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第百八話 決断と何も知らない勇者


 落ちている〘選好の鐘〙から視線をカクマルに移すと、向こうも同じく首を動かす。サングラス越しに目線がすれ違った──。俺の意図することが完全に読まれている。

 

 あちらが動き出す前に地面を強く蹴り、初速をトップギアに入れる。目的に向かい全力で駆け出すと足首を壊しているはずのカクマルが嘘のように肉薄してくる。歩幅で不利な俺ではスグに追い抜かれてしまうだろう。そう思った矢先、どこからともなく飛来する聖剣がカクマルの動線に突き刺さり、すべからく勢いを封殺してくれた。その結果、先に辿り着いたのは俺だった。

 

 飛びつくように拾いあげて前転で受け身を取る。間髪入れずに鳴らそうと鐘を振り上げた瞬間、大きな影が地面に落ちる。聖剣を飛び越えてきたカクマルの影を見上げ、紛うことなき巨人のその迫力に圧倒され一瞬たじろぐ。

 

 「くっ……はなせっ……!」

 

 カクマルは俺の腕を制御するように掴み取ると、もう一方の手で鐘を直接ツブしに来た。握り込む俺の指まで砕かれそうになり咄嗟に反応した。ついアレを使ってしま(・・・・・・・・・・)ったのだ(・・・・)

 

 バチンっとはまり漢の動きが停止する。猶予は短い。すかさず距離を取ろうと試みるも──、

 

 「──ぁ……やばいっ」

 

 鐘を握る俺の手ごとその大きな手に包まれているので離れることが出来ない。しかも右足を踏まれている。やってしまった。これじゃ逃げようがない。右手中からは鐘が潰れてしまっている感触と、血が滴ってひじまで濡れているのがわかる。音はもう鳴らせそうにない。

 

 四、五秒経ちヤツの硬直が解ける。すると先程の勢いのままに倒れ込んで来た。このまま押し潰されてしまえば右手のそれと同じ結末を迎える。運良く無事でいられたとしても上からマウントを取られればなぶり殺されて終了──。そう思った俺は、鐘を持っていた手を素早く引き、地面を背中が打つ直前に手足を交差させた。覆い被さるカクマルに組み敷かれないようしっかりと脇を締めて。

 

 ギギギチィ──。

 

 鉄骨が落ちてきたと錯覚するほどのニクの重みに全身の骨が軋む。普段なら無理だが、跳ね返すようにカクマルの全身を押し上げ、踏ん張りが効かないであろう右アキレス腱の方向に押し投げる。

 

 「……! させるかよっ……」

 

 今度は俺が馬乗りになってマウントを取る。壊れた〘選好の鐘〙を捨て、拳を三発、鼻筋めがけて振り落とす。

 

 四発目が当たる直前、岩のような強靭な腕が俺の右手と首に伸びてきた。

 

 「この……ァ………!」

 「あのとき俺にかけた威圧の派生か。……完全に会得していたんだな」

 「かっ……ぁ……う……」

 

 なぜか力なく笑いながらクビを締めてくる。ものすごい恐怖。俺は首の閉まっていく感覚を忘れたくて、もう一度ソレを使った。カクマルが目覚めさせてくれた、派生スキル──┠ 囲嚇(いかく) ┨を。

 

 「……!」

 

 見事に硬直させることは出来たものの、手と首が固定されているのでまたしても動くことは出来ない。

 目を見なくても止められてしまう空気の読めない能力が、何か次の手は──と藻掻いているうちにその効果時間を終わらせた。一気に強烈な指圧(ピンチ)が首を締め上げ始める。

 

 「ぐぁああ゛……!」

 「俺が全てを吐露してまで向き合っているのにキクミネコウダイ、アナタは奥の手を隠していた。なぜだ。目的と違うからか? それとも、使うに(あたい)しないからか?」

 

 俺のした質問を真似てそう言う。

 

 「違……っ! ………俺は、真正面からっ……アンタと、決着を……!」

 

 空いていた左手で顔面を殴ろうにも体勢的に力が入らない。首に根ざした腕になんとか爪をくい込ませてみても、血が出ないので効いているのかさえ分からなかった。

 

 「いや、いいんだそれで。目を見ずとも相手を止められる威圧。それさえあればアナタが石化する心配もない。その事実に俺は今、救われている」

 

 ダメだ。脳に血液がたまり、顔が腫れそうに熱い。このままだと本当に死んでしまう。

 

 「け、剣よ……!」

 

 必死に呼んで、左手を外に向ける。今の俺には下を向くとこすら出来ない。冷たくも荘厳な感触を求めて手は地面を這う。指が鋭利でもいいからとその感覚を必死に求める。

 

 「しかし残念だ、キクミネコウダイ。この結末だけは予想の範疇から漏れていた」

 

 干ばつした地面の小さな亀裂にさえ指を通して探すと、遂にその感触に行き当たった。


 だが一瞬。

 一瞬、戸惑う。握るべきか否か、判断がつかなかった。

 

 「さぁ死ね。悩むくらいならそうして死ね」

 

 終わる。終わらせる。そうしなきゃ。

 

 「……ぁ……いぃぢ……ぐッ……」

 

 終わる、俺が。終わらせる。ここで必ず。

 

 「死にたくなければ抗え! 己の命欲しさに俺を貫いてみせろォ!」

 

 終わる。俺が、終わらせる。

 終わらせなきゃいけない……!!

