第九十話 第四陣
荒野の隠れ里。地上まで伸びる大きな吹き抜けのある地下最下層中心部──。
一年ほど前まで盗賊が暮らしていたその集落の跡地で、金髪ショートの少年と背の高い青肌の女とその女のペットと思しきゴリラが退屈そうに立っていた。
バシャバシャ──。
雨が降って来たせいで最下層は水浸しになり、少年の足首は水に浸かっている。水捌けはあまり良くなさそうだ。
そんな状況でも彼らがそこから離れないのは、蝦藤かなみに脱出口を封じ込められ足止めをくらっていたからだ。
盗賊団のアジトとして利用されていた以上、出口に通じる道が他の一本もないとは考えにくい。そう思って出口を探す二人と一匹だったが、無数に張り巡らせた地下通路の中から出口を見つけ出す事は至難の業で、協調性のない少年はスグに飽きてしまった。
故に手持ち無沙汰からなのだろうか、手頃な石を地下通路に向かって投げる遊びを少年は始めた。
「アルデンテ様。外の状況について、そろそろ教えてもらってもよろしいでしょうか?」
青い肌の女──、五賜卿パーラメントは痺れを切らして上の階層から尋ねた。
脱出できず暇なのは理解出来るが、アンデッドの配置や増減、優劣を知っているにも関わらず遊び呆けて語ろうとしない少年に少しだけやきもきして尋ねた。
頼ると決めたのはアルデンテ様のクセに、結局話してくれない。彼女にはそれが足が濡れるのと同じくらい許せなかった。
「そう怖い顔しないでヨ」
そう言って金髪の少年──、五賜卿ラッキーストライクは石を地下通路に投げ入れるのを止めた。最後に投げた石の残響がカーン、ポチャンッ、と通路中から響いて聴こえる。
「第一陣の消滅……は、話したよネ。二十七万の第二陣は置いとくして。第一防壁門で落ち合うように仕向けた第三陣は、西側も東側もうまく機能せず足止めを食らっちゃってる。てかほぼ失敗だ──。ハッキリ言って全敗だヨ。どうしてこんな回りくどい作戦にしたノかな? 今のところじわじわ削られてるだけでなにも得られてないよね? ねェ説明してよ、どうなる予定だったノ? ウィッシュ・シロップ」
「面倒な作業に思うかも知れませんが、"不確定脅威" をなるべく排除する為には、必要な手順だったとお考えください」
あえて狂人を演じるような目で覗き込むアルデンテに、パーラメントは毅然とした態度で答えた。彼女にとって現状は想定の範囲内だったのである。
「不確定脅威? ああ、さっき言ってた六大脅威ってヤツか」
パーラメントとアルデンテ、そして五賜卿の補欠要員であるトオルが話し合いで定めた六人の強敵、それが──ユール六大脅威。
聖職者を司る大地を粛清する者。
S級冒険者ワイルド・ソール・メン・ダットリー。
暗殺者E。
謎の数千年級大型ドラゴンのペリー。
召喚者の少女蝦藤かなみ。
レベル無限の戦乙女リズニア。
以上の六人をこの街を攻略する上で障害となりうる危険人物と彼らは定めた。
「そもそもこの街に六人も脅威がいるってのがおかしな話だけどネ。絶対被りがいるって。グラゼロとかイーとかよく分かんないし、たくさん異名を持つひとりのニンゲンの可能性も──。……そんなわけないカ」
「六大脅威と同じか、或いはそれに次ぐ危険人物とはなるべく戦わない方向で行きます」
実際は少ないと考えるアルデンテとは逆に七人目や八人目の存在も有り得るモノとして考えるパーラメントは、それらを "不確定脅威" と呼んだ。
自分たちの計画を成功させるため、ネックになるであろう存在は慎重に取り除く──。それが彼女の闘い方であり、五賜卿にまで上り詰めた所以でもあった。
「じゃあここまでで狂いはないんだネ?」
「はい。最初に三つの門が同時に襲撃された事でユールは警戒を強める必要が生まれ、脅威的戦力を砦ごとに分散せざるを得ない状況となりました。そこに、第一防壁門を集中的に狙いに来るアンデッドの大軍──。あらゆる状況を加味すれば、"不確定脅威" も不用意には持ち場を離れられない。ゆえに攻め落とせるといった作戦です。当然、内側への直接召喚も警戒してくれるでしょうから全戦力が第一防壁門に向かってくる事もありません」
