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第百二十一話 【解放一転大五賜卿餓者髑髏】


 肋骨のような白い外骨格は、胴や頭だけでなく、アルデンテの手足全体を覆っている。しなやかな骨の長弓まで装備している。

 

 「【解放一転(かいほういってん)大五賜卿(だいごしきょう)餓者髑髏(がしゃどくろ)】──。ボクにもユニークスキルがあるんだヨ」

 

 誰もが目を疑うようなアルデンテの変貌だが、珖代だけはどこかで見覚えがあるようで違う反応を示した。

 

 「アイツまた、暴走を……ウッ」

 「珖代、無理しないで」

 

 顔をしかめて傷口を押さえる珖代をかなみは心配し気遣った。しかし男は大丈夫そうな素振りを見せると、洸たろうに向かい叫んだ。

 

 「勇者! そいつは暴走してる。今のうちにたたき斬ってやれ!」

 

 寝転んだまま手に持った聖剣を投げる珖代。洸たろうに渡そうとするも、聖剣はあえなく雨水の池にボチャンっと沈んだ。

 

 「キミ、どうしてボクが暴走したことを知ってるノ?」

 

 アルデンテが問い掛けると珖代は痛みを我慢して笑った。

 

 「忘れたのかよ。……助けてやって、感謝までしてたぜオマエ」

 

 それは、今朝のこと──。

 洸たろうに聖剣を抜く資格があると言われた珖代は〈枯れない森〉に赴き、そこで肉体をアンデッドに乗っ取られ暴走状態に陥ったアルデンテと遭遇。やむなく一戦を交え、なんとかその暴走を食い止めるも、アルデンテは自我を取り戻して逃走。珖代は逃がした事に責任を感じてアルデンテを追い続け、現在に至るのだ。

 

 逃げる前に感謝を述べたことは覚えていたが、アルデンテは基本、興味のない者の顔は覚えられない。

 

 「あーそーかキミだったか。ありがとね……ボクを救ってくれて」

 

 アルデンテはえて、周りを惑わすような含みを持たせて、口元を歪めた。

 

 それに対する反応は三者三様で、リズニアとかなみは珖代を疑うことは一切せず、ただただ不快そうにアルデンテを睨み続け、ピタは一瞬だけチラッと珖代を見たが、顔を見て安心したのかスグに向き直った。トメは端から敵の言葉に耳を貸すほど、やわな環境では育ってきていないのでまず惑わされることはない。洸たろうは──。

 

 洸たろうは、えも言われぬ不安に押し潰されそうになっていた。それは降って湧いた疑心なんかではない。

 

 喜久嶺きくみねさんは乗っ取られたように人が変わる──。

 喜久嶺さんは聖剣を僕から奪っている──。

 喜久嶺さんはカクマルを殺している──。

 喜久嶺さんは五賜卿と繋がりがある──。

 喜久嶺さんは……何かを隠している──。

 

 これまでの道中で芽生えた猜疑心(さいぎしん)、積もりに積もった不快感がココロを(むしば)み、洸たろうは自然と後ろへ足を向けた。

 

 「喜久嶺さん、敵を救ったんですか……?」

 「「コータローッッッ!!!」」

 

 トメとピタ。彼女たちは隙を晒した事と疑いを向けた事に怒りを爆ぜた。それは同時に襲い来る射撃物への注意勧告でもあった。

 洸たろうは自らが生み出した隙を狙われ、振り向くも間に合わない。その射撃に誰よりも早く行動したのはかなみだ。かなみは┠ 収納世界 ┨のゲートを開き、大きな丸太を空から射出して射線上に落としギリギリでカバーする。

 

 舞い上がる水しぶきを吹き飛ばして、二本目のソレが今度はトメを狙うように飛びかかる。水しぶきが隠れみのになり、流石のかなみの反応も遅れた。しかし間一髪のところでピタが割り込み、ダガーで受けた。その威力は計り知れず、トメとピタは吹き飛ばされ水面を切るように二人がバウンドする。

 

 「リズ! 珖代をお願いッ!」

 

 かなみは膝枕をリズニアに交代すると、額に指を当てトメとピタの元へ┠ 瞬間移動 ┨した。かなみはふたりに巻き込まれる形で土レンガの建物に激突した。

 

 「な、なにが……」

 

 大きな破壊音と砂煙が舞う場所を呆然と眺める洸たろう。行動一つ、完全に遅れてしまっているので、ふたりが何故居なくなったかも分かっていない。

 

 「大丈夫?」

 

 ガレキの中でふたりに声を掛けたのはかなみだ。かなみが〈クッションバック〉を広げたことで、トメとピタは間一髪救われた。

 

 尻尾のように生えた長い骨で低い体勢のバランスを取りながら、アルデンテが弓を引き絞っている。先程からの攻撃は全て弓で射られた骨矢によるものだった。

 弓も矢も骨で出来ていて、次は二本同時に装填されている。狙いは再び背を向けた洸たろうに向いている。

 

 「振り返るな! 洸たろうッ! お前の敵は目の前だろ!!」

 

 自分のカラダにムチを打つかのように思いの丈を叫ぶ珖代の声が芯に響いたのか、或いは、ギチチ……と弓を限界まで引く音を聴いて青年は冷静になった。

 

 「終わりだヨ」

 

 

 ダッビュンッッ!!!