 

 「あ゛あぁあぁぁぁ……!!」

 

 もう、限界だった。

 雨の中でもその剣の音はよく響いた。

 

 

──────────────

 

 ---別視点---

 

 

 

 ギュインッ──!

 

 不吉な歪んだ音が耳に響いて振り返る。

 

 「今、確かに──。こっちだ」

 

 弾けるような、壊れブッ飛ぶような甲高い音に導かれて、青年は岩と岩の隙間を通り抜けて降る。


 停止していたアンデッドたちが動き始めたことで、途中から迂回するようにアルデンテの元へ向かっていた勇者、水戸洸たろうはここに来て(ようや)く見知った人物の後ろ姿を捉えた。その人物は何故か低い体制を維持しているが、会えたのが嬉しくて気にせず声をかけようと近付く。

 

 「喜久嶺(きくみね)さ──」

 

 しかし、咄嗟にやめる。彼はひとりで座っているのかと思いきやそうじゃない。誰かを下に敷いている。角丸に剣を突き立てて(・・・・・・・・・・)その上に座っている(・・・・・・・・・)

 

 「──……な…………」

 

 理解が追いつかない。


 角丸は死んだんだ。


 目の前で刺されるワケがない。


 そもそもなぜ彼が。なぜ彼を。


 他人の空似なのか、実は死んでいなかったのか。その辺りのことも全部ぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。


 考えれば考えるほど目眩も止まらない。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 受け入れ難い真実に驚愕する水戸洸たろうは、呼吸すらおぼつかない自身その状況に気付いてすらいなかった。そして膝から崩れ落ちる。

 

 「……うそだ……そんなの……きっと何かの……」

 

 心に根ざした大切な信頼が急激に枯れていく。

 自分はどこから間違っていて何を知らされずにノコノコとやって来たのか。自身の感情すらあべこべで、何を信じてどこから疑えばいいか、目的も思い出せない。なにより、喜久嶺珖代に対して疑念が高まり出す。そんな疑念の浮かぶ自身の薄汚い心すらも愚かしく思えて苦しさが増す。

 

 そうして、じっと元凶を見つめ続ける。

 

 ──なんなんだ、なんなんだいつもあのヒトは。俺から、……俺から一体、幾つ奪……。

 

 「ちょっと、聞いてますかこうたろう?」

 「……え、女神さま?」

 

 いつからだろうか。

 僕の後ろには女神リズニア様が立っていた。慌てて駆け寄るその様子からして、僕は何度も声を掛けられていたらしい。彼女が岩の間を滑って僕の所まで降りてくる。

 

 「顔色が悪いですよ? 大丈夫ですか立てますですか?」

 

 いつの間にか岩のくぼみに手を着いて腰を下げていた僕に、女神様が優しく問いかけてくれた。

 

 「いえ、僕は大丈夫です女神様。……大丈夫なんです僕は」

 

 自分に言い聞かせるように立ち上がった僕は隣で一点を見詰めたまま固まった女神の横顔を見て、衝撃の大きさは違えど同じ感覚に陥っていたくれたのだと理解し、少しだけ救われたような気分になった。

 知らなかったのは自分だけじゃない。おかしいのは向こうの方であると。

 

 見詰める先の二人を照らすように、分厚い雲が裂け、陽射しがだんだんと差し込んでくる。

 

 雨が上がった──。


 それが頃合いとばかりに女神様は岩場から喜久嶺さんの元へと向かう。付いて来ない僕を心配してか、彼女は振り返る。

 

 「こうたろう、私にも分かりません。でも行かないと。この先です」

 「女神様。ひとつお聞かせください」

 

 勇者は思い詰めた表情でリズニアを見ようともせず質問した。リズニアは平然を装いつつも警戒する。

 

 「死ぬことで発動する能力とかってありませんでしたっけ? 確か、──┠ 心中勝利 ┨とか言う」

 「はい。確かにそのようなチートスキルは存在します。トドメを刺してきた相手を道ずれにしながら、なおかつひとつだけ願いを叶えることが出来る能力。もちろん、そんなピンポイントなスキルを持っていればの話しですが……」

 

 勇者は質問をしても、その場をすぐには動こうとしなかった。痺れを切らしたようにリズニアが先に行く旨を伝えると、勇者は黙って頷いた。

 

 死ぬことで願いを叶える能力が存在する。そのことで勇者は、不敵に笑った。


 

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