第百話 返事のない屍
2章記念すべき100話目です!
──(すまないが、私もそろそろお暇させて頂く。今回の決着をなる速やで伝えたい人物がいるんだ。ではまた。次回作についてはもう少しだけ待っていてくれたまえ。期待はあまりせずに。と付け足しておこうかな)
「はい! 先生っ、今日はありがとうございました」
すかさずワタシは天に向かって敬礼を取った。見ていてくれただろうか……。いや、話せたという充足感だけで踵を上げ下げしてしまうのだから、最悪気付かれなくても悪くない。得られるものは充分に得たのだから。
──(……ああ、そうだ。最後にレオナルド君、君にひとつだけ訊きたいことがあったんだ)
散らばった資料や武器の片付けからは逃げられないと覚悟を決めたその直後、何かを思い出したかのように先生が質問を投げかけてきた。少しだけ焦っているような声が心に響く。
──(君の魔視眼には、あの最後の光はどう映った)
頼ってくれているとはいえ、浮かれる訳にはいかない。顎に手を添え、冷静にその時の事を思い出してみる。
「どうと言われましても……ただの光でしたとしか……」
──(そうか、ありがとう)
こうして、先生の独演会……ではなく、緊急会議は解散となった。
この短い休日を、ワタシは草原豊かな国が滅びてしまった理由探しに費やしてみようと思う。そうすることで何か、五賜卿の狙いが見えてくるような気がしてならないからだ。となれば“あの土地”はハズせないのだが、その辺は慎重に進めていくしかないだろう。
にしても、最後の確認はなんだったのか。オレの答え方が合っていたか、若干、不安である。
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国賓送迎用のリザードが一台、王都を飛び出した。その名の通り国賓級要人を乗せた、超速移動式個室ホテルだ。
地竜種の血を引くスパルタスリザードは乾燥に強く丈夫で柔軟なウロコを持っている。王都からユールまで馬だと数日以上掛かる距離を半日ほどで進めてしまうことは勿論、大きな鉤爪が特徴の四本の脚は、前後が交互に動くので揺れは少なく抜群の安定感を体感できる。また雑食ではあるが、身体に栄養を溜め込む器官があるため燃費も良い。悪い所をあげるなら絶滅が叫ばれていて王都には数匹しか存在しないことだろう。しかしそのデメリットがあるからこそ、要人からの評価はすこぶる良い。故に、スパルタスリザードは大切に扱われている。
背中に搭載されたグランドホテルのような一室は、黒を基調としたシックでモダンな造りをしている。外から窓の中の様子が窺えないようにカーテンが仕切られているが、ブルーライトの淡い光がカーテン越しに人影を濃く強調している。筋肉質で身の丈の大きい男の影だ。男はソファーのようなものに浅めに腰掛け、前屈みで座っている。
「ご無沙汰しております、総大司教様。緊急の用につき、こちらから展開させて頂きました」
影は一つ。なのに、男は明かりの一番強い場所に向かって声を投げ掛けている。すると、ブルーライトが特定の形を取り男の方を向いた。
「これはこれは、ヴェネルバム・ガムガム神官ではありませんかっ」
光側の性別判断はつかないが、ヒトの形をしている。今まさに両手を広げている状態だ。
「ヴェネルガムです。総大司教」
ヴェネルガムと名乗る人物、彼はウメと共に玉座の間に訪れた、実力未知数のもう一人の神官だった。
「そちらからワタシに連絡とは珍しい。何か、よっぽど事がありましたね? それともただワタシとお話がしたかっただけなら……うーん、それも仕方がないことだと割り切りましょう。ワタシにもいよいよ部下に慕われる時代が……おや、違いますねこれは。あの、ガム神官? 聴こえてマスク? なんちゃって」
青い光はフォログラムのように白装束を着た何者かの様子を映しており、その人物は落ち着きなくその場をウロウロとしていた。背中が随分と曲がっているので老人ではあるようだが、顔はフードで隠れていてあまりよく見えない。
ヴェネルガムはギャグには触れず、簡潔に要件を伝える。
「ウメ神官が単独行動に出ました。行き先はユールです」
「おやおやおやおや、それはいけないんじゃんねぇ……。神官は常にお互いを監視し合い二人一組で行動するようにとあれほど口を酸っぱくして伝えたと言うのに彼女はッ! いやはや悲しみのプディング。ウメ神官にはお仕置きが必要じゃんね。しかし、ユール、……ユール。そんな名前の国、ありましたっけ?」
