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第百二十八話 アルデンテの解放②


 俺たちはいくつか城を探訪したあと、入口の前に集まった。

 

 「『斎藤 実(これ)』と『斎藤 貫(こう)』だな?」

 

 ユキは拾った木の棒で地面に二つの漢字を並べて書いた。勇者と俺は間違えていない事を確認し合い頷いてみせる。

 

 「うーん偽名なんだろうな、どっちも。だから食い違う」

 「元々特徴の少ない名前だったので疑ってはいましたが……、偽名でほぼ間違いないかと」

 

 ユキと勇者の会話を横目に聞きながら二つの名前を見比べていると、頭の中で何かが弾けようとしている感覚が巡った。

 

 「サイトウマコト……」

 

 ふと、そんな言葉が口を衝いて出る──。そして、俺の知る限りの『サイトウマコト』像が記憶の岩盤から湯水の如く湧き出してきた。

 

 「斎藤実……! 斎藤実か!」

 「あ? 誰だそりゃ?」

 「みのると書いて、マコト。とおるの方はおそらく旧字体のまことから来てると考えれば──」

 「で。誰なんだよ、ソイツは」

 「──第30代内閣総理大臣だよ」

 「そ、総理大臣……」


 斎藤 まこと

 過去に日本で首相を務めた男。その名に行き着いた事で勇者は目を見開き、ユキは驚くよりも先に手放しで賞賛してくれた。

 

 「……なるほど。すげーな珖ちゃん。さすが歴代総理大臣、小泉まで覚えてマウントしてきただけのことはあるぜ!」

 「やめてくれ……」

 「喜久嶺さんの言った通り僕たちが会った男が斎藤実なら、相手は元軍人の武闘派。それも、海軍大将にまで上り詰めた男ということになりますね……」

 

 勇者は顎に手を当て、慎重にそう答えた。俺は単に共通しそうな人物の名前を挙げただけだが、その表情は真剣そのものだった。


 「まてまて、まだ確証した訳じゃ──」

 「海軍大将で元総理ってやべーやつじゃねぇか! てか、てめェも物知りかよ勇者」

 「僕のは教科書を読んだ程度の浅知恵ですよ」

 

 勇者は本を畳むようなジェスチャーをして軽く笑った。

 

 こんなのは憶測の域を出ない、仮定中の仮定の話だ──。

 俺たちを惑わすために向こうがわざとカスメた線もあるし、或いはただの深読みという線もある。だが少しでも引っかかりを感じたのなら、行き止まりにぶつかるまで考察を伸ばしてみるのも俺は一つの正しいやり方だと思う。

 

 「30代目って結構古くねェか? 転生してるとしても、アイツ幾つだよ」

 

 ユキの疑問には勇者が答えた。

 

 「斎藤は確か、高橋是清らと共に二・二六事件の折にクーデター側に暗殺されていることで有名ですね」

 

 そこに続けて知る限りの知識を俺も振り絞る。

 

 「二・二六事件って云うと……、第二次世界大戦直前くらいか確か」

 「ええ。七十代で死に、没後さらに七十年以上が経過していますから、転生体も早ければ七十代です」

 「あのヤロー。あの見た目でジジイだったのか」

 

 ユキは斎藤に、どこかで会ったことが(・・・・・・・・・・)あるようだ(・・・・・)


 二人に俺の考えを伝えてみる。

 

 「いや、即転生したとは限らない。斎藤はクーデターが起きる前から自分が襲撃される事を予期してたって聞いたことがある。分かってたんなら暗殺されたように見せかけて国外逃亡──。なんてことも可能だったんじゃないか?」

 「仮にそうだとしたら場所は──、アメリカ……ですか。彼の友人がアメリカ大使館に居ましたし、海軍にもコネがあるなら匿われていた可能性は十分ありますね」

 「英語も堪能だったらしいしな」

 「なんか、正直、全然ついてけねェけど……、ま、俺らができて総理大臣が転生出来ないってことはねェだろうな」

 

 ユキは俺たちふたりの会話を分かった風に眺めるに留まる。

 

 「しかしやはり、確証が持てるものが何ひとつ無いのが歯痒いですね……」

 「ああ。そこだけはどうしようも……」

 「あー……要するにィ、第二次世界大戦前に生きてた証拠があればイイのか?」

 

 ユキは頭を掻きながら『証拠』という言葉を振りかざした。分からないなりに内容を噛み砕いたのだろう。おそらく、俺たちも知らない何かを知っている。

 

 「やっぱり会ったことがあるんだな」

 「ああ。おめェらが気絶してる間に、向こうから俺に接触して来たんだ。アイツは自分が転生者であるという証拠として、あるタバコを見せてきた」

 「タバコ?」

 「銘柄は緑色の(・・・)〘ラッキーストライク〙。日の丸柄になる前のそれが販売されてたのは第二次世界大戦中まで。つまり」

 「僕もっ、僕も見ましたっ! 初めてあった時にそう言えば見せてもらいました!」

 

 勇者は興奮ぎみにユキの話しを遮った。斎藤はこの世界にないハズのタバコの銘柄を見せて、自分が転生者であると云う証拠にしていたようだ。ちなみに俺は見せてもらってない。きっとそうする必要がなかったからだろう。

 ユキは続ける。

 

 「つまりな、それを持ってた斎藤は、第二次世界大戦前まで確実に生きてたっつーことだ」

 

