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第百三十二話 アルデンテの解放⑥


 二人がいつから地上を捨てて痴情を繰り広げているのかは分からない。けれども、どちらもいもうと分妹おとうと分のために必死で己を貫こうとしているのは分かる。

 

 揺れる大気が。

 冷たい風が。

 肌をビリビリと刺す神の力が。

 二人の本気度を伝えてくれているのだ。

 

 「あ、……ああ……」

 

 俺は震えて動けなかった。たぶん、あの二人を納得させるだけの意見を持っていないからだ。

 

 進むのか。戻るのか。

 どちらを選んでも後悔することは解っている。故に、どちらかの勝利を願った。そしてこの勝負、勝った方の意思を尊重すると心に決めた。

 

 「勝った方に……ついて行くよ」

 

 二人は命を懸けていない。命を張るだけの覚悟はあるが、相手の命まで奪うつもりはないと云う意味で。だから意思の強い方が最終的に立ち上がると信じ待つことにした。

 最低だ、卑怯だと罵られてもいい。そのくらい、二人を失望させる選択を俺は取っているから。責任が持てないから。

 

 「もういい……。どんだけやってもアンタは俺を。俺はアンタを。直接手に掛けることは出来ない。余計な誓約せいやく経緯いきさつしがらみ、全部度外視にしない限りな……ッ!」

 

 ユキは一瞬見下ろして、俺と目を合わせるとそう言った。その流れでダットリー師匠に右手を向ける。

 

 なにか、流れが変わった。

 

 「お前さん、ジンガイの力に頼るのか」

 「今も頼っちゃいるが、ここからは……純度一〇〇パーセントでいかせてもらう」

 

 ユキは弓を引くポーズを取る。

 

 広範囲のアンデッドを一瞬で消滅させた【インドラの矢】のポーズに似ている。腕に伸び上がる神の気がだんだんと弓の形を形成していくことから、より一層それに似ていると思わざるを得ない。

 

 「逃げてもムダだぜ。こいつはアンタに直接当たらなくても、広範囲を一瞬で消し炭にできる」

 「ユキ……そんな、ウソだよな?」

 

 俺の中に最悪の可能性がよぎる。そして、案の定ユキはその〝最悪〟を口にした──。

 

 「ユイリーのために死んでくれ。ダットリー」

 

 ユキは殺してでも押し通ることを選んだ。その証拠に大気をビリビリと震わせながら成長する光の矢を師匠の方に向けている。それだけはしないと信じていたのに、殺してでも押し通ることを選んだのだ。

 

 ──俺のせいだ……。俺が、どちらかを選んでいれば。

 勝った方の言う事を聞こうなんて、そんな……甘いことを考えたせいでこんな……。

 無理だ。あの一撃は避けられない。誰にも止められない。師匠は……死ぬ? 俺のせいで。

 

 「チッ……」

 

 途方に暮れていた俺を救ったのは機嫌の悪そうな誰かの舌打ちだった。

 上。いや、横から聴こえた。

 

 同時に師匠の姿が消えた。目を離した隙にどこへ?

 立ち上がって辺りを見渡そうとすると、ふいに何かに背中を掴まれた。

 

 腕を取られる。

 背後に男の胸板を感じる。

 首筋に剣が当てられる。

 息遣いだけでは判断出来ないが、状況から察するに師匠だ。ダットリー師匠が俺を人質のように扱っている。

 

 直後、眼前に小さな雷が落ちる。それがヒトの形を結び取り、弓を引き絞るユキが現れた。

 

 「近付くな! こいつを巻き込みたくはねぇだろ……互いに」

 「なら離せ! さぁ!」

 「それを消してからだ! 今すぐに!」

 「ダメだ! てめェが先だ!」

 「矢を下ろせッ!」

 「離れろ!!」

 

 二人の口論が激化する度に弓に溜まる力も激増していく。

 

 「下ろせ!!」

 「どけ!!」

 「消せ!!」

 「下ろせェ!!」

 「ユイリーと話がしたい!!!」

 

 やり取りの最後に叫んだのは俺だった。

 師匠は俺を人質に取りユキは俺たちに弓を引き絞りながら、譲らぬ押し問答を続けたからそうした。咄嗟の判断だったが、そうしなければいけない悪い予感がした。

 

 「こっ、のォ……!」

 

 ユキは抑えきれないとばかりに、【インドラの矢】を大空に向けて放った。

 矢はその威力に見合わず静かだ。しかし放たれた瞬間と、雲の隙間から光が漏れだした瞬間だけ激しい突風を吹き荒らした。

 あんなモノが直撃していたらと思うと肝が冷える。一度発動したら元には戻せないらしい。俺の判断は間違っていなかったようだ。

 

 「ユイリーを出してくれ、ユキ」

 「おまっ、自分の状況分かってんのか!?」

 「師匠の言う通り、ユイリーの意見に従えば万事解決じゃんか! さぁ早く呼んでくれ」

 「……その前に、そいつが離れるのが先だ」

 

