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第百十九話 【地獄狩りの陣】


 四方八方に二百を超える魔法陣が出現し【地獄狩りの陣】なるものが始まった。ひとつの魔法陣から三~四体のアンデッドが放出されるとして、少なく見積もっても六百体の群れ。珖代、リズニア、洸たろうにとって想定より多い数。一人あたりでみても最低二百体を相手しなければならない現状が広がる。そこに敵増援が来る可能性を考え出したら、とてもじゃないが相手しきれない。

 

 さらに問題はそれだけではない──。通常のアンデッドなら白骨化した体に申し訳程度の布の腰巻きと小汚い剣、もしくは木の大盾を担いで襲い掛かってくるが、“地獄狩り” と称された彼らは手にした武器の光沢から一級品だと一目で分かるモノを所持している。おまけに、骨が鎧のように変形しておりサイズは一回り大きく、また耐久性も増している。

 

 少年が最後まで使うのを渋っていた地獄の精鋭たちは、明らかに今までのソレとは風格からして一線を画している。例えるなら、これまで相手にしてきたのは無理やり操られていた農民兵。これから相手するのは自らの意思で屍の卿(アルデンテ)に仕えることを選んだ猛者や狂戦士──。そこには雲泥の差がある。同じアンデッドだと思って挑めば確実に殺られてしまうだろう。

 

 精鋭アンデッドたちは戦闘勘や忠誠度をもってある程度の自由を与えられているようで、各々のタイミングで三人に攻撃を仕掛けてきた。

 疲弊しきっていた珖代はダメ押しに刺された背中を庇い、思うように身体が動かず悪戦苦闘。

 アンデッド二百十七体連続相手記録を持つリズニアですら、五賜卿パーラメントが忽然と姿を消したことに気をとられ、二十体同時が限界。

 洸たろうは珖代をサポートすることに手を焼いていて現状を打開する対策を考える余裕がない。

 

 しかし──、三人は諦めていなかった。

 

 今まで見えてこなかったグレイプ・アルデンテという五賜卿の兵力の限界──。まったく未知数だったその限界が、切り札の登場により遂に露見したからだ。

 『アルデンテを倒すにはここそこが正念場』であることを無意識に共通認識し始めたのだ。

 

 そしてなによりも正念場であることを決定付けた出来事が、アルデンテ自身の逃走(・・・・・・・・・・)である(・・・)

 

 「勇者ッ! 俺のことはいい! さっさとヤツを追いかけろ!」

 

 洸たろうに庇われ続けている珖代は心を鬼にしてそう叫んだ。

 五賜卿パーラメントとの契約上『ユールの民』に該当する珖代やリズニアでは、追い付いたとしても五賜卿を傷付けることは出来ない。しかし勇者である洸たろうなら、コレに抵触する恐れがないため倒すことが可能。

 

 「でも……」

 「でもじゃねぇ!! アイツを倒せるのはお前しかいないんだ! 分かったらさっさと行け!」

 

 洸たろうは五秒ほど逡巡したあと『アルデンテを倒すことが手負いの珖代を助ける一番の近道』だと自分に言い聞かせ、壁に空いている幾つかの洞穴(ほらあな)のひとつに迷わず走り出した。

 

 「……絶対に生き延びてくださいね!」

 「おう!」

 

 珖代は一人になると┠ 囲嚇 ┨を乱発し、その中で時々生まれる研ぎ澄まされた剣士の感覚を用いてなんとか凌ぎ、応戦した。その間にも洸たろうは水平方向に延びる横穴を三本ほど駆け抜けてはみたものの、運が悪いのか上に上がれなかった。

 気持ちばかりが焦ってしまう。

 

 「あぁ……くそっ、ここも違う!」

 「勇者! ヤツはもう二階だ!俺たちの入ってきたルートを辿って外に出るつもりだ。急げ!」

 「あぁ、もーッ! 邪魔をするなって!」

 

 溜まる鬱憤を晴らすように邪魔な地獄アンデッドをなぎ倒し続けること百数体。珖代に返事を返す余裕もなく挑んだ八本目の洞穴でついに上り坂を発見。そして登りきった。

 

 「見つけたぞアルデンテ!」

 「……ちぇっ」

 

 アルデンテは片腕にも関わらずリズニアと楽しそうに剣を交えていた。しかし、追いかけて来た勇者に気付くと不機嫌そうにしっぽを巻いて逃げ出した。

 

