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第百十四話 背中合わせの約束

 

 「ワタクシのいちばん濃い匂いが染み付いたメスの〘ケイヤクボタル〙を送ります」

 

 彼女はそう言うとビンの蓋を開けて中から一匹のホタルを取り出した。ふらふらーっと飛ぶ黒い蟲が、俺の右手人差し指に止まる。においを嗅ごうと顔を近づけると、カチカチと音が聞こえた。

 

 「スンスン……。スンスンスンっ」

 

 瑞々(みずみず)しいフルーツに近い匂いだが、奥にうっすらと死んだ魚のようなを酸っぱさを感じる。ただ、どことなくクセになる感じがやめられない。これはメスホタルがオスを引き寄せるためのフェロモンか何かだろうか。

 

 「あまり嗅がないでくださいまし……」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめるシロップを見ると、あのいや〜に気持ち悪い言い回しが真実味を帯びてしまう。幾ら美人といえどそういう方向性に俺自身の耐性がないのでどうも効く。ここは何も聞かなかったことにする。

 

 「メスなら光らないんじゃ?」

 「いいえ、メスはリズムが異なりますが光ります。ただオスのように寿命を統一(リンク)させる機能は備わっておりませんので、これはただのプレゼントっ。気前よく受け取って頂ければパーラメント最高〜! ってなワケでございます、はい」

 「結局リスク俺だけじゃねぇか!」

 「教訓として、相手の提案においそれと乗っからないことですね」

 

 嵌められた──。

 『イザナイダケの全権利を讓渡するまで、ユールの者たちは五賜卿に一切手を出さない』という条件だけが俺のカラダに刻まれてしまった。このままなら最悪、自分の寿命を捨ててまで戦いを挑まなくてならない。

 聖剣を握る手に自然と力が入る。

 いざとなったら……、いざとなったらそうする他ない。

 

 「そう怖い顔をなさらないでください。裏切るつもりなら珖代様はとっくにアップルに握り潰されていますし、つがいでないと逃げてしまうのでメスにもちゃーんと意味はありますとも」

 「は?」

 「約定。ウィッシュ・シロップはキクミネコウダイとの契約に則り──」

 

 ただのプレゼントと云うのは冗談だったようで、彼女は三匹目の〘ケイヤクボタル〙を自分の指に這わせて語りかけた。オスメスどっちかは判らない。

 

 「──『ホタルが寿命を迎えるまで五賜卿らがユールに危害を加えない契約』を結んだことを、ここに承認する。……商人だけに」

 

 緑色の光りを放ちながら彼女の元から飛び立つホタルが、丁度俺の肩口に移動していたメスの上にくっ付いて双方が強い光りを放ち出した。

 俺の肩で交尾をするな。と言いたくなるが、おかげでオスに誓いを立てたのだと分かる。

 

 ──なるほど、つがいってのはそういう……。

 

 「なぁ、ところでアンタのホタル、黄色く光ってるくないか? えっと、そっちのホタルが黄色信号の時は……俺の契約してるホタルだから、危ういのは俺ってことだよな……?」

 「そっちもですね」

 「えっ」

 

 もはやブローチのように馴染んでいる肩上のホタルが二匹とも、リズムは違えど黄色信号を出している。でもこれは俺の契約したホタルじゃないからえー向こう側の……ああ、ややこしい!

 

 「どっちも黄色いのはなんだ!」

 「あー、それは恐らく」

 

 

 シュンシュンシュン! ────ざくっ。

 

 

 パーラメントの答えを遮るように、一本の黒い剣が飛来してきて俺たちの間の壁に刺さった。

 

 「どいて〜!」

 「エボッ!?」

 

 どいてと叫ぶリズの声が聞こえて振り向いてみたが、どういう訳か俺の上に覆い被さるように女神が着地(ダイブ)してきた。みぞおちを膝で貫かれ一瞬、死んだかと思った。

 

 「ゴメンなさい、大丈夫ですこうだい?」

 「いいからその手をどけ──ゔぅオェ!」

 

 リズの親指が俺の喉仏に触れている。さらにぐりぐりと動かしてくるのだからタチが悪い。嘔吐くのもしごく当然。あと鼻の穴にも何本か指が突っ込まれてる感覚がある。この子はアホなのか?

