豊かな国は滅びた。貧しくとも、笑顔溢れるミドリの国がです
閑話……ではないと思いますが、少しだけメインからそれてしまうのでサイドストーリー的な立ち位置だと思って読んで頂ければ幸いです!
ワニニャンコフ先生は過去に存在したという草原豊かな国の情報について、事細かに話してくれた。
そのことから分かったのは、彼らがガラス細工に長けた民族であったことや、牛や鶏の半魔の飼育方法からあらゆるキノコの養殖方法までを識り尽くす生物学的に、ともに貴重な民族であったこと──。そして、比較的温厚であったにも関わらず紛争で滅びたという顛末を。
ワタシにはその全てが初耳だったが、あの周辺の固有種であるランドリーチキンや一匹だけ確認できた半魔牛の存在 (チョイチョイ)、城の壊れた大ステンドグラス、さらには固有菌類種に相当するイザナイダケを見ているだけに、過去の情景が容易に思い浮かんだ。ちょうど、壁のない頃のユールに草原を足したイメージだ。
──小国だった頃の名残は確かにあの街の随所に残っているな。しかし、内紛で滅びたというのは穏やかな表現じゃないな。
ひと区切り付いたように思えた先生の話は、ページをめくる音と共に再開された。
──(国として崩壊後、魔王軍によって拠点化されたと書かれているが、その後の記録は残っていないようだ)
ムリもない。完全に占領されたとあれば、おそらく、その後の記録は魔王軍側にしか遺されていないのだから。
「崩壊後にですか……。今とはだいぶ状況が異なりますね」
──(ああ。国として滅びた原因と魔王軍による拠点化は全くの別問題なのだろう。滅びた理由についてはまた後日改めて調べるとして、とにかくあの城は、一度目の拠点化の際に建てられたモノと推測できる)
そこまで言うと、今度はパタッと本を閉じる音がした。過去の振り返りを終える音だった。
──(レオナルド君。これは、私の勘であり空想の域を出ない事柄なんだが。少し聞いてはくれないかね。なに、口頭で紡ぐ新しいタイプの物語りだと思ってくれて構わない。私のファンである君に向けた、少々古くさい物語の続きとも言い換えられるね)
丁寧な入り。迷ったように柔らかい語尾。
下手に出るような改まった態度に一瞬、困惑したが、たった一人にだけ向けられた物語と聞いてテンションが上がらないファンはいない。
なんてったってオレは自他ともに認めるワニニャンコフ先生の大ファンだぞ! 先生直々の読み聞かせなんて、一生に一度訪れるとも限らない大チャンスだ! もう一度言うがやっぱりテンションが上がらないファンなどいないのだ!
「はい。聞かせてください」
本当なら一言一句逃さず書き残し、孫の代まで大事に保管しておきたいくらいの気持ちだが、それも無粋なので心に留めて聞くことにした。姿勢を正して全身で音を感じるスポンジになる。最大限の敬意を払ったままで。
──(豊かな国は滅びた。貧しくとも、笑顔溢れるミドリの国がです)
*
滅びって『民草の死』を意味しない。滅びって『環境の変化』を意味しない。滅びって『秩序の崩壊』を意味していました。
秩序が無くなって小さな小競り合いが増えると生きるために『必要な悪』がたくさん生まれました。そこから善悪の境界線は乱れ、その上を人々は千鳥足で歩きました。
触らぬ神に祟りなしと、内紛を知る周辺国は収まるまでただ見ているだけ。かと言って国外に出るのも魔物で溢れ返っていて、とてもじゃないがオススメ出来ません。
助けは来ないし逃げるのも危険。なにより後者は無責任。だから半魔牛の革のなめしモノを着た民草たちは、力が無くちゃ生きていけないこの世界で、子供たちの身を案じて日々精一杯暮らしました。
そんなある日、大勢の部下を連れて物静かな少年がやって来ました。魔王軍の幹部を名乗る者でした。
疲弊し切った無秩序の国を、少年は規律を設けてビシッと統制してくれました。それは魔王軍が都合のいいように設けたものだったのかもしれないけど、結果として無意味な争いが消え、子供たちは笑顔を思い出しました。
我々は少年に感謝しました。その表れとなったものが、彼が住むに相応しい城の建造です。我々と、そして魔族側の技術の粋を集めて造られる事となったその城は、────さん用に只ビトが住めない魔素が乱れ漂う場所に建てられたのです。
それから星の数ほどの年月が過ぎ去り、幾つもの技術や自然が失われてしまった。それでも、まほろばの跡地にできた小さな街は、少々面影を残してくれているようでなによりです。
『あの城に近付くべからず』
その教えもちゃんと残して。
*
「……──」