 アルデンテが居なくなると、ふたりの闘いを見守るに留まっていた第二層の精鋭アンデッドたちが動き出した。これは単に勇者の進路を妨害する目的以外に、アルデンテ個人の目標でもあるリズニアの命を狙いに来ている。そうと分かれば勇者として女神様を助けない訳にはいかない。赤と黒に燃える二本の剣を巧みに操り、尾を引く炎の演舞を魅せる。たちまち屈強なアンデッドたちが斬られ妬かれ砕かれ潰える。そうして窮地を救ってみせた。

 

 「助かりましたこうたろう。この横穴から上に行けば先回り出来ます!」

 「ありがとうございます!」

 「取り逃せば、ユールも私たちも終わりです! 頼みましたですよ!」

 

 その声に軽く会釈をしながら、勇者は教えてもらった洞穴を通過し、易々と第一層へ到着した。

 

 「えっと、入口は確かぁ、……くそ、目印か何かないのか!?」

 

 勇者は焦っていた。

 アルデンテの隙を突くために最下層まで一気に飛び降りて来てしまったせいで、入口から見た風景を思い出せないでいたからだ。そのため、正解の洞穴の前を自信が持てず通り過ぎてしまう。

 そうとも知らずに時間を無駄にしてしまうと、せっかく遅れていたアルデンテが第一層にひょっこり顔を出した。場所はちょうど吹き抜けを挟んだ対面岸。三十メートル級の跳躍をみせたとしてもたぶん届かない。

 

 ──まずい。

 

 勝ち誇ったようにニヤリと笑う少年をみて悪寒が走る。

 

 勇者は咄嗟にアルデンテと同じ方向に走り出した。それは目指す場所が同じだから。しかし、間に合わない──。アルデンテの方が一足先に出口に繋がるルートに到着した。彼は珖代やリズニアが入ってきた位置をチェックしていたがために出入口だけは覚えていたのだ。

 

 「じゃあねおにぃちゃん! せいぜい街もソイツらも見捨てて逃げるコトだ! それが一番オススメだヨ!」

 「待てぇ!! 絶対に、お前だけは逃がさない……!!」

 

 

 その時だった。

 

 

 「「九十六式ツインサンダーストーム!!」」

 

 

 ふいに、二人の少女の声が空に響いた。

 

 

 怒号と共にアルデンテの足元でビガッと雷光が弾け、砂煙が舞う。

 

 

 間一髪のところでかわしたアルデンテがその正体に迫る。

 

 

 「なんだい? キミたちは」

 「我々が何者なのかなど、もはや明白だろう」

 「敢えて名乗るとしたら、アナタ方の敵でしてよ。ワタクシたち」

 「さっそく、氷漬けになる?」

 

 タイミングよくやって来たのはダガー使いの背の低い少女ピタ、高位魔法士のお嬢様トメ・ハッシュプロ・ンドラフィス・ハーキサス・ドメスティック、そして復活を果たしたチート少女蝦藤(えびとう)かなみの三人だった。

 

 かなみはさっそく氷雪系の混成魔法を発動させようと右手を向けているが、攻撃してはいけない契約があることを知っている洸たろうは咄嗟に止める方法を考えた。

 走って止めに行ってもその隙を突かれて逃げられる可能性がある。ので、二本の剣を地面に刺して唱える。

 

 

 「落ちろ! 破壊と再生の神威(シヴァーイ)!!」

 

 

 剣の刺さった床に亀裂がはしり、赤と黒の炎を噴きながらアルデンテの足元を通過して伸びていく。そして、亀裂によって脆くなった床が崩れアルデンテはそのまま第二層に落下した。すかさず洸たろうも一緒に降りる。

 

 驚くべき状態だったのは崩れた床がアルデンテを落としたあと、黒い炎に包まれて燃え盛り、再生し始めたことだ。洸たろうは上が再生の炎で元通りになって塞がる前に、三人に語りかける。

 

 「かなみちゃん、君は喜久嶺さんをお願い。トメとピタは一体でも多くアンデッドを倒しながら女神様と合流してくれ」

 「コータローはどうするのでしてぇ!」

 

 トメがそう語り返すと、洸たろうは握った手から親指を掲げて笑った。

 

 「大丈夫っ! アルデンテは僕が倒す!」

 

 上が塞がった。アルデンテが洞穴を目指し走り出すが、洸たろうはまたもやシヴァーイを発動させ少年の足元を炎で囲んだ。

 

 「待てよ。そう何度も逃がす訳ないだろう……? 下まで一緒に落ちようぜ」

 

 甘い囁きと共に、床が崩れる。



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