第百六話 でもそれは理由にしたくない
カタカタ……ガシャッ──!
地面から抜け出た聖剣が、切っ先を俺の方に向け勢いよく飛びかかる。その瞬間を見逃さずカクマルは反応し、柄を掴んで自分の武器のように振り回した。
相手の間合いに入ってしまった俺には二つの選択肢がある。
飛んで躱すか、
屈んで避けるかの二択。
ここは迷わず飛んで躱した。
必ず反撃の隙が生まれるから。
「もらったァーー!」
振りかざしたオノが幹に食い込む。
──カッ、硬ぇ。入りきらない……!
切り株みたいなキレイな断面を作ろうとしたが、俺の筋力ではカクマルの分厚すぎる首筋を両断することはできない。せいぜい深めのキズを付ける程度。
スタッと着地と同時にすぐさま離れる。
仕方ない。どうせ一度では切り落とせないと思っていたのでこのままもう一度──。
──ん?
目を離した隙にカクマルの手から聖剣が消えていた。いつの間に。
利用されるのはまずいと判断して投げたのだろう、背後からブンブン聴こえる風を切る音で聖剣がどこかへ飛んでいくのが見えた。とはいえ聖剣には、俺の元へ戻ってくる性質があるので、この勢いは利用させてもらうとする。
助っ人外国人並みのフルスイングで飛ばしでもしたのだろう。カッコよく残心する隙をついて接近する。オノを刺すフリをして通り抜けようとしたその時、岩場に追い込まれた時のような、大股が目に飛び込んできた。この股下をくぐって行けば、聖剣は俺より先にカクマルに突き刺さるはず。そう思い行動に移すが──、
──流石にかっ!
通過する瞬間、閉じてきた足に腰を挟まれた。藻掻く暇もなく首根っこを掴まれ重力が横に飛ぶ。
いや、飛ばされたのは俺の方だった。
「──ッ!?」
受け身を取ろうと振り返って気付く。俺が投げ飛ばされた方角はまさに聖剣が飛来してくる向き。
切っ先までいちメートル。
空中では逃れる術が無い。
当たってもいいように手足を丸めて顔をガードする。
避けられない、避けようがない──。
そう思い目を瞑っていたが、地面を転がる痛みはあっても突き刺さるような種類の痛みは感じない。目を開け何が起こったのかを確認する。
聖剣が背もたれになるように地面に傾いて突き刺さっていた。ぶつかる直前に進路変更をしてくれた……のか?
不意に感動が襲ってくる。
「お前……。そうだよな、さすがにいがみ合ってる場合じゃないもんな」
普段はなぜか俺に敵対するくせに、ここぞという時は助けてくれる。その優しさが今は心にしみる。しかし背もたれになるほどの配慮なんて、今までなら有り得なかった。切迫している状況が伝わったのか、以前より俺たちの距離が縮まった気がした。
多少でも俺のこと信用してくれるならやりやすい。思い切って妙案を伝えてみることにする。
「聖剣、力を合わせよう。あそこにソギマチって少女が見えるだろ。あの子みたくカクマルを無力化する。協力してくれるな?」
妙案とはまさにそれ。倒すことに躊躇いがあるなら、首を落として無力化してしまえばいいだけの話だったのだ。それが可能なことは目の前の少女が体現してくれている。文字通り手も足も出せない状態にすれば、今度こそ会話を無視できない──。てかさせない。
──反対側から、あと二発。
最後に首を落しきるまでの攻撃予測を終えて、気合いを入れ直す。
「よしッ! いくぞ」
了承を得ることはない。
なぜなら聖剣だから。
あの首には既に大木のような太い切り込みがついている。その切れ目の反対側から同じくらい深い切り込みを二回入れれば、今度こそ落とせる。
あとは信じて振り回すだけ。
「うおおおぁぁあ!!」
ハンマー投げの要領で遠心力に任せ、思いきり聖剣をぶん投げ回す。
雄叫びは離す直前に上げると良いって何処かで聞いたからやった。
聖剣は横回転しながら漢の頭上を飛び越えていった。
「なぁにやってんの、ハズしてやんのー」
ソギマチがクスクスと笑っている。そうやってバカにする様子は無邪気なイタズラっこだ。ハズレはしたが、寧ろそれでいい。それだけでヤツは後方に意識を割かねばならない。
続けざまにオノを投げる。ただし今回は、投球フォームの乱れを調整しながら速さより正確性を込めて。
速さより元々コントロールに定評のあった俺の球は首筋目掛けて一直線に飛んでいく。カクマルはオノを一瞥すると、いとも容易く首を捻って躱した。
が。
ブチンっ──!
