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第百三十話 アルデンテの解放④

こんな早朝に投稿する内容ではありませんね。

重すぎて胃もたれしませんように……(-人-)


 

 『これは幸運だ。幸運だとしか言いようがない。ここにラッキーストライクが来たことはまさに奇跡だ』

 『そうだね! ラッキーストライクを倒せて良かった! 珖代さんはやっぱりスゴい!!!』

 『残念ながらユイリー。聖剣を突き立てたくらいじゃアルデンテはたぶん殺しきれない。だが、問題ない。それでこそ俺たちに天は味方してくれてるんだ』

 

 

 時系列は突如、イッキに進んだ。内容から察するにこれは聖剣をアルデンテのケツにぶっ刺し気絶させた、一回目の討伐直後の話し合いらしい。

 ユイリーちゃんの字も飛躍的に上手くなっている気がする。

 

 「まさかページを読み飛ばしたか?」

 

 そう思い、戻ったが違う。

 

 「ん? これって……」

 

 だがおかげで、違和感には気付けた。あるページを境にページが数枚抜け落ちている。

 二枚か三枚。小さな誤差のように思えるが、丁寧に人為的に切り取られた跡がある。

 

 偶然でも粗雑に破いたわけでもなく、バレないように抜き取られた丁寧さは見るからに怪しい。きっとユキの仕業だ。

 

 「見られたくないものでもあるのか?」

 

 本を閉じて上から確認すると、他にも抜け落ちた箇所を見つけた。前半にはほぼ無いが、後半に行けば行くほど増えている。姉妹の会話を全て盗み見みしたい訳じゃないが少し気になる。とりあえず今は読み進めよう。

 


 『どうして生きてると私たちにとっていいの?』

 『ラッキーストライクには魂に縄を巻き付けて器に固定する能力と、その縄を強めたり弱めたりする能力がある。要するに分かるな何が言いたいか』

 『禁術が解ける前に、縄で締め直して強化するってこと?』

 『やるぞユイリー。お前が生き残るためだ。俺はアルデンテを解放してお前を救う。絶対に、、、』

 『いやだ。がんばって倒したアルデンテを逃がすようなマネしたら苦労したみんなに申し訳が立たない。それに世界中にまで迷惑をかけちゃうでしょ。そんなことまでして生きたくないよ』

 『分かった。俺が直接珖代に会って話をつける。だからお前は何も心配するな。十五年ぶりの再会だ。アイツが俺の事忘れてないかだけ祈っててくれ』

 

 

 「そういうことだったのか……」

 

 ユキと久しぶりの再会を果たしたあの日、ニセ魔女に攫われそうになったり暴走したアルデンテを助けたりペリーに襲われたり色々あったが、ユキはユイリーちゃんを助けるために俺の前に姿を表していたことが日記で明るみになった。

 少し会話が噛み合っていないのが気になるが……。

 

 ちょっと前のページで『珖代のためにも会わないつもりだ』とユイリーちゃんに経緯を語っていたが、自分や俺のためでなくユイリーちゃんを救うために俺と接触を果たす気になったとは少しだけ悲しい気分になる。

 いつかユキは、弟より妹が今は優先だとも語っていた。その言葉の意味がようやく染みた。大事な妹を守るためにユキは独り戦っていたようだ──。

 

 次に日記が更新された日付けは最後の決着がついた翌日、つまり俺が寝込んでいた丸一日だった。

 

 『アザナお姉ちゃん、珖代さんとはお話しできた? 昨日とはだいぶ状況が変わっちゃったみたいだけど大丈夫?』

 『悪い。切り出せなかった。次こそやってみせる。まだチャンスはあるから』

 

 ユキは俺に会って道を示してくれた。だが魂に期限があるなんてことはさらさら話してくれていない。はっきりと言おう、不満であると。

 しかし文面を見る限り、ユイリーちゃんに危機感が見受けられない。自分の命とアルデンテの解放は秤にかけるのもはばかられると云う意識なのか、否定的な意見がかなり目立つ。

