第九十一話 ダットリーの大事な一手
──第一防壁門 東側──
アルデンテが用意した第四陣。
その中央に不自然な空間がある。
そこには首周りに豪華な装飾を身に付けた一体のアンデッド──。武器も何も持たず、腕を組みこちらの様子を伺っている。骨格の一際大きなアンデッドたちがソレを囲うように立ち並んでおり、それはまるで、首飾りのアンデッドを外敵から守っているような光景だ。
「……そういう事か」
ダットリーは肘で視界をガードしながら、そのアンデッドが親玉である事を見抜いた。
そうこうしている間に巨大な群れの大移動が終わり、猪突猛進するアンデッドたちが第一防壁門に向かって走り去ってしまうと、三人は取り残されてしまった。
「な、なんなわけ!? 急にアタシらを無視して走り出したと思ったら、今度は良くわかんないキワモノまで登場するし……意味わかんない!」
アルベンクトは慌てて何度も前後を振り向いて確認する。
「ちーと黙っとけ、キワモノはてめぇの方だろ」
「こンのジジィ……。レイちゃんはどうする? どっちいく? 追いかける?」
首飾りの方にいくか、今の群れを追いかけるか、そういう二択の質問だった。
レイは切れ長の眉をひそめると、そっと腕を組んだ。
「……考え中だ」
珍しく冷静さを欠いている三人を尻目に、首飾りのアンデッドが仲間の骨で造られたと思しきイスに腰掛けて、巨大骨格たちがそれごと担ぎ上げた。
「なーんか、ヤバそうね」
「さっきまで混乱してた連中があそこまでの変わりよう……。何か関係がありそうだな」
他のアンデッドとは違い過ぎる待遇を受ける首飾りのアンデッドに、アルベンクトやレイも流石にリーダー格である事に気付いた。首飾りのアンデッドは三人に向けておもむろに右手を突き出した。それが反撃の合図とばかりに、後軍は進行を始める。全力疾走では無いにしても、追加のもう一万弱──。プレッシャーを感じるだけの数は揃っている。
ダットリーは最適解を探すために辺りを見渡すことにした。アルベンクトとレイがなにやら会話をしている。
「レイちゃん、考えはまとまった?」
「ここで迎え撃つ」
「やーだ♡ アタシたち、気が合うみたいね。ふたりで押さえ込みましょ!」
二人は戦闘態勢に入る。
そのまま西側に目を向けると、屍軍が散り散りになりながら防壁門めがけ走っているのが見えた。
あそこには大地の騎士団がいる。
「敵に、晒すなよォッッ!! 背中ァァッッッ!!!」
「バウッ!」
「逃げんなコンチクショーども!」
「ヒャッハァァーーーー!!!」
アンデッドの無防備な背中を刺突し、貫き、追いかける、大地の騎士団。それでも五〇〇人では対応が間に合わず、四千を超える屍兵が騎士団の網をすり抜け第一防壁門に迫っていた。
そして今度は肝心な第一防壁門に目を向ける。
壁門を守護する七十人が東から抜け出した一万の軍勢 (ダットリーたちが逃がした連中)との交戦を始めていた。
「「「「うおおおおおおお」」」」
わざと開け放たれた壁門に屍兵が見事に殺到し、それを正面と上からの聖水攻めで一網打尽にしてゆく──。ユイリーの考えた作戦は順調なようで、どうやら、演説による効果も絶大だったらしい。想像以上に膨れ上がった士気が、漢たちを鉄壁の守護者へと昇華させている。
ちなみに上から聖水をかける攻撃を思いついたのは、前線に出るのを嫌がってたずる賢い冒険者たちである。
「三匹壊したら交代しろぉ!」
「負傷者はスグ下がれ!」
「聖水投下ぁ!!」
「まだまだ行けるぜ!!」
敵がひとり、また一人と倒れ始め、目に見えて成果が出てくると、彼らの声はより大きく太くなっていった。
手は貸さずとも十分なようだとダットリーはその様子を安心したように見つめる。
「一匹たりとも侵入を許すなぁ!」
「オレたちが脅威だ! 食い止めるぞォーー!!」
「「「うおおおおおおお」」」
作戦は大いに機能している。ただ、無尽蔵の体力を誇るアンデッドに対して、彼らの体力と物資には限界がある。追加でもう一万以上が襲いかかれば、疲労から陣形が乱れ突破されかねない──。
そこまでの状況判断を済ませたダットリーは、首飾りを倒すことを念頭に置きつつ、次の一手が勝敗を分けると確信した。
今の状況を覆せる圧倒的な一手さえあれば……勝てる──。しかし、熟考している時間はない。
──さて、どうしたもんか。
ふと、前を向くと、アンデッドの指揮官が今度は左手をコチラに向けてケラケラと音を立て笑っている。表情など分かりもしないのに、ヒトを見下すような笑顔を浮かべているのが見えてくる。
ああゆうヤツは決まって自信家だ。余程自分の策に自信があるのだろう。もしくは、完全に舐めきっているかどっちか。とにかく慎重な行動が求められる。
──?