「五賜卿の恨みを買った田舎町でございます総大」
「あー、はいはいっ、覚えていますよユール。なんだっけな〜と言いたくなるくらいには。それで、アナタも向かわれるのですか、ミネルヴァルブルブル・バッ……あぅ、アナタの名前言いづらすぎですよ」
「さきほど、ユールと五賜卿の決着が着きましたのでまずはそのご報告を」
「ほーん、それで結果は?」
「ユールの敗北です」
「ほーですか。ま、端から期待はしておりませんでしたが。それでなんて国名でしたっけ?」
総大司教と呼ばれた老人は楽しくなごやかに会話を進めている。話すことが目的となっていて、ユールやウメにさほど興味はなさそうだ。ヴェネルガムは老人のそういった対応に慣れているのか、軽く流しながら話を続ける。
「『屍の卿』はユールの民の殲滅を開始しました。現在ユールに滞在していると思われるウメ神官もその例外ではありません。これからユールへと向かい、遺体となるであろう彼女の回収を」
「なりません」
興味があるのか無いのか。総大司教が鋭く冷たい声で遮った。敢えてなのか、そのままの温度で言葉を重ねる。
「彼らの暫定拠点地に近付くことは例え神官であっても許されません。下手に刺激し、次に我々が狙われてしまえば元も子もない。アナタにその責任が取れる覚悟がおありですかガム神官。ウメ神官のことは惜しいですが、あなたと上手くやれる新しい相棒なら幾らでもご紹介できますよ」
「……。」
「彼女のことは金輪際忘れること。アナタは一度教会に戻ってきなさい。無論、このことは他言無用にてお願いしますよぉ? では、アナタに神の御加護があらんことを」
そう言うと総大司教は一方的に通信を切った。部屋からだんだんと青い光が消える。
揺れる車内に取り残された男は、黒子のように白く薄い布で顔を隠していた。
表情は窺えない。全身白装束。
ふと、御者が声を掛けた。最初から聞いていたのだろうか、他言無用の発言に恐れず伝える。
「畏れながら神官様。ユールご到着まで、あと十五時間少々です。進路の変更はなさいますか?」
「……──」
神官は膝の上で手を組んで無言を並べる。それは選ぶための間ではなく、部外者に通信内容を聞かれた不用心さに、手遅れを感じている様子だった。
そして、顔に掛かった布を少しも揺らすこと無く告げる。
「……──そのまま、ユールに向かってください」
やはりこの男──ヴェネルガム神官の表情は窺えない。
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──どれだけ歩いて来ただろうか。
足の裏が痛くて、庇うように歩いていた逆足も痛み出した。少し荒れた呼吸もそのまま、良くなることも悪くなることもなくここまで来てしまった
ユール敗北確定前。
---珖代視点---
チョイチョイに途中まで乗せてもらい、ジャリジャリの根っこの上を歩き、伝書を拾い、雨がぽつぽつと降り出して、何も無い場所を通り過ぎて、大きな岩の連なる場所を通る──。
この岩場を越えた先にあの洞窟があるはずだ。足音を消し、ここからは気配に気を付けながら慎重に進む。
二つの岩の隙間を飛び越えて下りながら、レイたちが住んでいた旧アジトを探す。体感的にもうすぐだと思いたいが……どうだろうか。
頭の中では時々、伝書の内容が繰り返される。
もう一人の五賜卿が本当に手を出さない、或いは何かを警戒して動けないでいるなら、交渉が出来るかもしれない。そう思うと一人でも何かを変えられる気がしてくる。
不安もある恐怖もある。空気がどんよりと重くなるのも感じる。それでも止まれる気がしない。きっと何が出て来ても、俺は進み続けるしかできないのだ。
一人でもやれるって事を証明したいのかと言われればそれは違う。一人より二人、二人より三人居てくれたほうが遥かに良いに決まっている。それでも、止まれない理由が俺にはあった──。
アジトの隠された入口までもう五分と掛からない距離で、通せんぼをする大きな男の姿がある。
誰より大きく、黒く、勇ましい男が仁王立ちをしている。あのスキンヘッドにサングラス──見間違える筈なんてない。
「よう、久しぶりだな。カクマル」
言わずもがな彼はとっくに死んでいる。殺されている。だからこれは、返事のない、ただの屍だ。