 

 またページが飛ぶ。

 日付けは一日前だ。

 

 

 『今度こそ明日こそ、珖代にこの日記を見せようと思う』

 『いいよもう! やめて! 見られたら死ねるから!』

 『心配するな。見られたくないページはちゃんと切り取っておく。それで珖代が協力してくれたらオンノジだろ?』

 『決行は明日、明後日? 本当にやらなきゃいけないの?』

 『明日の夜のつもりだが全ては珖代次第だ。あいつの協力が必要だ』

 『もし来なかったらやめてくれる?』

 『来るまで待つ。お前を救うためなら俺は何年だって待つ。世界がどうなろうが知ったことじゃない。俺は俺のために俺の妹を助ける。絶対に』

 

 

 ユキの意思は固そうだ。

 

 「具体的にどうしろと……?」

 

 方法は一切書かれないまま日記はそこで終わっている。一応最後までめくって見るがもちろん空白。

 

 “助けたい” という想い “助からなくてもいい” という想いがぶつかり合ったまま終わっている。

 

 二人だけでは話がつかなかった。故に俺が必要なのだろう。

 

 「ずるいぞそんなの。俺に命を選べって言うのかよ……」

 

 トロッコ問題──。

 それによく似ていると思った。

 

 目の前の暴走するトロッコは分岐を変えないとユイリーちゃんを轢き殺す。しかし分岐を変えれば、将来的に多くの犠牲者が生まれる。その分岐のレバーの前に立たされているのは今、俺なワケで。

 

 「……ん?」

 

 その時、しおりのような小さな紙がヒラヒラと手帳の隙間から地面に落ちたのが見えた。手に取って見ると、一言『森の祠へひとりで来い』と書かれていた。

 

 俺はユキのためじゃなく、ユイリーちゃんのために行くべきなのか──。そんな事を本気で悩み始めて、ふと後方を見た。

 

 

 ドアが少し空いている。

 

 

 確実に閉めたはずのドア。それは恐らく、彼女の居た事実の証明──。

 

 「かなみちゃん?」

 

 問題はいつから居たのか。最悪、全てを見られたと考えなくては──、

 

 「私です。珖代さん」

 

 意外なことに、そこに居たのはパジャマ姿の薫さんだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「ふぅ……ごちそうさまでした」

 

 リビングにて、薫さんの入れた甘いココアを飲み干す。普段はうちの少女たちが瓶詰めの粉を溶かして飲んでいるので、こうして飲む機会はそうないが美味しい甘さが脳全体に広がって、視野がグッと広まった気がした。

 

 薫さんは思い詰めた表情をして部屋に戻った俺を心配してドアをノックしたそうだ。しかし、手帳に夢中になっていた俺はそれに気付かなかったので、ドアを開けて様子を伺っていたそうだ。

 薫さんには俺が机に向かってそこそこと何かをしていることは理解したが、その中身までは知らなかったという。

 

 色々訊いておいて何も語らないのは心配してくれた人に失礼な気がした俺は、手帳を渡した上でこれから行うことの全てを薫さんに打ち明けた。

 

 今はココアを飲み干し、それが一段落したところ。

 

 「覚悟を問うべきですか? 珖代さんがどうしたいのか」

 「いえ、薫さんに打ち明けたらなんかスッキリしました。たぶん、答えは最初から決まってたんです。それが分かっただけでもだいぶ救われましたから。ありがとうございます」

 

 説明していく中で自分の気持ちを整理し、再確認できた。ひとりで悩んでいてもどうしようもなかっただろうから、薫さんには感謝してもしきれない。

 

 聖剣を携えて家を出る。すると、見送りに来た薫さんがセバスさんも連れて来た。セバスさんは眠そうだ。

 

 「……五賜卿は危険です。何があるか分からないのでセバスさんも連れて行ってください。お願いします」

 「バァ……ウ」

 

