第百九話 望まぬ決着
この話を読んだ後に
二章第一話
「主役と勇者と黒歴史」
を読み返して見るのもオススメです。
---珖代視点---
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気が付けば剣先は地面に沈み、俺は柄の部分を握り締めたまま彼に跨っていた。腹に風穴を空いている彼からは、血の一滴も流れていない。
岩みたいな腕が力を失い、俺の首からするりと解けていく。地面に落ちた瞬間、漢の吐息が聴こえた。
「ああ、……あぁ……」
彼を貫いた感覚、ましてや地面にまで達した感覚は無い。けれども聖剣は確実にカクマルのみぞおちに深く根ざしていた。その証拠にビクとも抜けない。
「正解だ」
なにが。と問うまでもなくカクマルは続ける。
「俺の首を落とす判断をしていたら、まず間違いなくこの腕がアナタの首をへし折っていたところだろう」
「待ってくれ……違うんだ、こんな風に終わらせるつもりじゃなくて……」
「違わない。大丈夫だ。アナタはなにも間違ってなどいない」
カクマルは俺を否定しなかった。一度だって否定してくれたことはなかった。まだ否定してくれた方が楽だったのに。
「ダメだ会わなきゃ……。会わないとダメなんだよ。なんでアイツらに会わずに逝こうとするんだよ……! ずるいだろ、そんな逃げ方……」
「……何か、伝えたい事があったんじゃないのか?」
妙に落ち着いていた。自分の死期を悟りもう手遅れだと分かっているような、そんな聞き方をされた。
「聖剣は……見りゃわかるよな。威圧の派生は見せた通りだし、……勇者のその後について知りたいことは?」
「聞いた。墓の前で洸たろうから全部。全部だ」
「じゃあ、その、サングラス。元々俺のヤツだけど、俺より似合ってると思うよ」
「それも聞いた」
「え、っと、ユールに新しく防壁が出来て、急造だけど今もまあまあ街の役に立ってて……いや、じゃなくてそんな事よりも、ひとりひとり仲間たちについてなんか、その、言わなきゃいけないこととかって」
「落ち着け。多少猶予はある。本当に、必要なことだけ、ゆっくりと、ゆっくり聞かせてくれ」
「必要なことだけ……」
焦っているつもりなんてなかったけど、呼吸を整える。
「アンタの本音は、誰かに伝えた方がいいのか?」
その質問にカクマルは首を小さく横に振った。
「いつか、俺から言いに行くさ」
「俺たちの勝負は? 約束はどうなるよ……」
「……しばらく、おあずけだな」
カクマルはそう言って曇り一つない笑顔を俺に向けた。まともに勝敗もついていないのに、ものすごく満足気なのがムカついた。
「おあずけって……アンタ今から消えるんだぞ!? どうして次があるみたいに……! そうやって、なんで後回しに出来るんだよッ!!」
本当は胸ぐらを思いきり殴ってやりたいぐらいの気持ちでいるのに、その一発で終わってしまうくらいに弱々しく見えてしまい、手が出せない。もう、目を見て話すことすら辛かった。彼の顔や手足に小さな亀裂がいくつも浮かんでいる。聖剣による能力で彼の身体が少しずつ崩壊している証拠だ。
「不思議とな、またいつか逢える気がしてくるんだよ。フッ……二度も死んでいるからかな」
「軽いな」
あまりに他人事ように聞こえたのでそう返した。すると、カクマルは軽さについて端を発した。
「 “軽い” が “簡単” じゃあない。覚悟は必要だった。ヤツに召喚され、この場を任せられ、アナタと再会して、本気で話し合って、ようやくだった。ありがとう。おかげで今は、すごく……軽いよ」
「だからって、全部から逃げるのか? らしくねぇよ。カクマル」
「痛い所を突いてくるなぁ。これじゃあ、理想のカクマル像からは、遠のく一方だな。はは」
そう言って冗談ぽく笑ってみせる。
「理想の?」
