第百二十四話 ずっと前から死んでいた少年
「亡くなられた息子というのは、アルデンテ様──アナタの事です」
一瞬、間があった。可笑しくもないのに口を歪めるアルデンテは若干の恐怖や戸惑いを感じていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれヨ。ボクが亡くなった? じゃあキミの目の前にいるボクはなんナンだよ」
「……アンデッドです」
「あ、アンデッドォ? 何を言ってるんだ。ボクは痛みを感じるし、血も出る。アンデッドだって操れる。それでアンデッド? バカ言わないでくれよ……【屍の卿】じゃなきゃこれは出来ないことだ!」
「先ほどのソギマチでしたっけ。彼女たちも痛みは感じますし出血もします。また、権利を託せばアンデッドを率いることも可能でしょう」
受肉する屍は痛みや出血までも再現できる。それはアルデンテも理解している事実であるが、屍兵をアンデッドに率いらせるという発想は今までした事がなかった。だからなのか、知らない事実を含め認めない。
「ボクがアンデッドなら操っているのは誰なんだァ? 言ってみてよ……ねェ? ……誰なんだヨォ!?」
「母親と同じく寿命を食らう病に倒れた息子の亡骸を触媒に、次代の継承者として召喚させたのは、紛れもない先代のご意思」
「それって……」
「はい。アルデンテ様を蘇らせたのはお父上、ブランシール様です」
その言葉を聞いた瞬間、アルデンテは肩の力を失ったようにダラりと両腕をぶら下げて、口を半開きのまま視線を落とした。認めたくない男に生かされている事実。それを受け入れないように目は虚ろになる。
「ブランシール様はモリスマキナ様に次いで二番目にネクロマンサーとしての実力がありました。継承の際、異論を唱える者は誰もいなかった程です」
「黙れ。ボクは……ボクは……死んだ記憶なんてないぞ」
「お父様ならアンデッドの記憶を制限できます。覚えていないのも仕方ないコトかと」
「……アンデッドを召喚できる。他でもないこのボクがその権利を行使している!」
「そのための魔力はお父様が肩代わりしています」
「……特別な兵だって造れる! ボク自身の手でッ!」
アルデンテは確かに動く自分の心臓を握りしめながらパーラメントに問い詰める。
「ほぼ全て、お父様からの借り物では?」
鷲羽茂蔵やソギマチはまさにその通り。先代にも仕えたアンデッド。
「私兵は三十万!! これはボクの実力で集めた──」
「全盛期のお父様の私兵は二百万です」
「!?」
もはや、否定は無意味だった。
「ウソだ……そんなはずナイ」
「それが真実です」
少年は受け止められない真実に膝から崩れ落ちた。夢も希望も何もかも失ったような目は深淵に落ちずに済んだが、代わりに多くのものを見失った。その無機質な目で地面の石ころを眺める。完全に蚊帳の外であるトオルでさえも、その真実には目を見開くほど驚愕したことは間違いなかった。
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「事実を受け入れたうえで躍動し、ラッキーストライクも想像以上の健闘ぶりを見せた。が、これでグレイプ家は当分継承を行えなくなった。今のうちにことを進めなくてはだな……」
そんな独り言を述べたトオルは乾いた風に乗る砂利を踏む音を聞き、ゆっくりと振り返る。
「アレぇ、ダットリーさん? ……おかしいなぁー僕が呼んだのはピース先輩のはずなんだけど。あ、もしかして、強制召喚に応じなかった最後の五賜卿ってのはまさ……──がッ!!」
赤い髪、三角星座の泣きボクロ、そして瞳孔を覆い隠す細い目の男の腹に衝撃が突き抜ける。体が浮くほどの一撃に肺から全ての空気が噴出し、カラダが地面に落ちると同時に胃液を吐き出した。
