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第九十五話 きっとこれは皆を騙す行為


 有無を言わさぬ鋭い眼光は、断る理由を問うことも許さないと訴えかけてくる。それでも彼女はめげなかった。命をかけて戦う皆に比べればなんのその。恐怖を押し殺して立ち向かう。

 答えてくれないのであれば、答えてくれる別の質問にすり替えるのみ。

 

 「……これは、どこで手に入れたんですか?」

 「オマエには解らない」

 「貼るとどうなるんですか?」

 「貼ればわかることだ」

 「教えてください! 目的はなんですか?」

 「……。」

 「……師匠、なんだか怖いです」

 

 ダットリーはユイリーの震える手を見てハッとした。ようやく自分が正気で無いことに気付いたのか「オレとしたことが」と小さく、ユイリーに届かないほど小さく呟いた。

 

 「……すまない。先行して怖がらせるつもりは無かったんだ。許してくれ」

 

 そう言うと、怯えるユイリーの頭を軽く撫でた。撫でながらダットリーは苦しそうに笑っていた。

 

 「コイツは魔素や魔力の流れを逆流させるモノだ。コイツで、封じられたアンデッドを全て解放して欲しい」

 「解放、ですか……?」

 

 何故、せっかく動きを封じたアンデッドを解放するのか、不思議でしょうがないように少女は聞いた。

 

 「アンデッドを縛る魔法がなんであれ、大抵は相手の動きを止める部分に魔力が流れてる。直接魔力に干渉するこのスクロールならそれが出来るハズだ」

 「いえ、そういうことが聞きたいんではなくて、解放すれば、大勢の人々が危険に晒されることになりませんか……?」

 

 今度ははぐらかされない。そんな確信があって直接問いただした。すると、思いもよらない反応が返ってきた。

 

 「もちろん、それによって被害が拡大することは承知してる。オマエ達の同意を得られない事も織り込み済みだ。だから理由を話すのは無駄だと思ったんだ」

 

 師匠は今までに見た事ないくらいの冷たい目をしていた。多くの犠牲を払ってまで何がしたいのか、全く見えてこない。

 

 「分かりません。師匠の成そうとしている事が分かりません。被害が大きくなることを分かっていて、どうしてそんな事をするのですか師匠……」

 

 師匠は一呼吸置き、私の肩に触れると、膝を曲げ視線を合わせた。さっきの突き刺すような視線とは打って変わって、今度は穏やかな目を向けてくる。私にはそれが、知らない筈の父親の眼差しに見えた。

 

 「ユイリー、オレはな、アンデッドも救ってやりたいと思ってるんだ」

 

 意外な答えに、私はびっくり。

 

 「あ、アンデッドを……?」

 「理由はどうあれ、健全に死んだ者たちを──、人類に成果を残していった偉大な先人たちをオレは静かに眠らせてやりたいと思ってる。利用しているヤツがどうかは知らないが、オレは死者の亡骸を敵だとは絶対に思いたくない。この想いだけは理解されてなくても構わない。なぜならこれが、オレ自身の譲れない "在り方" だからだ」

 

 それは当たり前のように、スグに理解出来ることではなかった。──でも、師匠の言葉にウソは見えなかった。だから、理解してあげたいとはほんの少しだけ思えた。

 

 今までずっと、自分たちが生き残る方法、勝つ方法ばかりに囚われていた。だから死者と争うことに躊躇(ためら)うことはあっても、死者を想う発想はなかった。

 師匠に言われなければ全てが終わった後になって気付いて落ち込んでいたかも分からない。そんな私の中にある繊細な部分に、師匠が気付いて言葉を選んでくれたことが今はとても嬉しい。

 

 ──良かった。私の知っているダットリー師匠がそこに居る。

 

 「不器用ですね、師匠は。今に繋いでくれた過去の偉人たちを想うこと──。それが、皆のためになるって言ってくれればいいのに」

 「そこまでは言ってないが」

 

 師匠は照れくさそうに頬をかいた。

 

 「いつも言葉が足りないから師匠は誤解されるんです。みんなへの説得は私が何とかしてみせるので、師匠はユールをお願いしますね」

 「足りない……そうでもないだろ」

 「はい。そういうとこです」

 

 本当に不器用なヒトだけど、先のことを考えて策を打てる凄いヒトなんだとは思う。被害が拡大するなんて言い方をしていたけども、結局はそれもユールの為なんだろうと今はなんとなく思う。

 

 「ユイリー。任せたぞ」

 

 こんなに凄いヒトが、私を信じてスクロールを預けてくれる。さっきまでの恐怖が嘘のように、今はそれがなんとも誇らしかった。

 だから、今のうちに考えておこうと思う。私なりに、アンデッドを助けたいと思える、そんな理由を──。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━

 ━━━━━

 ━━

 

 

 

