第百二十五話 『空席同盟』
五賜卿の消滅により空席が生まれた。しかし、新たにそこに名を連ねるにはそれに見合った条件があった。
セブンスターが『王者』でなければならないように。
ピアニッシモが『懐柔』するように。
ラッキーストライクが『幸運』に見舞われるように。
パーラメントが『交渉』を識るように。
ピースが『愛』し続けるように。
五賜卿それぞれにある条件──。
つまるところ “補欠” というだけで自動昇格できるほど甘い世界ではないのだ。トオルもそれは重々承知している。
過去に存在した “メビウス” という五賜卿には『表裏一体』という条件があった。その条件に自らが見合わない事を知っていたトオルは、別の人物を代役として立て、空席を埋める新たな五賜卿から表裏改変なるものを奪おうとしていた。
「なるほどなるほど。ええ、彼ならば確かにメビウスになる条件も備えておいででしょう。ラッキーストライクが潰え五賜卿に空席が空いたかと言われれば、グレイプ家の特殊さも相まってものすごく微妙な所ではありますが、……メビウスの復活のために手を組むのはやぶさかではありませんね」
「……。」
「僕たち三人、力を合わせれば空席は必ず埋まる。彼の交渉相手として。彼の師匠として培ってきたその経験を存分に活かしてほしい!」
言葉数が対極にあるパーラメントとダットリーに対し、トオルはさりげなく上から目線で物を言った。
「……勘違いするな。あくまでオレたちは」
「分かってる分かってる。これは飽くまで彼をメビウスにするための同盟でしょ。そのあと、一度きりのメビウス・ライトをどうやって手に入れるかは自由だ。順番は早い者勝ちってコトで」
トオルがふたりに目配せすると、パーラメントは小さく、
「それさえあればモリスマキナ様やアルデンテ様も……」
と声に出した。
トオルが「これでよろしい?」と確認すると、ふたりは頷く。その直後「メビウス・ライトの恐ろしさを理解しているのか」とダットリーに問われたトオルはこう答えた。
「パーラメント・ライトやピース・ライトがどんな権限かは知らないけど、メビウス・ライトが失った過去を取り戻す力だということは知っているよ。長く生きていれば精算したい過去とかやり直したい過去がぽこぽこ生まれてくる。僕たち三人はそんな大切な過去と向き合い取り戻すために。ここに、新たな同盟を結ぶ──。たとえそれが、今をぶち壊そうとも僕たちは望む未来へ進む。この同盟は彼にはもちろん、他の誰にも内緒だ」
「もちろんだ」
「言われるまでもありませんわ」
行く先は、明るい未来を選び取るための過去。
今を失ってでも過去を変えるために、三人は実質的な休戦協定を結んだ。お互いに協力し合うのではなく、邪魔をしない。情報を共有しない。次なるラッキーストライクが生まれることを妨害し、五賜卿メビウスの復活を優先させる。
それが『空席同盟』のルールとしてまとまった。
一つの同盟が成立し用が済むと、二人はそれぞれ別々の方向に歩き出した。
ひとりはグレイプ家の平穏を取り戻すために。
ひとりは行方不明の妻を探すために。
空席同盟ここに成立す。
まずは表裏一体した彼を五賜卿に引きずり込むのだ。
~~~~~~~~~~~
一人取り残されたトオルは、眼下に広がる荒野を眺めながら、ふと何処かで聞いてきたかのように口を動かす──。
「"Lucky Strike Green has gone to war."(ラッキー・ストライクの緑は戦場に行った)……しかしこの場合は、グリーンではなくグレイプが正しいか」
皮肉を込めるように、ニヒルに笑いながら。
───────────
---珖代視点---
あれから丸二日が経とうと云うのに、何故誰もユールに訪れないのかようやく判明した。
きっかけは唯一の訪問者。男は自分を “神官” だと名乗った。
男は理由を話す代わりに、交換条件としてウメ・ハッシュプロの身柄を引き渡すように要求してきた。ウメ? トメじゃなくてウメ? と俺は思ったが、どうやらあのゴタゴタの中、ウメ・ハッシュプロと言う神官もユールに訪れていたらしい。しかもトメ・ハッシュプロのお姉さんだったらしく、姉妹は別れ際までずっと一緒だったという。
この話を中島さんから聞いた時には、既にふたりの神官がユールを出てしまった後だったので、どんな人達だったのか俺には分からない。
人の来ない理由に関しては、ユールが敗北したと王様が勘違いし、戒厳令を敷いてしまった事が原因らしい。だから、大地の騎士団は勝利を知らせるために急いで王都に帰ったのだとか。
なんとも早とちりが過ぎるというかなんと言うか……、トカゲのしっぽ切りをされたような悲しい気持ちになったけれど、街の商売人たちも同じように不満をたれた。
特に、レクムの女主人デネントさんなんかは
「王様は先も読めない無能さまなのかい? アタシが王都に出向いて一発ぶん殴ってやろうかね」
とかなり憤っていて、旦那さんが必死になだめる程の事態になっていたらしい。
ちなみにこれも中島さんから聞いた話である。
肝心の俺はこの二日、正確には丸一日眠り、起きてからはほとんど聖剣を振っていた。自分の体調が万全かどうかを確かめる為でもあったが、これは聖剣の所有者が誰なのかをいち早く確認したかったからというのが大きい。
結論から言って聖剣は前よりよく手に馴染んだ。風に飛ばされそうなほど軽いのに、岩を容易く真っ二つに出来る優れものに変わっていたのだ。故に俺が所有者であることを暗に認めてくれているように思えたが、所有者の元に戻ってくる性質みたいなものは何故か発動しなくなっていた。
聖剣は本当に所有者を俺と定めたのだろうか……。アルデンテを倒したあの一撃は、聖剣が勇者に歩み寄ったように見えたが、洸たろうはどう感じているのだろう。
「おーいこうだい!」
そんな事を考えながら稽古を終えタオルで汗を拭っていると、俺に声を掛けたのはダガー使いの少女ピタだった。彼女は背の低い種族出身という事もあり、小学校高学年くらいの背丈しかない。一瞬見失いかけたが視線を少し下げると手を挙げてピョンピョン跳ねている姿が見えた。かんわいい。
「ピタ。ちょうど良かった。洸たろうの様子はどう? 変わりない」
「そのコータローが目を覚ましたから呼びに来たんだ。とにかく早く来てくれ……!」
ピタは走って来たのか息を切らしていた。
「何かあったのか……?」
「いや、別にそういう訳じゃないんだが……こうだいがたまたまココにいたからなぁ。たまたま見つけたからなぁ!」
そう言って視線を逸らすピタ。恥ずかしそうに頬を赤らめている。
たまたまはおかしい。
剣の修練に訪れたココは街の外れにあるただの荒野。それこそ、誰かに俺の居場所を聞きでもしない限りたまたまでは絶対に会えない場所だ。
きっとあちこち探し回って来てくれたのだ。たくさんのヒトに声掛けして、最後は俺だったのか。そのことをおくびにも出さないピタなりの気遣いにツッコむのは野暮だろうし辞めておく。
「場所分からないだろ? ほら、行くぞ!」
強引なピタに手を引かれ、俺は洸たろうたちの泊まっている宿に向かった。後ろから見たピタの耳は真っ赤だった。