第百十七話 ┠ 道ずれ ┨
いまさらな気もしますがグロ注意。
「最弱? ボクを倒すために? 気でも狂ったのかいおにぃちゃん」
アルデンテが嘲笑うように聞き返す。
──スケインさんは、出会った頃から燃え尽きた目をしていた。
口数も少なく、何事にも興味を示さない渇いたヒト。きっと俺に出会う前に、彼の人生はどこかで途切れてしまっていたんだろう。最後まで過去に触れることが無かったからどんな人生を歩んできたか結局分からず終いだったけど、もしかしたら今とは性格すら違ったように思える。
「口数の少ない彼が一度だけ『自分には命を落としてでも勇者殿の盾として戦える力があります』と自発的に語ってくれたことがある。つい昨日まで、それは騎士としての心構えの話かと思っていた。でも、どうやら違っていた。彼が俺に伝えたかったのは、死ぬことをきっかけに発動するスキルがある。そういう話だったんだ」
「なんだそラ」
確かに、そんな感想を抱くのも分からなくない。何故なら、そんなスキルがある事を女神に語ってもらわなければ俺も辿り着けなかった答えだからだ。
「チートスキル┠ 心中勝利 ┨。自分が殺された時、相手を道連れにして殺し、なおかつ、ひとつだけ願いを叶えることが出来る能力。或いはそれと同系統の能力をスケインさんは持っていたんだ──」
これは少し前の話。
城で会話する珖代と勇者の元にアルデンテが介入してくる、その、少し前のお話──。
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アルデンテは何十年ぶりに自分の城に帰ってきた。きっかけは斎藤トオルの告げ口。何者かが我が物顔で占拠しているという情報を聞きつけ、軽いノリで訪れたのだ。そこで最初に鉢合わせたのが──、カクマルとスケインだった。
「やぁやぁキミたち。ココボクの城なんだけど、何してんノ?」
〈枯れない森〉に隠されていた城の入口の前で珖代と洸たろうを待っていたカクマルとスケインの前に、金髪の優しい顔をした少年が現れた。
ふたりはそれがグレイプ・アルデンテであることも、ましてや五賜卿であることも知らない。
歩み寄り話を聞こうとしたカクマルをスケインは手で止める。
「カクマル殿、ただの童はこんな所へは来ない。ここは慎重に」
カクマルは顎引いて答えると、距離を取ったまま少年と会話を試みる。
「少年よ、ここはお前の城なのか」
「質問を質問で返すなヨ。五賜卿として言わせてもらうけど、大人だろキミら。恥ずかしくないノ?」
五賜卿という言葉にふたりは瞬時に反応し身構えた。
「カクマル殿」
「ああ、俺の石化で時間を稼ぐ。その間にコウタロウの元へ」
スケインが城へと走り出すと同時に、サングラスを外して┠ 石化 ┨を仕掛けるカクマル。能力は目を見た相手を石に変える強力なもの。カクマルは石になったアルデンテを粉砕するも、アルデンテは不死身であるためカンタンに蘇った。
「カクマル殿ォォ!」
勇者の元に向かおうとしていたスケインがいち早く復活に気付いて叫ぶも、その間にアルデンテが油断するカクマルに襲いかかる!