 それは斎藤実が史実より少しだけ長生きしていたという証拠にはならなかったが、トオルが七十年前のアメリカを生きていたであろう、文字通りの『証拠』となった。


 「やけに詳しいな」

 「親父が古い煙草のコレクターでよ。よく自慢されたもんさ」

 「百歳で大往生したとしたら、転生体は四十代かそこら。段々とありえない話では無くなってきましたね⋯⋯」

 

~~~~~~~~~~~

 

 ユキは帰り際、スケインとカクマルが殉職した場所で、対話でもするかのようにゆっくりと手を合わせていた。

 それを後ろで見守りながら、俺は少し勇者と話しをした。

 

 「この国のヒトたちはなぜ死者を重んじないのでしょうか……。呪いや噂は信じるのに、死や霊的概念がここまで浸透していない国は初めてです。ユールにあるボロボロの墓場はただ死体を廃棄する場所でしかなかった──。だから二人の墓は街の外に造ってもらいました。死者を尊ぶ文化が根付かないどころか、身近なヒトたちが死のうと明日からまた普通の生活に戻れる彼らが……、僕には理解できません」

 

 死生観について触れる勇者はどこか寂しそうに下を向き続けた。復興や祝賀会のことばかりで葬式のひとつも行わないユールに疑問を抱いているようだ。スケインとカクマルの死を乗り越えらない分、少し羨むような目をしていたのは気のせいでは無いのだと思う。


 しかし、──しかしだ。

 

 「それは違うぞ勇者。この街のヒトたちは決して死者を軽視してる訳じゃない。変わらぬ明日を過ごすのは過去の分まで気負わず背負って、一生懸命生きてるからだ。第一この街は、奴隷解放の歴史の上に成り立ってる解放(はじまり)の街だぞ。だからどんな考えのどんな奴がいようがみんな自由だけさ。……奴隷さえ連れてなければな」

 「はは。よくそれで秩序が保たれてますね……。驚きです」

 

 勇者はそう、認めざるを得ないといった形で笑った。

 

 「先人が切り開いた歴史に皆誇りを持ってる。だから保たれる。ちゃんと受け継いでるんだよ、過去から色々」

 

 目を瞑ると今にも思い出す──。バカ騒ぎして飲み明かす保安兵たち、壁の建設に尽力を尽くす冒険者たちの姿。みんな何事にも全力だった。だから自ら志願して復興支援に協力する者もいたし全力で遊んでる奴もいた。街が明るくて、住民がイキイキしていた。日本にいた時、あまり見られなかった光景が広がっていた──。

 

 「まあ、過去を引きずらないってのは羨ましい生き方ではあるけどな」

 

 斉藤の話の直後──、ユキは俺たちに『ライト』という五賜卿それぞれが持つ権限について教えてくれた。黒幕の正体が元総理大臣の斎藤実である事がほぼほぼ確定し、彼の狙いがその権限である可能性が高いことを示唆してくれたのだ。

 さっきまで考えても仕方ないとか言ってたのにこの変わりようはなんなのか。ユキ的にもそこまで分かれば十分満足なようので、あとは外観の怪しそうな所をチェックして城前に戻ってきた。

 そして──、現在に至る。

 

 「貴方が何を言おうと角丸は……」

 「え?」

 「なぁなぁ、おめェらは手ェ合わせなくてイイのか?」

 

 ユキが帰ってきて、話の腰を折るように俺たちの間に入った。からかうように腕を組んでくるが、胸が当たるので俺たちはさっと離れた。

 

 「それじゃあ僕は皆を待たせてるので戻ります。短い間でしたがお世話になりました」

 「なんだよ。まだゆっくりしてけば良いのに。もう誰も出てけなんて言わないぞ?」

 

 最初はあんなに面倒くさかった存在が、いざ居なくなると思うとちょっと名残惜しい。体調が万全になったから、旅に出るみたいだ。

 

 「そうも行きません。もう十分すぎるくらい休みましたから」

 「そうだ。だったらちょっと待て」

 

 空を掴むように右手を前に出す。そして──、心の中で『来い』と呼ぶ。

 願って数秒、木々の間を颯爽と抜けて飛んで来た聖剣が俺の手に納まった。

 

 「ほら。今ならコイツも、俺よりお前を選ぶはずだ」

 

 そう言って渡すが、勇者は首を横に振って受け取りを拒んだ。

 

 「聖剣は、暫しお預けします。いずれ貴方を超えて、正式に奪い返します。その日までどうか、大事にしてください」

 

 勇者ははっきりと俺の目を見て言い放ち、その足で仲間の元へと向かった。


 

 

───────────

 

 

 

 「クソっ!」

 

 洸たろうは八つ当たりでもするかのように、枯れない森の木を思い切り殴った。その拳には小型ナイフが握られていて、木には深い傷跡が残った。

 

 「【回帰納刀】(あんなの)あんな見せられて、おいそれと受け取れるワケないだろがッ……」

 

 悪態をついて少し落ち着いた洸たろうはふと、後悔するように声を漏らした。

 

 

 「あーあ。珖代(アイツ)──」

 

 

 聖剣は実力でヒトを選ばない。



 「──やっぱ殺しておくべきだったか」



 聖剣は、中身に重きを置く。



 あの日、珖代が選ばれた日(・・・・・・・・)──。



 同じナイフを手に隠し持っていたことで、聖剣は勇者の元を離れた。

 

 

 

 

勇者が犯行に及ぼうとした日。

それは、二章第十四話「二度目の死」

土下座する勇者の聖剣を珖代が拾って勇者の肩を叩いた瞬間でした。


殺意は一体、何に阻まれたのか。

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