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第九十二話 デッドマンズハンド


 多くを巻き込みながら延びるダットリーの黒いモヤは、中央で御輿を担ぐ巨骨の一体にまで届き、モヤを全身に浴びた者たちから順々に頭部を破裂させた。

 運良くモヤに触れただけで留まった者たちも、背後からピストルにでも撃たれたかのように突然、前頭部と後頭部が貫通し弾け地面に突っ伏した。同じように巨骨も倒れたことで、御輿の担ぎ手は一人減った。

 

 「ッッシューーーッ!!」

 

 顔が隠れるくらい空気で肺をパンパンにしたアルベンクトが、口に含んだ大量の聖水を霧状に噴射した。

 聖水の効果か水圧のせいか判断し難い状況だが、アルベンクト前にいたアンデッド六体がとりあえず粉みじんになった。空いたスペースに向かって肩で風切りながら進み、もう一度聖水を口に含んで噴射する。それを何度か繰り返しながらアルベンクトはどんどん神輿との距離を縮めていく。

 レイも負けていない。

 

 「聖天、乱気流蹴り(エアーポケット)

 

 空気の抵抗、音すら破る鋭い回し蹴り。彼の持つ唯一の聖属性攻撃がくる敵くる敵にヒットすると、中華鍋に舞う炒飯のように屍兵がパラパラと踊った。

 最初に飛ばしたアンデッドが落ちてくる前に、次を蹴り上げる強引な突破方法でレイは首飾りのアンデッドを視界に収めた。だが──。

 

 「……チッ。視界に死に際が入りすぎる。これじゃあ、どれが誰の記憶かわからん」

 

 右も左も死者、死者、死者の群れ。僅かにでも視界に入ると瀕死体験という情報がレイの魔眼が処理できる限界を超えて襲い掛かる。広く浅く手に入れた情報が眼球を焼かれる思いだ。

 

 「これ以上は散らせねぇ。断片的でもいい、何か掴めた情報はあるか」

 「ひとつだけ言えるのは、時代も場所も、死に方も、種族すらもてんでばらばら。ここにいる全部が数合わせの寄せ集めって感じだ」

 「つまり……奴隷解放戦線に参加してないヒトたちってコトね?」

 「ああ。その認識で間違いない。少なくとも──」

 

 その昔、この辺りで起きた戦争とは無関係のアンデッドと知るやいなや、ダットリーとアルベンクトはレイの言葉を待たずして動いた。

 

 「「了解 (りょーかい♡)」」

 

 アルベンクトは自分より二十倍も大きな地面を指の力だけでえぐりとり、そのまま持ち上げ地面を傾けた。地面の上にあった神輿は急な傾きに対応出来るはずも無くバランスを崩し、首飾りのアンデッドは神輿から放り投げられる形で角度のついた地面を転がる。転がる首飾りを上から押さえ付けるように止めたのはダットリーだった。彼の右手には小さな黒いモヤが溜まっていて、逃げようと藻掻く首飾りに軽くビンタをくらわすと首飾りはすぐに抵抗をやめた。と同時に頭も弾けんとんだ。

 

 迅速かつムダのない対応に、レイは呆気にとられながらも「少なくとも」の続きを口にする。

 

 「──オレが見た、範囲で、は……」

 

 指揮官を失ったアンデッドたちは糸が切れたかのように勢いや連隊性も失い、みるみるうちに動きが鈍くなっていく。

 

 首飾りの討伐をキッカケに逃げる者や逆に襲いかかって来る屍も極少数ながら存在したが、その他ほとんどが三人から距離を置き始めて様子を見だした。幾ら待っても指示する者は現れないというのに。

 

 「さーてと、とりあえず目標達成かしら?」

 

 アルベンクトは土いじりをした手を払いながら周りを見てドヤ顔を晒す。

 

 「見ろ、ホネ共がてめぇの怪力みて引いてんぞ」

 「冗談。アンタの顔のシワの多さにビビってんのよ」

 

 互いを(けな)すように褒め合う豪傑(ごうけつ)二人は、背後から来る敵に全く構おうとしない。なぜなら、そういった敵はレイに軽くねじ伏せられるからだ。

 今しがた残りの巨骨兵たちがレイの手によって処理され三人が集まった。

 

 「まったく。まだ終わってねーんですから……」

 「そうね。じゃあ、戻りましょっか」

 