「ガアァ」
カクマルは腕を十字にしてガードする。しかし、その分厚い両腕ごと心臓を丁寧に貫きにされた。
「はぁぁぁぁあ!!」
スケインが剣を引き抜き、勝利に余韻するアルデンテの背後を強襲、心臓を一突きに仕返した。そのまま怒りに任せて頭まで振り裂く。
「おらぁああ!!」
即死──。
心臓から頭までがベロンと裂けた状態で少年は立ったまま死んでいた。
「ぐぶぅッ」
「カクマル殿ッ!!」
そんな少年のことは放っておき、鮮血を吐き捨てるように倒れたカクマルを急いで抱き起こすスケイン。
カクマルは「珍しいな、貴方が怒るなんて……」と平気ぶって呟いた。
「貴殿こそ、こんな時に笑っていられるとは正気の沙汰ではないぞ……まったく、何があったのだ」
笑うのを辞めたカクマルは震える指で、スケインの背後を指した。
「う、後ろだ……」
スケインが振り返るとそこには、今しがた殺したはずの五賜卿が何事もないように立っていた。斬ったはずだ。それなのに、心臓も頭も裂けていない。
「今、なにかしたかナ?」
自分でも訳が分かってないように首を傾げる五賜卿が、舌なめずりをしてスケインに剣を奔らせる。スケインは応戦しようと立ち上がるも間に合わず、防具の合間を縫うように右上腕から左鎖骨まで大きく深く、抉り斬られた。
「くはっ……!」
「わお。キレイだ」
たくさんの血液の管が切れて滝のように血が吹き出す。スケインが力なく顔面から地面に倒れると、アルデンテはどこか楽しそうに城へと足を踏み入れた。
その先には珖代と洸たろうがいる。スケインは激痛に耐えながら仰向けに寝転び、アルデンテを止めるため呼びかける。
「待たれよ。トドメを刺して行かないのか? それとも……、ここまで弱った奴に、あの五賜卿が恐れ慄いているのか……?」
アルデンテはその挑発に乗るように、スケインの傷口周辺の防具を何度も斬り付けて壊し、傷を深くえぐる。小さく悲鳴があがった。
「死にたがりには興味はないけど、ボクもそこまで鬼じゃないからネ。じゃ」
そう言い残し、アルデンテは城に向かった。
何度も刺されズタズタの傷口を押さえながら、死にきれなかったスケインが天を仰ぐ。
「不死身の騎士など、皮肉にも程があるな……」
「すまない……。俺のせいで」
「気にするな。互いに相性が良くなかったのだ」
「相性……?」
「ずっと黙っていたのだが、ワタシには┠ 道ずれ ┨というスキルがある。これは、自分を殺した相手を殺す力だ。だったのだ……」
「それは、相性が悪かったなぁ……」
┠ 石化 ┨が効かない相手。
┠ 道ずれ ┨が効かない相手。
ふたりは自分たちの特徴を生かしきれずこれからの死期を悟る。
「だが……まだ終わりじゃない。ひとつだけ、このスキルにはある特徴がある。それがどんな風に表れるのかはワタシにも分からない。しかし、可能性があるとすればソレに賭けるしかない」
「……。」
「あの不死者は倒される。┠ 道ずれ ┨は……形を変えてでも、必ずヤツを仕留め切る……」
勇者が不死身を倒す聖剣を持っていることも──。
隣りのカクマルが既に事切れていることも──。
考えている余裕は無かった。
だんだん浅くなる呼吸と奪われていく手足の感覚が、脳をいっぱいに埋め尽くすばかりだ。
それから、しばらく時間が経って。
「スケインさん! スケインさんしっかりしてください! 今、ポーションを用意します」
途切れかけた意識を、最後に勇者が引っ張ってくれた。騎士はもう無理だとクスリを断る。
スケインは最後の力を振り絞り、┠ 石化 ┨が通用しない事実と洸たろうと旅ができて幸せだったことを伝え、深い眠りについた。
スケイン・ポートマン。
小国が自国の宣伝活動の一環として送り出した勇者護衛担当の騎士。
決して本心を語らず忠実であり続けた騎士は、最後まで┠ 道ずれ ┨の能力についても語らなかったが、想いを伝えることは出来た。
『……貴方と共に、旅ができて………良かった………』
その想いをしかと胸に刻み、水戸洸たろうは走り出した。
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斬られた右腕を必死に取り付けようとするアルデンテに対峙する洸たろうは想いを込めて叫んだ。
「あのヒトはお前に勝つために死んだんだ! じゃなきゃ呆気なくお前なんかにやられたりするものか。スケインさんは騎士として少なくともお前より強かった! 今から俺が、それを証明する!」
洸たろうは引き抜いた二本の剣を構える。それぞれがスケインの形見であり、カクマルの形見である剣を、赤い炎と黒い炎に纏わせる。
「覚悟しろォ! 俺が、想いを受け継いだ【不死斬りの勇者】だッッッ!!!」
──限定条件発動型固有能力──
【不死斬り】を手に入れました。




