第九十七話 不穏な動き
ダットリーの提案から、この作戦は形を得て始まった──。
まず第一班、約七十人がほどよくちょっかいをかけ囮となる。ある程度屍を釣り出せたら、第二防壁門の前を横断する〈枯れない森〉にて事前に待機していた第二班、二〇〇人の騎士団員で奇襲をかけ、数を削りつつさらに相手を釣り出す。そうして空いた隙間を利用してダットリー、レイ、アルベンクトの三人が敵陣中央に飛び込み掻き乱す──。というものだ。
作戦内容が戦士たちに伝えられたあとに合流した中島は、その豪運から一班のリーダーに抜擢された。断りきれない自分の性格に嫌悪してか、息とともにストレスを吐き散らしていた中島だったが、実際の活躍は期待以上だった。
作戦開始直前、ダットリーはこう言っていた。
「前方千体はガードナーたちに引き続き対処してもらって、側面千体を中島班に引き付けてもらう。その後、森で待機する騎士班は、後方千体を森に誘い込むように立ち回れ。んでもってオレたち三人が中央で残りの四千を相手に時間を稼ぐ。ある程度撹乱して、指揮官が居ないことも確認出来たら、然るべきタイミングでオレらは離脱。第三の……カオリエビトウの救出に向かう。異論はねぇな」
というのが、中島を加えて最終的に決まった作戦であったのだが──実際は、中島が千体も多く引き付けることに成功したため、想像以上に三人の負担は軽減された。さすがは┠ 天佑 ┨のナカジマだ。とダットリーは密かに関心を寄せた。
僅かな隙間を抜けて、騎士班の中から飛び出すように三人は後方を突破。作戦通り中央で敵を掻き乱す。
出し惜しみない全力の技が、アンデッドたちに襲いかかる。
「【1か8かの賭け】」
「……。」
「ンヘルスウィーッング!」
次々と敵を薙ぎ倒すダットリーとレイから少し離れたところで、アルベンクトは謎の技を叫んだ。漢女はアンデッドの足を掴んでシンプルにぐるぐると回っている。ただし回転数はえげつないようで、アルベンクトを中心につむじ風が起きていた。屍兵がその風に巻き込まれないように、または、マッチョオネェに近付きたくない一心で踏ん張り必死に耐えている。しかし踏ん張れても向こうから近付いてきたらおしまいだ。
まさに地獄。
彼女は途中からアンデッドが脛だけになったことも気付かずに延々と回していた。それでもつむじ風の威力は落ちなかった。
「……次」
レイは二人のド派手な攻撃の合間を縫うように、密かに動き回り、一体一体丁寧に狩っていた。
碧から琥珀に瞳の色を変え、その者の外的死因──つまりは弱点を “視る” 。
首が折れて死んだ者は頭を殴れば簡単に首が飛んでいき、脇を刺されて死んだ者は脇腹から腕が簡単にもげる。
脛、眉間、骨盤、顎、背骨、
視える弱点は全て突く──。
追憶体験者の死因を見抜く眼が、ここまで役立つことはおそらく今後ないだろう。そう思えるほどテンポよくスムーズに倒していった。
「聖天、乱気流蹴り!」
死に様が豪傑のそれであった者、または手練と思しき者には容赦なく聖属性攻撃を放ち、ダットリーとアルベンクトが手こずるリスクをレイは減らしていた。
ダットリーは前回と変わりなくただただ壊す。効率よく壊す。
話し合っている時間など殆どなかった筈だが、それでも一度お互いの力量に触れる機会があったことが幸いしてか、連携はほぼ完璧だった。
浄化能力を惜しげも無く披露し大量撃破を狙うダットリーと、巨躯を活かした大立ち回りを繰り広げ、倒すよりヘイトを稼ぐアルベンクト。
その巨躯はあえて活かさず影に回り、瞳で選別した者から優先的に排除しリスク管理をするレイ。
