさえすれば俺は後悔しない。だから、俺を器に変えてくれないか!」

 「あのねェ、ピースはキミを騙して近付いてるンだよ? それに器もひとつじゃ二つ救えないシ……。もう少し頭を使ってくれてヨ。キミが消滅するのは望んでないんだよボクも」

 

 ボクも……? アルデンテは俺が死ぬことを望んでいないのか。アンデッドに出来なくなるからだろうか。それとも復讐か、他に利用する気かあるからか。

 

 「さァ今度こそ。それだけ覚悟があるなら出来るはずだ」

 

 血まみれの手が腹から抜けて、ふたつの火の玉が床に並んだ。少し浮いている。イメージ通りこれが魂のようだ。

 

 「どうせ悩むなら事前情報はなしにしよう。右と左、キミのインスピレーションはどっちを助けたい?」

 

 どっちがどっちなのか何も告げないまま、アルデンテは愉しそうに笑っている。ほとんど違いのない魂が俺の前で並んで揺れているが、果たして──。


 とにかく、選ぶしかないようだ。

 

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