「人は誰しも、自分という人生の主人公だと偉い人たちは言うけれど──俺はそうは思わない。もしそうだとしたら、俺という物語は最低で終わっている。
誰の耳にも届かず。
誰の目にも止まらず。
誰の記憶にも残らず。
誰の心も動かせない。
今更書き直しなんか出来ないし、あってもなくてもいいのなら存在しないのと同じ。本当に最低で無価値な物語だった」
それはきっと恐らく、この異世界に来るよりも前の、過去の自分の生き方に対する後悔や懺悔の言葉だった。カクマルが過去をどんな風に生きてきたのかは分からない。けれど、その気持ちは痛いほど痛感する。流されるままに生きてきて、何者でもない一般人Aとして過ごしてきたのは、俺も、自分自身に価値が見いだせなかったからだ。
カクマルは続ける。
「二度目の人生を与えられても、主人公のままじゃ人は変われない。漠然とした未来予想図を片手に同じような続編を描いてしまうだけだ。たとえそれが、駄作じゃなかったとしても、自分の描きたかった未来とはズレてくる。他の道を選べばよかったと後悔し、上位の人間と比べて落ち込んだりする。だったらせめて、誰かの物語を灯せるような明かりでありたいと思うのは当然で、主役をサポート出来る脇役になることを俺は誓えた。
こいつらは大物になるんだって。
こいつらはスゴいんだって。
俺が主役を完遂させる。洸たろうのような、誰かの物語を照らす光を創る。要はみんなに必要とされる俺が、理想の俺だってことだ。そのくらいの夢が俺にもあったんだ……」
「どっか似てるとは思ったけど、ようやく分かったよ。アンタは俺だ。俺が進めなかった道を行ったもう一人の俺だ」
誰かを支えることに人生を費やす気でいたが、ユキが事故死した時にその選択肢は消滅した。俺には出来なかった未来だから、少しだけ羨ましく感じる。そのまま人生を終えた彼が、何を思って本音を語っているのか非常に気になった。
「ひとつ聞かせてくれ。どうして理想に固執したんだ」
「この世界が、くだらない自分を変える最後のチャンスだったからだ」
「……!」
「ゆえに、土俵の上ではガッツポーズをしない力士ように、厳かな立ち振る舞いのできる大人を目指した。誰からも尊敬される、そんな人間を貫くために……」
二度目は人殺しの汚名から始まり、自分のことすら考えてる余裕も無かった俺とは違い、カクマルには目標に向けた最高のリスタートがあったようだ。
気色悪いほどの聖人君子の影には、自分よがりな理想に邁進するカッコイイ漢が隠れていた。だれの前でも凛として本音を語ろうとしてこなかったのは、自分勝手な願いだと理解していたからだろう。……なんだか安心した。カクマルも同じように悩み後悔するただの人間だったことに。
「もう充分、貫いたよ。アンタは誰よりも優しくて、強くて、居るだけで安心できる存在だったから」
「そうか……。だとしたら醜い本音で耳を汚してしまったな。すまない」
ずいぶんと自虐的になるカクマルに俺は分かりやすい代名詞を交ぜてそれを反論する。
「そんなこと言い出したらウチの女神なんてまあ大変だぞ。ワガママで意地っ張りで、そのくせ迷惑ばっか掛けて、反省したと思ったら次の日にはケロッと忘れてまた同じ失敗繰り返すんだから。報告も連絡も相談もまともに出来ないクセして好奇心だけはいっちょ前で、だから近くに居てあげないとホントに不安で不安で……。少しは見習って欲しいと思うよ、カクマルを」
「それは大変だ」
カクマルはその崩壊する顔でひっそりと笑うと、何かを思い出したかのように口を開いた。
「仲間の話で思い出した。スケインは今どうなっている」
「スケインはアンタと一緒に埋葬されて、それで今は隣りの墓に──……。はっ、まさか!」
大変なことを思い出した。
スケインの遺体も、利用されている可能性がある。