 

 

 勝利を確信する声と共に矢が炸裂する。風圧で水面を引き裂く二本の矢を、振り向きと同時に【不死斬り】で弾き返そうとするが、そのあまりの威力にカクマル、スケイン双方の形見剣が逆に弾かれてしまった。

 炎をまといし剣は宙を舞い、ジュっと音を立てて雨水の中に沈む。

 

 体勢を崩した洸たろうは絶句しながらバシャンっと尻もちをついた。骨を剣に変えながらじりじりと歩み寄るアルデンテから目を離せなくなり、まともに立ち上がることも出来ない。この瞬間、青年は間違いなく武器を持たぬ者の気持ちを理解し恐怖に声を奪われた。

 少しづつ後ずさる。

 

 状況が状況だけに珖代の面倒を見ている場合ではないと感じたリズニアが、洸たろうの落とした剣を見つめる。場所はわかり易い。水バケツの中で火薬を勢い良く燃やす手持ち花火のように二本の剣が水中でブクブクと光っていたからだ。

 

 「痛た」

 

 リズニアは膝に乗せた珖代の頭をドンと落として、二本の剣を取りに駆けた。剣が別のヒトの手に渡る。

 

 「じゃあ、死のうカ。勇者のおにぃちゃん……?」

 「ラッキーストライク!」

 

 ラッキーストライクという言葉の羅列に強い反応を示すと分かっていたから、時間稼ぎも兼ねて珖代は立ち上がり叫んだ。

 

 こちらを見た。まんまと見てくれた。だから┠ 威圧 ┨した。

 止まっている間にリズニアはかなみたちの元へ。

 

 「ぐぁ……ぅぅ!!」

 

 効果が切れた途端、軽く胴体に骨矢がかすり、横腹をエグられた珖代は悶絶し倒れる。

 

 「キミはあと。まずおにぃちゃんを、殺せるうちに殺しておかないとだから……ネ!!」

 

 どこかから取り出した黒の黒剣こっけんと白の骨剣こっけんによる二刀流が、今まさに、無防備な勇者に振り下ろされる──。

 

 「ぐぁあああ!!!!」

 

 

 洸たろうの両脇腹に剣が深く突き刺さる。

 

 「あははは、あはははは!」

 

 泥水に滲んでいく血を見ながら、狂気的に嗤うアルデンテ。更に深く食いこんでくる剣を洸たろうは素手で掴み必死に食い止める。手や食いしばる口からこぼれる血を見て、アルデンテは更に笑みを深くする。

 

 その時だった。

 

 「え……?」

 

 燃えたぎるスケインの剣とカクマルの剣をそれぞれ持ったトメとピタが、すれ違いざまにアルデンテの両腕を切り落としたのだ。

 

 ぽかんと口を開けるアルデンテ。その後ろでトメとピタは口にする。

 

 「「今ですわ(やれ!)コータロー!」」

 

 洸たろうの目の色が変わった。使命を果たすもの、勇者の顔つき。


 リズニアとかなみも、自分たちが直接手を加えられない歯痒さをぶつけるように言葉を撃ち込む。

 

 「こうたろう!!」


 そう言いながら、リズは外骨格の尻尾を切り落とす。


 「やっちゃえ勇者!」


 そう言いながら珖代を支えに戻ったかなみは、右手をかざし、第二拘束術【達磨知亜(ダルマチア)】を発動。両腕のないアルデンテの体にレベル300までを拘束できるベルトが瞬時に巻き付く。


 

 隙を逃さぬように、勇者が立ち上がる。

 勢い良く水しぶきが上がる。

 

 

 無意識だった。無我夢中だった。

 俺がやらねばと思った。

 

 

 周りの景色がボヤけてって、時間が引き延ばされる感覚の中に意識が深く落ちて、第一歩を踏みしめる。

 

 

 少女たちが叫んでるのが見えた。

 二歩目──。

 ふたりの手に形見が握られていることに気付いた。

 三歩目──。

 勇敢な二人の戦士との思い出が駆け巡った。

 

 

 『何も為せていないのに、勇者とはなんだ』と頭の中のノイズが自分に訴え掛けてくる。

 

 

 応えはたくさん聞いた。

 ある者は “宿命” と。

 ある者は “呪い” と。

 ある者は “役割り” と答えた。

 

 

 己を理解する為に。

 世界の広さを知る度に。

 一歩を踏み出す勇気を、その答えたちは奪っていく。

 

 

 勇者が分からない。今も分からない。何度だって逃げ出したいと思った。──けど、寡黙な騎士は信じると言ってくれたのだ。大きな傭兵は逃げないならと付いてきてくれたのだ。

 

 

 その想い、無駄にしない。

 

 

 両手に力が入る。そして気付く。

 

 

 

 僕の手には、聖剣が握られていたのだと──。

 

 

 

 「いけぇえぇぇぇぇぇええ」

 

 

 男の声が、背中を押してくれている。

 彼だけじゃない──。背負ってきた者たち全てが、背中を押してくれている気がした。

 

 

 迷いはもうない。答えは明日も探せばいいから。

 

 

 「はぁぁあああああぁぁぁぁ」

 

 

 四歩目──。

 僕は、ユールを救っていた。

 

 

 

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