三千体を相手にするため、三人の役割りはハッキリと分かれていた。
しかし──、
ここに来て恐れていたことが起きた。
体力の限界である。
「──ッ!」
アルベンクトが脈の浮きでた上腕をピクピクと痙攣させながら、突如、拳と両膝を地面に伏せたのだ。
酸欠──。
加えて、蓄積された疲労が無意識に漢女に膝を付かせた。
視界の端がボヤけているのか、手のひらを眺めながら目を白黒させている。顔を伝って流れ落ちるそれが、もはや汗なのか雨なのか区別もつかない。
「アルベンクトッ!」
ダットリーは叫べども、助けに行く余裕がない。振り返った時には既にアルベンクトは取り囲まれていた。
この場にもう一人居なかったら、漢女は本当に終わっていたことだろう。
レイは片手でアルベンクトを掻っ攫うと五メートルほど飛んで危険を回避してみせた。
「疲れたんなら、休め。でなきゃ余計な手間が増える」
レイは肩越しの漢女から目を逸らし、悪態をつく。
抱きかかえられながらアルベンクトは、数分前まで拒絶されていたことを思い出し心底嬉しそうに感情を吐露する。
「レイチェル……」
「レイだ!」
ここで、漢女がようやく気づく。
「アナタ、その眼はどうしたの……?」
レイは右眼を瞑っていた。左眼も半分しか開いておらず、色も緑に霞みがかったような、濁った色をしていた。
「……片方ずつ休ませてるだけだ」
「ウソおっしゃいっ! どう見ても限界なんでしょぉぉぉがぁ!! 強がってばかりが健康男児のビューティーゾーンじゃないのよォォォオ!!!」
「声がデケェーな!! もうちょっと距離感考えて喋れやオマエな!」
「予定よりだいぶ早いけど……ダットリー!」
「無視すんなオイッ! オイッ!」
眼を休ませているというのが強がりであることを見抜いた漢女が、腕の中から離れようとしないままダットリーに声を掛ける。
「時間稼ぎはこのくらいにして、そろそろ離脱しましょう! 一度三人で固まって、一緒に退路を作りながら」
「待てッ」
少しでも安全な場所に退避しようとする二人に、 ダットリーは背中を向けたまま言葉を遮った。
一拍──。
誰も戦わず、雨の音すら消え、朗らかな静寂が心に落ちる。刹那の間のあと、彼は続けた。
「妙だとは思わねぇか? どれだけ倒しても数が変わらねぇ。三千がそれだけ途方もない数だといやぁそれまでだが……これはどう見ても──」
アンデッドを黒いモヤに巻き込みながら彼は振り返る。
「──前線から少しづつ、こっちに流れて来てやがる」
「どういう意味よ」
「オレたちから潰すつもりとかか?」
「いや、違う。これはおそらく──その逆だ」
───────────
──第四防壁門──
八千を相手に、二十人足らずで何とか持ち堪えていたバスタード一隊の元に、大地の騎士団が駆け付けてより数分──。
「バウ?」
「……。」
燃える猪の紋章を引っさげた誇り高き荒くれ者集団──。その初代騎士団長であるセバスと、部下にして現団長であるニゴウはダットリーたちと時を同じくして、ある違和感に直面していた──。
長たち二人の動きが変わった事で連鎖するようにポニーテールの女騎士や、いつの間にやら上裸になっていたモヒカンが冷静にその先を見詰める。
「なんだ……、後退してるのか?」
「ざっとみ、何かやべーなこりゃ」
モヒカンの悪い予感はすぐに的中する。
アンデッド軍は門から距離を取り、既に五十メートルほど離れていた。しかし次の瞬間、その距離を一気に詰めるように半数が動き出し、先陣と後陣が二つにハッキリ分かれた。
そして──。
先陣三千あまりが、玉砕覚悟とも言うべきスピードで防壁門に進軍を開始したのである。