 師匠は俺との密着を解いた。しかし剣先は依然として俺の首筋を眺めている。

 

 「これでいいか?」

 「てめっ! ……あぁくそ! やりャあいんだろやりャあ!」

 

 観念したように言うと、ユキはインドラの力を引っ込めて腕を組んだまま目を(つむ)卒倒(そっとう)した。

 

 「近付くな。罠かもしれない」

 

 支えようと思ったが師匠に阻まれ、起こせなかった。

 声を出してユイリーちゃんを呼ぶ。するとまつ毛を小刻みに震わせてまん丸な瞳を開く。 

 

 「あれ、師匠……? こうだいさん? 私は一体何を……」

 「ユイリーちゃん、キミを助けに来た!」

 「助けにって……どういう状況なんですかこれは!?」

 

 ユイリーちゃんは目が飛びだすほど驚いていた。

 起きたら見知らぬ場所で、しかも自分の師匠が兄弟弟子を人質に立っていれば当然のリアクション。今のところはちゃんと入れ替わっているように思える。

 

 「騒ぐなッ! こうだい、説明を」

 

 それでも師匠は厳しかった。どこから話せばいいか混乱するが、説明の機会を回してくれたのは唯一の救いだろう。

 

 「ユイリーちゃん、まずは落ち着いて。俺は、二人の交換日記を見て協力しに来たんだ」

 「協力?」

 「そう! 今、ユイリーちゃんの魂を定着させるためにアルデンテを解放するところなんだけど、師匠に見つかっちゃって、ほらこの通りなんだ」

 「なんとなく⋯⋯分かってきました」

 「師匠は助けることに懐疑(かいぎ)的だけど、俺はユキと同じ気持ちだ。キミを助けたい! ユイリーちゃんは正直、どうなりたいの」

 「もちろん、助かりたいです……。でも、私一人のためにアルデンテを生き返らせてしまったら、彼に殺されてしまったヒトたちに顔向けできません……。だから、自分ひとつの命よりひとつでも多くの平和のために! 私は、⋯⋯消えても構いません」

 「ユイリーちゃん……」

 

 ──よかった。本物だ。

 日記にも書いてあった通り。ユイリーちゃんは犠牲が出る選択肢に終始否定的だ。

 本物で間違いない。

 

 「師匠これでホンモノだって証明──うぐっ」

 

 そう言いかけた時、右胸に熱い感触が。


 同時に痛みを自覚する。


 視線を落とすと俺に向けられていた剣から血が伝っていた。


 剣先が胸に刺さっている。

 

 「ヒナはいるな」

 「えっ……」

 

 僅かに聞き取れる声で師匠がそう言うが、その刹那──。鋭い光が師匠を蹴り飛ばした。拘束から解放された俺が地面から顔を上げると、そこには光に揺れ神インドラの白雷を纏う少女の姿があった。

 

 「バウッ!」

 

 祠の裏に待機させていたセバスさんが状況を察してか、駆け付けに来てくれた。目に優しい翡翠色の光がキズを癒してくれている間に心を落ち着かせる。まず、目の前にいる少女はどちらなのか──。

 

 飛ばされた師匠が切れた口端を手で拭いながら戻って来る。

 

 「どうした、入れ替わったんじゃなかったのか」

 「できるかよ……。ンなことよォ」

 「ユイリーちゃんには見せられないって意味だよな? ……なあ!?」

 

 俺の問いにユキは、目を逸らさず黙って頷いた。

 

 「こうだい、愛の卿を信じたくなる気持ちは──」

 「師匠! ……俺が何に怒ってるか分かりますよね?」

 

 抜刀した聖剣を師匠の顔に向けて問う。怒りの理由をもし師匠が理解していない場合を考えて、俺は師匠を疑いに掛ける。

 

 「ユイリーの前でお前を刺したことだろ。確かに、アイツが本物だったら、刺激が強すぎただろうな」

 

 師匠は解っていた。だから剣を降ろすしかなかった。

 

 「愛の卿ってなんなんだよ……なんなんだよッ!!」


 ずっと、心を両側から押し潰されている気分だ。このままだと中身が飛び出してぐちゃぐちゃになる。


 「どっちのことも、俺は疑いたくない。⋯⋯そうだ。疑心暗鬼になり過ぎてるだけで、ホントは二人とも違うって線も⋯⋯ねえ? 師匠」

 「この絶好の機会で現れないなら、ある意味敵じゃないな」

 「そうか、珖ちゃんにはピースの能力から説明が必要だったか」

 

 そう言って、ユキはどこか寂しそうに説明する。

 

 「ピースには 『愛する相手を信用させる力』がある。おめェが疑念を抱かず正しいと思えば思うほど、それはピースの術中にハマっているとも言えんだ。だもンで俺もダットリーも迂闊にお前から信用を勝ち取ることが出来ない。おめェがもし現段階で、どちらかしか信用していないのだとしたら、その信用している方が(・・・・・・・・・・)五賜卿(うらぎりもの)だ」

 

 頭が回らない。結局どっちを信じればいいんだ。

 

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