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第百二十二話 乾いた勝利の音

祝! 3周年!\(๑´ω`๑)/




 

 

 

 

 

 『彼は病弱だった──』

 

 

 小学生時代の大半を病院で過ごすほどカラダが弱かった。

 

 

 

 

 

 

 『彼には友達が多かった──』

 

 長くそこに居て、希望を失うひとを見過ごせない性格になった。

 

 

 

 

 

 

 『彼は勇者だった──』

 

 幾度となく手術に挑みリハビリで頑張る姿は、そこで働く者たちにまで〝勇気〟を与えた。

 

 

 

 

 

 

 『彼は希望だった──』

 

 幼い友達から戦争を識る友達まで、強く生きようとする彼の笑顔に魅力されつよく生きたいと願った。

 

 

 

 

 

 

 『彼は医者を目指した──』

 

 誰かを助けたい。自分ですらも誰もかも。

 

 

 

 

 

 

 【俺は絶望した──】

 

 医者でも救えない魂があったから。

 

 

 孫と勘違いして優しく接してくれたおばぁちゃんは長い植物状態の末に死んだ。兄のように慕ってくれた少年は涙を流しながら痛みに耐えきれず死んだ。『お外に出てみたい』と願った少女は『助けて』と願いをすり替えた。


 みんな苦しそうに死んだ。それから分からなくなった。

 本当の意味でひとを救う方法──、それは一体何なのか。

 

 

 漠然とした疑問を抱えながら医者になるため勉強していくうちに、彼は安楽死制度なるものの存在を知った。日本にはない制度だということも知った。苦しみから解放する事もまたひとつの救いなのでは? と思うようになった。

 

 

 

 そして、運命に出会った。

 

 

 

 「えっ、そんなスキルでいいんです? もっとこう……、勇者の、向けの、ハデなのとかいっぱいあんですよ?」

 

 動揺を隠せない少女が額に汗を浮かべながらスケッチブックをパラパラとめくるが、青年は他のページには一切目もくれず

 「夢でも、もし叶うのなら、その力を僕にください」

 と意志の固さを真っ直ぐな目で証明した。

 

 転生の間と呼ばれる真っ暗な空間で自分が女神であることを明かした少女は、青年の想いに根負けし「分かりました」とあるチートスキルを一つ讓渡した。

 役目を終えたスケッチブックをパタンと閉じて背筋を伸ばす。

 

 「転生転移を司る女神として、あなたの得たチートスキルを何処にも口外しない事をお約束します。それではこうたろう、勇者として世界を。人々を。お救いくださることを……心より願っております」

 

 祈るように指を組む女神の計らいにより、勇者は強制的に異世界へと送られた。転生するその瞬間、届くか届かないかのその間合いに少女は告げる──。

 

 「こうたろう、貴方ならきっと光輝こうきも──」

 

 

 

━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 「……い、痛いよ……おにぃちゃん……」

 「俺は、お前の兄じゃない」

 

 

 肋骨型強化外骨格の合間を縫うように、聖剣が縦向きど真ん中をツラヌキ刺さっている。縦に大きくヒビ割れた壁にアルデンテごと貫通した剣先がメリ込む。聖剣を突き刺した勢いそのままに、壁際まで猪突猛進したことでヒビが入ったのだ。

 

 「痛いんだ……痛いのは嫌なんだ……」

 

 やったのはもちろん勇者、水戸洸たろう。全身全霊をかけて聖剣を突き立てたまではいいが、弱々しく痛みを訴えてくるアルデンテの姿にあの頃の衝撃(きおく)が巡り、全身の筋肉がこわばって手が震え出す。

 

 最後の言葉が『痛い』だった友達──。

 救う事を諦めた医者──。

 無力だった自分──。

 思い出すだけで頭痛(はきけ)が止まらない。

 

 しかし、不甲斐ないあの頃とは決定的に違うことがある。


 知識経験技術。


 どれも違う。


 それこそ──、ムリだと知りながら追い求めてやまなかった能力。

 

 道路で死にかけの子猫を拾い、最後を見送り埋葬したあの時の……ふと『あったらいいな』と考えた無限の夢(チートスキル)



 

 「もう……、痛くはないよ」

 

 

 

 チートスキル

 ┠ 無痛 ┨

 ──相手や自分の感じる肉体的、そして精神的痛みをゼロにする能力。

 

 

 

 本当の意味で誰かを救うために。最後の最後まで救うために。

 生涯手に入ることはないと思っていた能力。死んでからようやく手に入った能力。

 憎き仇であろうと、痛みから平等に救うと決めた彼に迷いは無かった。

 

