第百十五話 ボクはボクがいちばんだ!
「アルデンテぇ!」
銀色の閃光が刃先を削る。
「おい! きけ! アルデンテ!」
俺とリズが協力して刃を交える度にヤツは鍋底にギトリとこびりつく油のように濃い笑顔になるばかりで、まるで声が届かない。でもいつか届くと信じて叫び続けた。
「ウィッシュ・シロップと契約した! 今すぐユールへの侵攻を止めないと、彼女は一ヶ月で死ぬことになるぞ!」
その名前に反応して、アルデンテの動きが止まった。リズがこちらを振り向く。もちろん俺は┠ 威圧 ┨を使って止めていないので、首を横に振って答える。
「本当かなシロップ」
「はい。彼の仰る通り、我々が撤退しなければそうなります。ワタクシだけ早めに死にます」
「ふーん……」
──!?
踏み込みと同時に、今までいちばん重い攻撃が振り下ろされた。
ダメだ。アルデンテは攻撃の手をやめるつもりがない。シロップが言ってもダメなら……まずいかもしれない。
「そちらの彼女、たしか名はリズ……とおっしゃいましたか。ワタクシたちはお互いに『危害を加えてならない』契約を結んでいます。もしもユール側のアナタたちがアルデンテ様を傷付けた場合、珖代様が死ぬことになります」
「こう……だいが?」
「オラッアァ!」
リズがシロップの言葉に惑わされ、固まる。その隙を突いて迫るアルデンテの剣を俺はなんとか踏ん張って弾き返した。目の前で火花が散ってリズニアが我に返る。
「こうだい……本当なんです?」
心配そうにか細い声を出すリズに、俺は訂正する。
「すぐじゃない! 俺たちがこのまま削り合えば、一ヶ月で死ぬってだけの話だっ。もちろんシロップも例外じゃない! その意味、お前にも分からない訳じゃないだろアルデンテ!」
依然としてアルデンテの猛攻は終わらないが、リズは眉間に皺を寄せながらも理解してくれたようだ。
猛追を剣で受け止め流しながら、今度はリズが説得に乗り出す。
「そういうことなら……早くアンデッドを撤退させなさい……!」
「ボクには関係ないなぁ。それよりリアぁ! 片手でも強いねキミは! ボク感心しちゃったヨ。あははハ!」
──こいつ、清々しいほどに自分本意だな。五賜卿同士の関係性はこの際いいとしても、今戦ってる俺のことすら全くの無視ときたか。
にしても、シロップ自身は一大事だっていうのに止めに来る気配も全く感じない。一体どういう風の吹き回しだ……?
「ボクはボクがいちばんだ! キミたちの指図は受けなイ。その辺の優先順位は分かるよネ、シロップ!」
「はい。その通りでございます。もしもの時は、ワタクシの寿命すらアルデンテ様に捧げる所存にてございます」
シロップは、アルデンテに敬意を払うように頭を下げてハッキリとそう言った。
やられた──。
シロップは初めからそのつもりで交渉に応じたのだ。契約違反が個人にしか行かないようにしたのも、全て、アルデンテのため。
もしもの時のためなんかじゃない。アルデンテの性格を知りながら敢えて撤退の個人交渉に応じたのだ。
まさか五賜卿全体の目的より、自分の命より、アルデンテの目的を優先すると女がいるとは。
完璧にやられた。彼女にとって俺との交渉は、成立してもしなくてもどちらでも良かったのだ。成功すれば五賜卿は目的を達成。失敗しても、アルデンテに迷惑を掛けず自らの犠牲だけでユールを陥落させることが出来る。なんて忠誠心だ。
言い換えれば俺ひとりの犠牲で五賜卿をひとり倒すことが出来るワケだが、それでは、アンデッドに苦しめられてる街のみんなを救い出せない。
一体どこからこの捨て身の作戦を考えついていたのだろうか──。
「母親の幻覚を覚えているか!」
俺のその言葉にアルデンテの猛攻がピタリと止んだ。リズの首元スレスレで剣が止まっている。
「お前が幻覚を見たあの場所こそ、イザナイダケの生息地──」
苦肉の策。アルデンテは母親に何らかのトラウマがある。そこを突けば止まると分かっていたが、冷静に聞いてくれるかどうか、ここからが勝負どころ。
「──その場所を知る俺たちを殺せば、シロップが死ぬことはおろか、イザナイダケにたどり着く術はなくなるぞ!」
半分ホントで半分ウソ。俺以外にイザナイダケの在り処を知っている者は小数いるが、そこはあえてハッタリを効かせてみた。アルデンテがおもむろに口を開く。
「……シロップ。死ねばキミを、ボクの部下として正式にこき使ってあげよウ」
「は。ありがたき幸せ」
「その上で聞くけど、シンデモ役目、果たせるカ?」
「もちろんでございます」
「イイネ、百点だ」
たった二言三言のやり取りで、アルデンテが完全に迷いを払拭してしまった。笑顔で鋭い攻撃がリズとぶつかり合う。
「くそっ!」
──失敗したっ! シロップは死んでも最悪アンデッド化がある。だから余裕があったのか。そもそも、商人という交渉の達人相手に優位に立ち回ろうとしたのが間違いだったのか?