──(どうかね。当時の想いに寄り添って見たが……、滅びた理由までは添えなかったよ)
「いやいやっ、何を仰いますか! その当時の、王の葛藤までしかと見えましたとも!」
──(ハハッ。国を守り切れなかった王の独白と読んだか。さすがファンを名乗るだけのことはある。吟遊詩人になれたような気がしたよ。今のは完全な創作だから、忘れてくれても構わないからね)
「喩え空想であろうとも、そこに存在したであろうヒトの想いまで乗せられるのは先生、あなただけです」
──(買い被りすぎだ。キミにだって出来る)
「貴重な体験でした。聞く前と後じゃあ、敗北の重さが違ってみえます」
貴重な体験と共に伝わる臨場感。過去の人間の考え方が同じとは限らないが、それでも、人類が繰り返して来た歴史の一ページに過ぎないと思えば、不思議と国の繁栄と衰退が見えてくる。
──民草なんて言い方をするのは、まさに王様くらいなもんさ。
ヒトが魔族に頼って生きていく事は本来あってはならない事だ。しかし、裏で取り引きをしなければ生きていけない小国も僅かばかり存在する。草原豊かな国もその例に漏れない可能性を先生は示唆してくれたのだ。
──(それは良かった。作家として自然な行動原理はどうしても言葉にしたかったのでね。正しい、正しくないは置いといて、そういう『過去の選択』があってもおかしくはなかったと私の中で判断させてもらったよ。何か、質問があれば答えよう)
「じゃあ──」
ユールから十数キロ離れた〈枯れない森〉の中腹に、魔物が住むと噂され人々が決して寄り付こうとしない古びたお城が存在する──。ユール誕生よりも遥かに前から存在する、その城こそが『屍の卿』グレイプ・アルデンテの所有物であり、今回の戦いの発端となった勇者とアルデンテの初邂逅がなされた場所である。──と、調査をしたときにご婦人たちから聞き及んでいる。そのこと自体はワタシから陛下や先生に状況整理を兼ねて、はなしは済ませていた。
つまり変な話だが、ここからは自分の説明に疑問を持って投げ掛けることになる。
「本当にあの城は、アルデンテの所有物なのでしょうか?」
──(おかしなことを聞くな? 我々にそう説明したのはキミじゃないか、レオナルド君。だがまぁ、改めて疑問に思うのも分からなくもない。私が独断で完結させた少年像とユールを襲撃した此度のアルデンテとでは、似ても似つかないくらいの“ 差 ”があるからね)
差とは何か、聞かずとも言わんとしていることは分かった。
真実として確実なのは、後者──現在のアルデンテ。がしかし、先生の作る物語も頷けるひとつの結果だった。アルデンテが城を造らせたのか、はたまた王らが自ら申し出たのかは分からないが、建てられた事実には変わりない。
「せめてステンドグラスさえ無事でいてくれれば……」
レオナルドは城の偵察までも任務の内だと、しっかりと行っていた。その際、壊れたステンドグラスを目撃している。だからこそ、こう思わずにはいられなかった──。
『そのステンドグラスのデザインが、当時の生活を表す何らかのヒントになっていたはず』だと。
時代とともに風化し壊れてしまったと勘違いするレオナルド。その実、勇者と薫の衝突によってつい三日前にバラバラに吹き飛んだのだと知れば、同じだけの衝撃を受けるのは間違いないだろう。
思い通り行かないことが重なって、彼は親指の爪を噛んで悔しがる。賢者はお互いの認識にズレがないか確認するため、詳細に語り始めた。
──(今一度確認しよう。“ラッキーストライクの城” ならば継承名にあたるので彼の親族説も浮上するが、“アルデンテの城”ということであれば、本人説は正しいと立証される。あの城はアルデンテの城ということで間違いないんだね?)
レオナルドは顎を引いて、伝え間違いがなかったことを強調した。
「カオリという街人に聞いた限りですと、そのようです先生。それでも曖昧さは回避できませんが……」
──(……本人に訊くのが、一番手っ取り早いのだがね)
投げやりに、そんな独り言が聞こえた。
「五賜卿には、訊きたいことが山ほどありますよ……」
激しい同意を噛み締めていると、大きなため息が漏れる。これで、拠点化の一度目と二度目の意味はなんとか理解した。だからと言って敗北が取り消される事はない。
結局、張本人たちに聞かねば分からないことだらけ。最後に、五賜卿たちが勢いを得て王都まで進軍する可能性があるかどうか訊ねてみると、『ゼロとはいい切れないが過去に類はない』と返ってきた。
それなら落ち込んでいる時間──、いや、休暇でもって何処かを “視に行く” 時間はありそうだ。