 その "お願いします" は俺に対してではなくセバスさんに向けての意味合いが強いように感じた。セバスさんに何かしらの想いを託して薫さんは一足早く家に入っていった。

 

 当然断れるはずもなく、俺はセバスさんを連れて深い深い夜の森へと足を踏み入れた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 きっとこれは、

 多くのヒトを、

 多くの国を、世界を裏切る行為だ。

 

 間違いなく信用も失う。

 殺される可能性だってある。

 でも俺は、ここへ来る判断を下した。

 

 その選択に後悔はない。

 祠の裏側にセバスさんを待機させておき、俺は遠回りをして祠の入り口へとやって来た。

 

 「よぉ、たまちゃん。本当に来てくれたんだな。……恩に着るよ」

 「別に、自分の意思でそう決めただけだし。気にするな」

 「そう言ってくれるだけ助かる。──でだ、誰にもバレてねェよな?」

 「どうだろうな。ひとりで来てるつもりだけど、巻いてこれた自信はない」

 「まあ、しょうがねェか」

 

 ユキに真正面からウソをつくのは昔から苦手だ。しかし一匹(・・)のことは聞かれていないのでウソは付いていない。セーフだ。

 

 「じゃあ、やるぞ。ユキ」

 「おう頼んだ! さっそくボタンを押してくれ」

 

 俺はおもむろに取り出した小さなリモコンのスイッチを押した。

 ボタンは『開』『閉』としかなく、『開』を押すと祠の頑丈で分厚いトビラがガレージのシャッターのように上に収納される形で開く。

 

 「そんなンあったのかよ!?」

 

 ユキは分かりやすく目をまん丸にして隣りで驚く。

 

 「なんだよ、知らなかったのか? 祠の横の開閉ボタンを押すと誰が押しても警報が鳴るシステムだ。結界を抜けたあともしっかり考えとけよな」

 

 とは言え、普通に開く時ですらゴゴゴと大きな音がなるレベル。住民から反対されず街の近くに建てられていたら、間違いなく音でバレてたことだろう。

 

 「安…しろ珖だ…………おまえ……賜……んかに…対させね……らよ」

 「はい?」

 

 ユキが俺を見ながら何か言ってるが当然ほぼ聞こえない。

 ちなみに認識阻害の結界術式の抜け方は簡単。ここに祠がある事を事前に知ってさえいれば掛からずに済むからだ。

 

 「なんて?」

 「何でもねェ。お前が居てくれてマジで助かるわーって」

 「世辞はいいから、ほら準備するぞ」

 

 トビラが開くと中から真っ白な冷気が漏れてきた。それは比喩的な意味ではなく、アルデンテのもしもの復活を阻止するために内部温度がマイナス20℃に設定されているからだ。

 

 「こうだい」

 

 中の封印壺は非常に冷たいため手袋をはめて準備をしていると、ユキではない誰かの声がして振り返る。

 

 「師匠……?」

 

 現れたのはいるはずのないダットリー師匠。物凄い剣幕でコチラをまくし立てるように見つめ、その手には長剣が握られていた。なにやら不穏な空気をまとっている。

 

 「動くな。何も考えず今すぐその装置をコチラに渡せ」

 「し、師匠……? なんでこんな──」

 「黙ってオレの言うことに従え!」

 

 ここに誰かがいること自体おかしな話ではあるが、師匠の様子は明らかにおかしい。まるで、俺たちを殺さんとするばかりの気迫で語ってくる。

 

 「その女はユイリーじゃないッ! ましてや、お前の過去にあたかも寄り添い、お前のために苦悩するような都合のいい女でもないッッ!!」

 

 

 

 ダットリー師匠はおもむろに指をさした。

 

 

 

 「ソイツの名は──」

 

 

 

 その指はユキに向かって伸びている。

 

 

 

 「──五賜卿『愛の卿』ピースだ」

 

 

 

 冷気より、冷たい声だった。

 

 

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