 三人はすぐさま踵を返して歩き始めた。すると、囲んでいた屍兵たちが自然と道を譲り出し何をする訳でもなくただ呆然と三人を見送った。

 まるで、そうする事が一番正しいのだと示し合わせるように──。


 「レイちゃん嘘ついたでしょ? アタシら手加減しなくて済むようにって。ありがとね」

 「……。」

 

~~~~~~~~~~~


 「オラァーーーッッッ!!!」

 

 当初は五〇〇人で一万を抑え込む作戦だった西陣の大地の騎士団(マセリットオルデン)。しかし、初代騎士団長の参戦や背中を晒す敵の突然の弱体化など様々な要因が重なって討伐が予定より早まった。

 

 「これで最後か」

 

 騎士団に背中を向けて防壁門に向かった最後の屍が、長に壊され西陣は残り一〇〇対五〇〇。数で優勢だったアンデッドも今やその優位性はない。

 アンデッドたちは完全に統率力を失い、騎士団が包囲。後はもう消化試合のみ──。

 

~~~~~~~~~~~~


 第一防壁門でも状況は良くなっていった。

 指揮官が死んだことで壁を強引に登ろうとした屍兵たちも途中で登るのを諦め、実際に登りきれた者はひとりも現れなかった。

 聖水班はそっと胸を撫で下ろす暇もなく自分たちの業務を再開させ、壁際に広がった敵陣を想定より多く消滅させることに成功した。防壁門真下を守護する戦士たちも敵からの圧が無くなったことで更に勢いを増し力をつけていく。ときたまに飛び交う怒号がお互いの闘志に火を付け、アンデッドが恐れるに足る集団(きょうい)と化していた。

 

 大雨で体温を奪われようとも、それを超える熱量を上げて目前の勝利を目指し戦う──。誰もが勝利を確信し、逸る気持ちを抑えながら着実に前に進む瞬間。

 

 あと少し。あと少しで。

 疼いてしまう全身を最後の理性で縛りあげユールの戦士たちは希望に邁進する。

 

 仲間たちと共に、勝利に酔う瞬間を迎えるために──。

 

~~~~~~~~~~~~

 

 「すまねぇ。隠すつもりはなかったんだが、この辺の戦死者も紛れてたらしい。オレの判断ミスだ」

 

 たくさんのアンデッドに見送られながら歩くダットリーとアルベンクトの真ん中で、レイは反省していた。

 

 「ンなこといちいち気にしてたら戦えねぇよ」

 「しかしだな……」

 

 何となく腑に落ちないが、それに続く言葉をレイは持たなかった。責任を感じたからと言って他に良い方法も思い付かなかったからだ。

 

 自分を追い詰めるように猛省するレイに対し、アルベンクトがいつもの調子で急接近(キュウセッキン)した。

 

 「もー! レイちゃんは気にし過ぎ♡ アンデッドなぁぁあんて、いっぺん死んだ連中のコトなんて適当でイイのよ。適当で。それに、彼らだって自分の意思でヒトを襲ってるとは限らないのだから、極論言っちゃえば遺族にバレなきゃ問題ないのよ」

 「そ、そういうものか」

 「元盗賊のクセにくそ真面目だよな。おめぇさん」

 「なっ……!?」

 「でも、レイちゃんのそこがいいんじゃない。ギャップ萌えってやつ? 分かってないわねぇ」

 「どっちでもいいから、くっつかねぇでもらえますか……?」

 

 精神的にアルベンクトと距離を置き始めたレイが、肉体的にも離れようと藻掻ていると、軽装備に身を包んだ何者かがコチラに向かって走ってきた。

 

 「お楽しみ中失礼しますボス!」

 「楽しんでねーわ!!」

 「伝令です。……よ、よろしいですか」

 

 中島だ。

 

 「別にいいが……シゲシゲ、オマエどうやって来たんだ?」

 「え、えっと、おそらく、戦場を二つほど(越えてきました)」

 「相変わらずだな」

 「それより、いいですか?」

 

 その報せは〈レイザらス本店〉店長、中島 茂茂(しげしげ)から舞い込んで来た──。

 

 「なになに? もしかして突破されちゃった? それとも完全(パーペキ)勝利って感じかしら?」

 

 答えは訊かずとも知っているような、そんな呑気な返しをするアルベンクトに、中島はどちらも否定して深呼吸した。どうやら無傷ではあるが、ここまで戦場を一息で超えて来たようだ。そして、額に汗を浮かべながらそれを口にする──。

 

 「敵アジトの偵察より帰還した部隊からの連絡です! 停止していた全てのアンデッドが、活動を再開させたもよう! その数、およそ二十七万! 第二、第三、第四は既に(・・)襲撃を受けていますッッ! また、半鐘は鳴らされておりませんッ!」

 

 矢継ぎ早な報告に、三人は言葉を失った。

 

 

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