いや、まだだ。
まだ終わったわけじゃない。
俺の寿命はますます危ぶまれる状況に陥ってしまったが、まだそうと確定したワケじゃない。
何かある筈だ。
方法が、絶対に。
交渉を破らずにアルデンテを無力化する方法が必ず……!!
「くっ……!」
リズの剣捌きがどんどん鈍くなっている。アルデンテを斬ってしまったら俺の寿命が一ヶ月になると知ってか大きく迷いを見せている。そのせいで俺の負担が大きくなっていることにも気付いていない。その間も俺にいいアイディアは巡ってこない。
悩みに悩んで。剣戟の音すら聞こえなくなるほど集中し悩んで。もう、こうするしかないと悟った。
アルデンテは俺と目も合わない。ので、一旦、連携を切ることにする。
「リズ、┠ 囲嚇 ┨をやる。俺から距離をとれ」
「なんです? いかくって」
「説明はあと。とにかく離れてくれ」
リズが名残惜しそうに俺を見たあと、家の屋根を足掛かりに相当な跳躍力をみせ、第二層まで一気に登ってみせた。すかさず追いかけるアルデンテも第二層の足場に手が届くほど跳躍してみせたが、雨で濡れていた事もあって滑って落ちてきた。
もう一度挑戦しようとする少年。助走から跳躍に移る瞬間に┠ 囲嚇 ┨を掛け、静止が解けた瞬間に足を引っかけ転ばせる。めげずにもう一度トライしようとするのでまた足を掛けて転ばせる。何度でも挑戦する、何度でも転ばせる。
「なにしてんだ? さっきから。キミ、あれかぁ。何度めだろう? 時々ボクの前をうろちょろしてる奴だよネ。いい加減お呼びじゃないって気付いたラ?」
だいぶイラついている。
リズ曰く、威圧を食らうと食らってる間の記憶が飛ぶことが稀にあるらしく、色んなものが一瞬で動いたと錯覚するらしい。少年には威圧を食らっている自覚はが無いのだろう、何度も俺に足を掛けられている事にようやく気付いたようだ。
「そう思うなら、まずは俺の相手をしてくれよ。な? ラッキーストライクくん」
聖剣を構える。
「馴れ馴れしくその名で呼ぶなァーーーー!!!」
事前情報通り、アルデンテはその言葉に強い反応を示す。
鋭い気迫をもって、二剣を俺に振り下ろす。
ガギンッ──!!
両手両足にビリビリと衝撃がはしる。単調な攻撃は読みやすいが、気を抜けば一瞬でやられてしまいそうだ。時々眼を見て威圧をして、少年との距離を十分に保ちながら戦い続ける。
「リズ、俺のことはいいから! そっちの監視頼んだぞ!」
じっと心配そうにコチラを見つめるリズに、俺はそう声をかけてやることしか出来なかった。
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---別視点---
「監視を任されたようですが、どうですやります?」
「やるわけないでしょ。バカですか」
「おやおや、これは手厳しい」
ウィッシュ・シロップは悪童じみた笑みを浮かべつつ男を心配することに必死なリズニアを眺めていた。
「分かりますよ。ペナルティを食らえば珖代様に迷惑が掛かってしまいますものねぇ」
「そういう貴女はどうして平気なんです?」
「ワタクシだって死ぬはイヤですよ。ただ、グレイプ家に拾われなければ既に滅んでいたこの身としましては、アルデンテ様に消費されてこその存在価値。どれだけぞんざいに扱われようと、迷惑を掛けるよりは “本望” ということです」
「拾われたからそのヒトの為に自分を使うだなんて、こうだいが聞いたらリスクあんの俺だけかって怒りそうです……」
「ふふ。果たして彼は、今さらそんな事を気にしているんでしょうか?」
「どういう意味です」
パーラメントがリズニアの背後に一瞬で移動した。リズニアはそれを目で追う。
「ワタクシが交渉の詳細を明かした途端、アナタには剣の迷いが見られました。しかし珖代様は逆に、剣が冴え始めた。これがどういう意味かは分かりますよね? 彼は自ら契約を破り、アナタが心置き無く闘えるよう場を整えようとしているんです。悲しいですねぇ。自らの犠牲を選んでしまうだなんて。トホホ……」
嘘泣きで煽るパーラメントの首筋にリズニアの剣先が迫る。
「おっと。いいんです? 傷付けちゃっても」
「こうだいは犠牲になんてなりません絶対に。黙って見ていなさい、私たちには想像もつかないことを、きっと起こしてくれるハズですから」
一騎打ちを仕掛ける珖代の目的とは。