 「俺の前で苦しみながら死ぬのは許さない。たとえ、お前だとしてもだ。アルデンテ」

 

 全身がヒビ割れ、砂のように崩れて瓦解するアルデンテを最後まで見守り信念を貫いた勇者は、確かにそれを耳にする。

 

 「本当だ…………もう……痛く……ないや……」

 

 微かに聴こえた残響。

 語尾は丸く、安心したように笑っている気がした。

 

 洸たろうは余韻に浸りたくて、壁に刺さった剣も抜かず、おもむろに天を見上げた。嵐が過ぎ去ったあとの真っ青な空。


 目を閉じると祝福の足音が聴こえた。駆け寄ってくる仲間たちの音だ。

 

 

 

 ──第三防壁門──

 

 

 

 二十万体のアンデッドに対し、孤軍奮闘する薫を助けるため駆けつけたセバスやユキたちは、手足から崩壊しチリと化す屍兵を見て、ようやく終わったのだと悟った。威圧おねぇのアルベンクト以外が疲労から座り込むように後ろに倒れる。


 「やったのね⋯⋯あのコたち」

 「ったりメェよ。オレの弟子だぜ?」

 「俺の弟分でもあるワケよ」


 彼らのその顔はどこまでも広がる青空のように、雄大で清々しかった。

 

 

 

 ──ユール──

 

 

 

 雨が上がった直後からやけに静まり返る街中へ、住民たちがおずおずと顔を出す。

 父親を信じて隠れた母子も──。

 レクム、エナム、デネント親子も──。

 街の長トッタスも──。

 レイザらススタッフも──。

 湿った風と共に遠くから聴こえる勝利の雄叫びに心を躍らせた。

 

 

 

 ──第二、第四防壁門──

 

 

 

 塀の上に居る者もそうでない者も、ほぼ全員が喜びを爆発させて武器や盾を放り投げた。

 一部の大地の騎士団(マセリットオルデン)は隊長探しに出掛けているが『隊長がいなくなるのはいつものとこだ』とあまり本気で探していなかった。

 

 

 

 ──とある庭園──

 

 

 

 鏡が壊れ、ユールの様子を長いこと見れなくなっていたワニニャンコフ先生──もとい賢者プロテクトは、何を思ったのか『拝啓、エビトウ・カナミ様』から始まる推薦状のような何か(・・・・・・・・・)を一筆したためていた。王様たち同様、勝敗が着いたことはまだ知らない。

 

 

 

 ──大空洞(義賊旧アジト)──

 

 

 

 バシャバシャと水面をかきわけて歩く足音を聴いて洸たろうが振り向く。そこには、全身から血を流し今にも倒れてしまいそうな珖代(こうだい)が、力なく笑いながら右手を上げて立っていた。

 

 洸たろうは聖剣を抜くことも両脇腹から出血していることも忘れて、珖代の元へと歩み寄りその手を叩いた。

 

 パンッ──。と響く乾いた勝利の音と共に、ユールの英雄と世界の勇者は水面に腹を打ち付けて沈んだ。

 

 「「こうだい!!」」

 「「コータロー!!」」

 

 四人の少女がそれぞれの勇者(えいゆう)に駆け寄る。キズだらけのその身体を抱きかかえると、ふたりは終わった事を確信するかのように健やかな寝息を立てていた。

 これ以上血が流れ出てしまわないように、四人は水面から二人を担いだ。

 

 

 

━━━━━━━━━━━

 

 

 

 あれから丸二日が経った。

 

 その間、五賜卿が再び攻めてくる事は無かった。しかし油断ならないと、かなみ率いる〈レイザらス〉が中心となり壁の増築増強が始まった。限りある資源ではなかなか進まず行商人との交流を求めたが、二度も襲われた街に信用などある筈がなく、交流は一切行われない。ならばと自ら出向いたかなみも二日戻ってこない。

 

 そんな中、住民の一人がこんなことを呟いた。

 

 「どうして誰も、来ないんだ……」

 

 それは商人や観光客に限った嘆きでは無い。旅人や野盗、それに火事場泥棒のひとりも街に訪れなかった事を不自然に思っての “戸惑い” の声だった。

 

 この二日あまりに訪れたのはたったの一人。

 

 唯一の訪問者となった白装束の大男は自らを “神官” と名乗った。神官はこの日の街会議に出席し、同じく神官であるウメ・ハッシュプロ・ハーキサスの身柄を引き受ける条件で、外で何が起きているのかを話してくれた。

 

 その話しによるとユールは敗北したことになっており、王によって敷かれた戒厳令によりユールへの移動は禁止され、ここは陸の孤島と化していたことが分かった。

 

 

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