 

 「うわ、きったな!」

 「ゲホゲホッ……それはこっちのセリフだ! さっさとどけろ! 指なんか食わせやがって……」

 「おっぱい揉んだんですからおあいこです」

 「揉むかァ! ……ちょっとだけだ」

 

 いや、支えるときガッツリ掴んだ。着痩せするタイプなんだなーとか思ったとか口が裂けても言えない。決して。

 

 「はい認めたぁ! 揉んだーんだー揉んだんだーもんだ〜ことを〜認めたんだあ!」

 「いや違う! もんでないし! 当たった当たっただけだしぃ〜当たっただけだからぁ〜!」

 

 揉んだもんだ阿波踊りに当たったあたった盆踊りで対抗していると、遠くから冷たい視線を二つ感じた。

 

 「キミたちボクに殺される気ぃ、ホントにあるノ?」

 「「あるかァ!!」」

 「よしリズ」

 「へい」

 「選手交代だ」

 

 リズの手を叩いて入れ替わりを要求する。今度はアルデンテが相手だ。

 

 「交渉上手くいったんですね!」

 「ああ。とりあえずこのふたりを含め五賜卿には──」

 

 殺気。

 それと、刃物が空気を切り裂く冷たい音がする。

 

 「!!」

 

 飛び掛かるアルデンテが、空中で静止しながら(・・・・・・)驚いたような顔を晒している。

 

 「──手を出さなければ、この街から撤退してくれるそうだ」

 「なるほどです」

 

 アルデンテの停止が解け、さっきまで俺がいた場所を転がる。勢いそのままにリズに肉薄するのでもう一度┠ 威嚇 ┨で止める。少年は不気味なくらい白い歯を見せてまた静止する。

 

 「アルデンテ、残念だが俺たちはうおッ!?」

 「こうだい!」

 

 予想外だった。

 

 まさか、アンデッドに後ろ襟を引かれて放り投げ出されるとは……。

 

 景色が遠のく。

 ゆっくり、ゆっくり。

 足を踏み外し落ちていく。

 なだらかに、真っ逆さまに。

 手を伸ばしてもリズは遠ざかる。

 

 嗚呼、まただ。

 またあの夢の終わりを思い出す。この世界に来て最初に見た悪夢──。世界を救ったはずなのに、リズには何も告げてあげられなかったあの日の後悔。答えを出せないまま、今度こそ本当に終わってしまう。

 

 ──結局離れるのは俺から、なんだな。

 

 全てを受け入れる。それだけの時間はたっぷりあった。落下の速度に身を任せて目を瞑る。

 自然と暖かい感触に包まれる。

 

 心地良かった。

 

 この感じなら

 怖くはないかもな。

 

 

 ──────

 

 

 ────。

 

 

 ────────!

 

 

 「ウッ……」

 

 強烈な光に目を焼かれる。

 ここは天国か……?

 吹き抜けから差し込む晴れ晴れとした陽気な陽射しがそれを否定する。

 

 「痛っ……」

 

 上体を起こそうとして全身に電流が走った。ゆっくり首を動かして周りを見渡してみる。

 

 「こうだい、こんな所で死ぬのはナンセンスです」

 

 水溜まりの上に俺とリズニアが転がっていた。彼女は底に落ちる俺を助けてくれたらしい。

 

 「リズ! お前その腕……」

 

 安心感の正体がリズであったことを知ると同時に、俺を庇い下敷きになった腕とは反対の腕が血で赤く染まっているのが見えた。

 

 「ちょっとぶつけただけです。大丈夫ですよ」

 

 すぐそばに土レンガの建物の角がある。俺がそこにぶつからないように庇ったせいで怪我を負ってしまったようだ。不注意で怪我を負わせるなんて、なんて情けない……。

 

 「後でギューってホメてくださいよ?」

 「ハグでもなんでも幾らでもしてやるから、もう無茶はするな。ほら立てるか」

 

 そんなタイミングを狙って降り注ぐアルデンテを威圧で止めて起き上がる時間を稼ぐ。

 

 バシャン──!

 

 威圧が解け、大きな水しぶきの中から残念そうに首を傾けるアルデンテが現れた。

 

 「その肩、もう動かないノ?」

 

 リズは血塗れの左肩をダラりとしていて、剣は握っているものの完全に二刀が扱える状況じゃない。かく言う俺も、背中を打ち付けたショックで息をする度に全身がピリピリと痺れて思うように動かない。

 

 「よしリズ」

 「へい」

 「まだやれるな」

 「傷つけちゃダメなんですよね」

 「ああ。遊ぶくらいなら問題ない」

 

 俺はリズの左肩を庇うように。

 リズは俺の背中を庇うように。

 

 互いに弱さを預け合い、いざ強敵に挑む。

 

 俺にとっちゃ三度目、リズにとっては二度目のアルデンテ戦。

 最終ラウンドスタートだ!!

 

 

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