 やっぱり、スクロールに描かれている模様は、血が乾いたような赤黒い色をしている。

 しかし肝心な事をひとつ聞きそびれてしまった。一体これは、どこで手にいれたものなのだろう。


 「ペタペタ」


 出処の知れないモノを私は今、貼り付けている。


 「うん」


 師匠に睨まれると胸が苦しくなるのに、頼られると嬉しくなってつい行動してしまう。言ってしまえば、発言の全てが正しく聴こえてしまうのだ。

 言葉が足りないヒトだから、こちらの都合のいい解釈が必然的に多くなってしまいがちだけど、考えてみれば師匠を前にしてNOと言えた試しがない。元々断りにくい性分だとは自負しているが、コウダイさんにあんなことやこんなことを要求されても……。いやそれはそれで聞いてしまいそうだけど、そういう感覚とはおそらくまったく別もの。もっとこう、魂から(あせ)らされているような感覚。頼られて落ち着かなくなる高揚感。返さなきゃいけない恩義を求められている圧迫感。情だけで動けと何かが心に干渉してくる──。そんな気分だ。


 本当にこれで良かったのだろうか。

 貼ってしまった後に考えても遅い気もするけど、この感覚はきっと説明して誰かに分かってもらえるものでもないような気がする。

 同じ師匠に仕えるコウダイさんなら、共感してもらえる可能性はあるけれど、現在はどこに居るかも思い出せないから聞くこともできない。

 

 ──今はこんなにも疑問に思えるのに、貼り終える直前までは一切信じて疑えなかった。 “気づいたら身体が動いていた” といえる刹那の瞬間が、永く、常に続く。だから師匠のお願いは恐ろしい。

 いや、今だってそうだ。剥がしてしまえば何も問題はないのに。他に、アンデッドさんたちを救う方法はありそうなのに。考えようとすればするほどカラダが動かない。

 

 

 右手は伸ばせばスクロールを剥がせる距離なのに、左手がその手を拒んだ。

 

 

 頭では分かっている。

 いいやそれも違う。

 

 

 拒絶したい。師匠の頼みを。

 

 

 信じたい。師匠の願いを。

 

 

 でもみんなに迷惑は掛けたくない。

 

 

 どこが迷惑?

 

 

 どうして迷惑?

 

 

 苦しい。みんなに隠してしまった。

 

 

 信じてくれた三人には、ごちゃ混ぜの感情を話せば良かった。騙すようなマネを私はしてしまった。後悔──。きっと許されない行為だから。

 

 

 近くのアンデッドから順々に動き始める。縛っていた草木が枯れ始め、引きちぎり易くなって動き始める。

 

 

 もう戻れない。

 間違いなく被害はでる、大きくなる。

 

 

 私のせいで、ヒトが死ぬ。

 

 

 え、ダメ。それはダメじゃないの?

 

 

 イヤだイヤだ、絶対イヤだダメだダメだ。

 

 

 師匠は……信じていいの?

 

 

 ダメ。

 でも、信じるって決めたのはワタシだから。

 

 

 信じたい。だけど──。

 

 

 

 この感覚がもし、誰の為にもならない悪事に繋がっていたとしたら。

 

 

 完

 全な裏切り行為だ。

 

 

 だ

 け

 ど

 

 も

 う

 遅い──。

 

 

 「……──」

 

 

 気が付くと私は膝から崩れ落ちていた。木の根っこは柔らかく、座り込んでいるとゆっくりと脈打つように動いている感覚が伝わってくる。温かい。

 太い根の部分から新芽が伸びてきて足首と首すじにゆっくりと絡みつく。終わったらすぐに来いとピタちゃんに言われたのに、二律背反する意識が、後悔と悦びが、私をこの場に留まらせる。手や胴にツタが絡まってきた。徐々に身体の自由が奪われていく。

 

 もうどうする事も出来ないのだと、力が抜けて視線を落とす。すると、手帳が落ちていることに気付いた。表紙が茶革の少しお高めの日記帳。自分へのご褒美のために一年前に買ったやつだ。根っこの間をすり抜け、手の届かない所でこちらにページが開いた状態で落ちている。きっと懐から落ちたのだろう。

 

 悲しいけどもう手は伸ばせない。私が向こう側(・・・・)と繋がれる唯一の手段だったのに。

 

 今日一日の記憶の半分がないから、向こう(・・・)もきっと疲れている。それでも私はそれに縋りたくて、縋るしかなくて、合わない両手を合わせる気持ちで願う。

 

 ──お願いします。どうしようもない矛盾を抱えた私の願いを……どうか、叶えてください。

 

 

 「──お姉ちゃん。みんなを助けて」

 

 

 少女は究極の願いを込めると、プンツと意識を途切れさせた。

 


 大蛇が巻き付くように、幹とも区別つかない大きさの根が少女の太ももや服の中にゆっくりと侵食してきて、全てを覆い尽くす。

 

 

 覆い隠される瞬間、意識を失った筈の少女が、口元を吊り上げて笑い出す。

 

 

 まるで、この時を待っていたかのように。

 

 



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