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第百十二話 この街には危険が潜んでいる


 「お前は──!」

 

 その衝撃に一時だけ言葉を詰まらせてしまう。

 

 「あの時の、商人……か?」

 

 群青色の肌やブロンズヘアーの生え際にタトゥーのある女性の知り合いは一人もいないが、その整った容姿や色のノったツヤのある声にはしっかりと覚えがあった。向こうも『お久しぶりです』と言っていたし間違いないハズ。

 

 「あらなんとっ、覚えてて下さったんですか……! こんな姿なのに、一度しか会ったことのないのに、不思議です。不思議なヒトです」

 「一度受けた恩は返すまで忘れないようにしてるんです。絶対に」

 

 単に他人から恩を受けることがあまり無いから珍しく覚えていただけだが、気持ちに偽りはない。

 

 彼女との出会いは一年半前──。

 Fランク冒険者だった俺はギルドの規則を破り街を抜け出したことがあった。その際、門番にバレかけたことがあり、ピンチを救ってくれたのが彼女だった。名前は聞けず終いだったが、商会に属していることは明かしてくれた。確かミファレド商会。

 あの後かなみちゃんの力も借りて何度も調べたが、商会の実態はほとんど掴めなかった。その点を踏まえれば、当時から怪しい女性ではあった。

 

 「アップルを巻いてこれる殿方が一体どんな方か気になってはおりましたが、なるほど。ワタクシの苦手なタイプとお見受けします」

 

 彼女が突然、親指と薬指の腹で自分のタトゥーをなぞったあと目尻を押さえ出すと、青い肌とタトゥー、さらにはフクロウのような黄金色の瞳が水性絵の具のようにあっという間に溶け落ち、ベージュ色の気品ある女性が姿を現した。

 

 「やっぱり。あの時俺を助けてくれた貴女がどうしてここに……?」

 「それは、ワタシが商人である前に五賜卿であるからです」

 

 簡潔な答えだった。

 親切なヒトは時を経て魔族側に立ったのではなく、最初から向こう側だったことを告げる──。

 虚しさの中にどこか信じきれない自分が広がる。

 

 「なんですかその目は。ムカつきますねぇ、身の回りのお世話をされたいのですか? あんま調子乗ってっと殺してあげないこともないですよ?」

 

 ──あげないことも?

 

 「俺は珖代。貴女あんたの名前は?」

 「五賜卿一の豪商人(ビジネスウーマン)むしの卿】パーラメントでございます。以後お見知りおきを──ってワタシってば何を真面目に答えてるのやら……」

 

 麻色の外套がいとうを両手で広げるようにお辞儀をされたが、後半のバタつきを見ると余裕があるんだかないんだか良く分からない。

 

 「いや、そっちじゃなくて」

 「?」

 「名前を知りたいんだ。今の君の、教えてくれ」

 

 商人として活動する以上、偽名か別名義は必ずあったハズだ。これから俺のやろうとしている事を考えれば、そっちの名前で呼んだ方が効果的だろう。しかし彼女は、咳とも悲鳴とも判別つかない丁度真ん中の声を上げて悶えた。

 

 「うぐぅー……! 気を持たせるような発言をしくさりおってからにぃ! ワタシがそういうのに弱いって知ってわざとやって!? ウィッシュ・シロップです死になさーーい!」

 

 大人の魅力溢れる容姿とは不釣り合いなほどに子供っぽく悔しさを露わにするウィッシュ・シロップがコチラを指さす。

 

 「ウホーーー!!」

 

 引き腰で内股ぎみの彼女の言葉を聞いてなのか、背後から殺気が迫って来るのを感じる。俺を殺そうとしているようだが近づいてくるなら方法はある。

 

 ──囲嚇。

 

 頬を撫でる風だけが背後から過ぎ去れば止まったことは見なくても分かる。動き出す前に彼女に詰め寄る。

 

 「何をやってるのアップル! 早くトドメを」

 「……ウィッシュ・シロップ」

 「ハァぶッ! アルデンテ様以外の男性に呼び捨てされるなんて初めてなんッ! ですッ! ガッ! あーーもーー限界、ピューァー……」

 

 よくわからない限界を迎えて、シロップは地面にぐでーんペターンになった。例え敵同士でも恩義のある存在に変わりはない──。弱っている彼女を心配し近付くも「来ないで!」と一蹴された。その言葉に素直に従う俺も中途半端だが、ここは相手が冷静になるまで待つことにした。

 

 「落ち着くのよワタシっ、敵同士という危ない橋渡りはかえって二人の情熱を熱く燃え上がらせるじゃないかなー? とか考えちゃだめよ……! なんの為にここに居るの。アルデンテ様をサポートするんでしょっ……!」

 

 何か独り言を述べたあと咳払いをして立ち上がる。

 

 「ごっほん! ……舌戦の勝利は一旦貴方にお譲りするとして。改めまして、ミファレド商会会長ウィッシュ・シロップと申します。先程はお見苦しい所を見せてしまって申し訳ございません。このワタクシ(・・・・・・)に用があるような喋り方は些か疑問ですが、一体何がお望みで? まさか、五賜卿としてでは無くワタクシ本人に興味があって『四の五の言わずに、オレのものになれよ』とか──きゃっ! そういう妄想じみた勘違いヤロー発言をするつもりなのね?!」

 「ねえよ!」

 「……なら、一度だけ会った彼女のことが忘れられず、ようやく再会できたのにどうして敵なんだぁ! 『何もかも忘れて二人で逃げよう』……とか?」

 

 だいぶ、妄想力が激しいようだ。

 

 「なんかー随分ショックだけど、今は居てくれたのがアンタで良かったって本気で思ってるよ」

 「そんなにワタクシを求めて……」

 「ああ、したいんだ。交渉を」

 「はて? 年頃の男子が女子に求める交渉とは……? トンデモナイ交換条件でワタクシを奪っ──そんなダメよ! アルデンテ様を裏切ってまでする交渉……いかがわしすぎるわ! シロップとお呼びください」

 

 喜怒哀楽の激しい彼女のペースに巻き込まれてる時間はない。ここは多少強引にでも本題に移行する。

 

 「お前たちはユールを一気に落とす戦力を持ち合わせていながら、攻めあぐねてる。違うか?」

 

 シロップの目付きが変わった。鋭くも冷たい視線に俺も剣を構えて対応する。

 

 「それを聞かれたままに答えるとでも? 浅はかですねニンゲンは」

 「いいや、言わなくても分かる。こんな場所に閉じこもっている時点で、のっぴきならない事情があるんだろう?」

 

 全て拾った伝書に書かれていた内容を元に話しているが、なんでもお見通しの優位性(フリ)を保つ為にえてその事は伝えずにおく。

 

 「仮にそうだったとして、我々との交渉に払える対価はなんなんですか?」

 

 この街には危険(きょうい)が潜んでいる。

 ダットリー師匠やかなみちゃん、薫さん、それにユキや勇者に加え、俺の知らないアサシンやグランドゼロが居るなんてウワサもある。これだけ危険が溢れかえっていてユールを執拗に狙う理由は最早一つしかない──。

 

 「ユールから手を引け。そうすれば、イザナイダケはお前たちのモノだ」

 

 この街でしか取れない特産品。イザナイダケを魔族は狙っている。

 

 

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