カクマルのアキレス腱が突如、斬り裂かれた。なぜだ。という顔を晒しているが答えは簡単。背後から迫る聖剣がオノを弾き飛ばし、アキレス腱を切り裂いたからだ。
そう。オノを投げた狙いは首を狩ることではなく、最初から足を奪うことにあったのだ。……と言うのは半分冗談で、聖剣に当てて跳ね返ってくるまではイメージ出来ても、どこに当たるのかは賭けだった。
アキレス腱にぶち当たったのは僥倖──、もしくは聖剣の天才的発想。結果、それが功を奏した。
ドサ、ザシュッ──。
漢が片膝をついて倒れるのと同時に、聖剣が首筋を掠め去る。オノとは比べものにならない斬れ味で骨が見えた。
あと一撃。
あと一撃で無力化できる。
駆けながら聖剣を手中に収める。せっかくのチャンスを殺しては惜しい。このまま一直線に向かい渾身の力を首に叩き込む。
「とった!」
ガスッ。
妙だ──。
クシの通らない髪の毛のように引っかかり、首が落とせない。
押しても引いても動かない。
三分の一まで食いこんでるのに、完全に止まってしまっている。
「うそだろ……!」
原因はすぐそこにあった。
信じ難いことだが、カクマルの強烈な指圧に聖剣の侵攻が止められていたのだ。
「──まったく」
不意に、言葉が投下された。
その言葉に触れた瞬間爆発してたように頭にモヤがかかる。
なんで?
いま、なんだ。
目の前の口から。
聞き覚えのある低い声がした。
「余計な気を回すものだな」
聞き間違いじゃ、な──、
「──ッッッ!!?」
地面を舐めた。
腹が熱い。
じんわりと強烈な痛みがノドの辺りから広がる。
体内まで熱い。
肺が空気を欲している。
「がハッ……ヴッゲボ……ォブ……ぅ!」
息ができない。
理解が追い付かない。
「いつ俺が会わせて欲しいと頼んだ」
カクマルが豆粒ほどに小さくなった。いや、かなり遠くにみえる。
熱い。痛い。苦しい。知りたい。
一瞬で遠くに飛ばされたのか、殴られた拍子に記憶が飛んだのか定かじゃない。とにかく息が吸いたい。
喋ることもままならない。
立ち上がれずのたうち回るしか──。
こんな状態でもパニックにならずにいられたのはあの声が何度も俺の中でリピートされているからだ。
腹を殴られたことよりも、さっきの声が気になりすぎる。
「ヴ……ッ。オェ…」
朝からなにも食べていないから胃液しか出ない。それでも吐くと少しだけ楽になれた。
アキレス腱の切れた右足を庇いながら、疑問が自ら近づいてくる。
「首を切り落とす作戦も、残念ながらこのカラダにはお見通しだったようだな」
「…ゴホッ……ヴホ! なっにが……」
「無理に口を開くな。回復が間に合わなくなって、俺に殺されても知らんぞ」
声が出せなくても、息ができなくても、立ち上がる意思は見せつけなきゃ行けない気がした。
「このカラダは意識に関係なく動く。首を斬ろうとして誘い込まれたのは、寧ろアナタの方だったという話だ」
だから地面にしっかりと手を付いて上体を、徐々に徐々に引き起こす。
「ゥグッ…、くぅッ……ふぅ……ふぅ……」
「だが、必ずしも俺の思考とカラダが乖離しているとは限らない。今の一撃ははそういうもんだと理解してもらいたい」
「……くっ……はぁ……はぁ……」
「俺に首だけになって生き続けろと? ガッカリだ。そんな半端な選択を選ぶヤツじゃないと思ってたんだがな……」
背の高い黒人が、俺を見下しながら同情している。なんだ。どうして急に饒舌になった?
「……ふぅ」
整え、整え呼吸。もう少しだ。
理由がどうあれ漸く会話ができるのだ。
──俺の方が喋れなくなってどうする! いいからさっさと! 動け早くしろ!
「死人になってまでコウタロウたちに迷惑をかけるなど……こんなこと、あっていいハズがない。こんな、惨めなことはない」
首や足のキズも治らないままに近付いてくる。
「これが幻であってくれと、どれだけ願ったことか。だが、現実ならば受け入れるしかない」
カクマルは眉一つ動かさず真剣な面持ちでそれを要求する。
「キクミネコウダイ、俺を止めてくれ」
ようやく息が整った。
「断る」