雨の中で、空気の音が変わった。
頭に浮かぶのは疑問符。
前方の敵軍に変わった様子は見受けられない。ならばと第一防壁門を振り向く。
変化は、そこにあった──。
門を突破しようと押し寄せたアンデッドの内、あふれて入り切らなかった一部のものたちが壁に寄り集まって自分たちのカラダを足場にして登り始めたのだ。
優勢は一瞬で劣勢へと変わる。
予想は出来たことだが対処法がなく、現場の兵たちの対応が遅れているのが見て取れる。
「くっ、来るなー!」
「消えろ亡霊ども! 消えろぉ! 消えろぉ!」
防壁の上にて陣取る聖水班が町民を守らねばならないという責任感と、生命を脅かされる恐怖感に板挟みにされてパニックを起こしている。
「い、いや……! 死にたくねー!!」
下に向かって投げた剣が足場の一部に利用されれば、落とす為につついた槍にしがみつかれる悪循環。
越えてくるのはもはや、時間の問題──。そう思ったのか、武器や防具を脱ぎ捨て逃げ出す者まで現れる始末。
「自分を踏み台にしてまで仲間を上に届けるだなんて、合理的すぎると言うか……完全に、一つの意思としてまとまってるのね」
「目的のために……どこまで死者の尊厳を傷つける。アルデンテ」
アルベンクトやレイは怒りとも憂いとも取れる旨の発言した。
「首飾りが合図を出す度に、アンデッドの動きがとんと変わっちまう。恐らくヤツは、アルデンテの代わりを担う指揮官、なんだろう。本人が出てこねぇ理由は分からねぇが、アイツはさっさと始末しといた方が良さそうだ」
「あいつがアルデンテではないのか?」
「違うって、ジジイ、モノホン見たことあんの?」
「……少しな」
「とにかく、あの首飾りを倒せばいいんですよね? だったらオレの目的はかわらん」
「ぁーん! やる気のある男ってステキ♡」
「……アンタは少し、離れてくれないか」
レイはどうしてもアルベンクトが苦手なようで、珍しく笑顔を浮かべている。下手くそな苦笑いだが。
「おい、盗賊のガキ。おめぇさんの眼ならアイツが何者なのか“視える”んじゃねぇのか」
「あっそうよ、魔眼! 追憶体験者の! アナタの持つ琥珀色の瞳なら、死の淵に瀕した他人の記憶から、何かヒントが視えるんじゃないかしら?」
二人は首飾りの正体を知りたかった。もちろんそれは単なる興味本位ではなく、敵の特徴を識る手段のひとつとして。
しかし、レイは首を縦には振らなかった。
「死者の死に際なんぞ、視たところで得られるモノなど多くはない。それに、目の前に居るのが敵である以上、それが何処の誰であろうが手を抜けないんだぜ、知らない方がいい」
アンデッドも元は生物でありヒトであり、家族を持ち友人を持つ普通のニンゲンだったかもしれない。それがさらに、自分たちに関係のある人物だとしたら──。
レイはその怖さを伝える。
ユールの成り立ちを知るからこそ、レイはきっぱり断った。
「……やっぱり、余計な詮索はかえって鈍らせるわよね」
長いこと盗賊団をまとめ上げてきた男の決断に、アルベンクトは申し訳なさそうに謝った。
すると、ダットリーがすぐさま反論する。
「いや、オレたちに気ぃ遣ってんならそれこそ余計なお世話だ」
「ちょっと! そんな言い方しなくてもいいじゃない!? それでもし知り合いだったらどうすんのよ!」
「意思を持ってオレたちと敵対しているヤツは、"良い"知り合いではねぇだろうさ」
「無理やり戦わされている場合は?」
「その場合はむしろ向こうから倒してくれってせがむんじゃねえか?」
「じゃあ、いきますよ」
「レイちゃん……お願いするわ」
死者の最後を覗くことは、レイにとっても精神的負荷がかかることをアルベンクトは分かっていた。しかしそこを指摘する事はレイの配慮を無下にする事になる。だから触れなかった。
そうして、レイが文字通り目を光らせる──。琥珀色に輝く瞳が屍の真意を捉えようと動く。すると、答えが出るよりも早く敵の最前列が波のように押し寄せてきた。
「悪ぃが戦いながらになりそうだ」
「問題ない」
一人につき五十~百体のアンデッドが一斉に襲いかかる。
三人は容赦なくこれに応戦する。
死者も震えあがるほど低い声と共に、大技を繰り出したのはダットリーだった。
男は両手から直線二方向に黒いモヤのようなものを飛ばした。黒はアンデッドを燃料に勢いを増す。
両手を包み、激しく燃え盛るそれは、熱さなど感じようのない冥界の黒い風を思わせる。
死へと導く担い手の風がアンデッドを崩壊される──。
「1か8かの賭け」
勝敗を分けるその大事な一手が繰り出された。