「ごはっ、ゴホ……手荒いなぁ。なにもここまで、歓迎しなくても」
「オラぁてめぇを知らねぇ。てめぇもオレを知った気でいるな」
「まぁ、来てくれただけでもいっか……」
殴られた腹を擦りながら笑みを浮かべてトオルが立ち上がると、その声に被せるように低い声の男が口を開く。
「あのスクロールにメッセージを載せたのは、お前さんで間違いないんだな」
「That's Right。大量のアンデッドを解放して得するのは五賜卿側のニンゲンだけ。であればあの場にいなかった五賜卿の仕業に違いない! そう踏んだ僕は、本人がスクロールを回収しに来るのを見越して、此処へ来るよう書き記したという訳です」
壮年の男は自らの愛弟子に【『アンデッドの進行を阻害する装置』の働きを逆流させるスクロール】を貼らせた。その結果、三十万のアンデッドがユールに攻め込んでくる事態となり一時はアルデンテたちの有利に傾いた。
勇者の一撃によってアルデンテとの全ての決着がついた後、そのスクロールを発見したトオルはたまたまその分野に詳しかったので、魔力の流れを逆にするスクロールの希少性に気付いた。そしてピースなら回収しに戻ってくると確信し、余白にメモを書き残した。そうしてこの場所で待っていたのだ。
「オレがスクロールを回収すると、なぜ五賜卿になる。そうじゃねぇ可能性だってあるだろ」
「僕にウソやごまかしは通じないよダットリーさん。それより、単刀直入に聞くけど、僕ではラッキーストライクにはなれないかな?」
「ああ」
誰であろうとトオルの質問にはイエスでしか答えられない。
「ピースにも?」
「ああ」
「じゃあピースの魔称はいいから、権能を譲ってよ」
「オレはオレの目的のために此処にいる。たとえどんな能力でも、使えるものはオレのために利用する」
「ってことは、あげる気は無いんだね……。まあ、YesQuestionが使えない時点で無理なのは分かっていたけど」
トオルは闘いたくてうずうずしているのか指先をクネクネと動かし顎を引いた。しかし、それ以上近付きはしない。
「どうした、やるならオレは一人だぞ。殺してでも欲しいものを奪ってみたらどうなんだ」
「いやー、ひとりじゃないんだよねそれが。ねぇ。もういるんでしょ? パーラ先輩」
呼び掛けに応じて青い肌の女、パーラメントがやって来た。最初から二人の様子を眺めていたようだ。
「あら、殺し合いが見れると期待していたのに。残念」
パーラが同じく呼ばれて来たと知ったダットリーは、あからさまに舌打ちをしてみせた。しかしそれが、パーラの怒りに触れる。
「大地を粛清する者、アサシンEなど、いもしない人物を創り我々を惑わしたダットリーさんに逢えるなんて、光栄すぎて蟲があなたのカラダに卵を産み付けてしまいそうですわ♪」
「ビビって勝手に噂を広めたのはてめぇだろが。ドミクソ商会」
一触即発のパーラメントとダットリーをトオルがなだめる。
「まあまあ、そう怖い顔をしないで美人が台無しだよパーラ先輩。ダットリーさんも顔、怖すぎだから」
三人は互いに距離を取って向き合う。互いに信用が置けない間柄。
「それで、オレたちを呼んだ理由はなんだ」
「同盟を組もうかなって。表裏改変のために」
「「──ッ!?」」
メビウスライトという言葉に二人が強い反応を示した。何でもない風に軽く言った言葉をふたりが畏れる。
「てめえ、それをどこでっ……!」
質問に答えずニヤけるトオルから、ダットリーがパーラに視線を移す。
「ワタクシじゃありませんよ? 誰が補欠候補なんかに教えますか!」
「まあ、知っていた事についてはもうしょうがないじゃないか。それよりも、同盟または協定を結ぶことの目的について話していいかい?」
身振り手振りを交えて楽しそうに話すトオルを見て、ダットリーはとりあえず話を聞くことにした。
「……聞こうか」