「そんなに上手く行くもんかネ」
「仮に連中が狙いに気付いたとしても、最後の手は残っています。突破は時間の問題、という訳です」
敵にあえて自分たちが攻めていることを伝え、守りを築かせ策を用する時間をわずかに与えることで、ユールの全体の戦力を下手に動かしづらくする作戦──。これがパーラメントの、不確定要素を極力除く作戦だった。
「そんな事しなくてもアンデッドなら、籠城する連中と相性ピッタリだと思うけどネ。餓死はしないし疲れもしないヨ」
「効率の良さこそ、“一番の安定” だとワタクシは考えております。ですから、ご安心ください」
身を守る為に丸まった亀をハゲタカがじっと見張るように。またはアリを待つアリジゴクのように、待ち続けるのも悪い作戦ではない。だが、一点をえぐるように掘り進めた方がより早く、より効率的に獲物にありつけるというもの。
相手が餓死、ないし痺れを切らして出てくるのを待つのより、一点を突きすばやく突破する──。これは効率の良さだけの話ではない。空腹にならないアンデッドの特徴をワザと活かさない事で、短期決戦へと持ち込み相手の意識の逆を突こうとする作戦でもあったのだ。
「ふーん。ま、ボクはリアさえ倒せれば。目的なんて二の次かな。ホントは直接街ん中に召喚してやりたかったけど、距離があり過ぎて出来ないし。……お、どうやら彼らも動き出したようだネ」
アルデンテは退屈そうに返事をすると視線を空に戻した。彼はレベル無限の戦乙女こと、レベル217のリズニア以外興味関心が薄い。ただ珍しいことに、おもむろに目を閉じると彼女以外のことで愉しそうに口を歪めた。
「彼ら? ……ああ、予備の第四陣でしたか。確か、数は一万にも満たない──。その言い方ですと、アルデンテ様の意思と関係なしに動いているように聞こえてなりませんが?」
「現場で何か問題が起きたとしても、ここを出られない限りボクがそれを修正することは困難に近い。ボクに千里眼は無いし、軍師としての才能も無いからネ。だから──丁度いいと思ったんダ」
彼女にはアルデンテの笑顔の理由が読み取れた。そして、目を丸くした。
「第四陣に……指揮官を配置したのですか?」
「四陣に~って言うより、現場のプロに一時的に全権を委ねたのサ」
全権という威力ある言葉を受けて、パーラメントは息を飲んだ。
「……信用にたる人物、ですよね?」
「その辺はダイジョブ。勝てば自我を奪わずさらに受肉してあげる約束をしているから」
終始楽観的な素振りを見せるアルデンテだったが、彼自身も抜け目なく作戦を立てていたことが分かり、パーラメントは嬉しくも背筋が凍るような感覚を覚える。自分にはない感覚派の作戦が一体、どんな効果を生み出すのかはまるで想像がつかない。しかし、自分の作戦を下地に使われていることは理解出来た。全て持っていかれた気分だった。
「ずっと疑問に思っていましたが、その天性の感覚ゆえに、アルデンテ様は五賜卿に選ばれたのですね」
「アハハ、いまから楽しみだなァ。ボクなんかよりも、地形や戦況の活かし方は詳しいだろうからねェ。なんせ彼は、いや、彼らは全員──」
全身で雨を浴びるアルデンテのニヤケ顔が止まらない。
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~ダットリーサイド~
雨が本格的に降り出すと、集団機能が麻痺していたはずの屍兵たちが一斉に動き始めた。彼らは大いなる意思の元にお互いの隊列を確認し調節すると、その全てがダットリーたちを完全に無視して走り出した。どこかの先を目指している。
三人を取り囲む骸らの奔流は、敗走撤退──という雰囲気ではなかった。ダットリーは大きな足音にかき消されないように声を張り上げる。
「二人とも、無事かっ!」
「ああ、問題ない!」
「急になによこれは!?」
孤立してしまった二人の無事を確認すると、男は再び、森から現れた想定外のアンデッド軍に視線を移す。
アルデンテが用意した第四陣。
その中央に不自然な空間があった──。




