第八十六話 脅威=○○説
久々に珖代が登場します。
徒歩で五賜卿の元へと向かう勇者、水戸洸たろうは欠けていた伝書を道中でたまたま拾い読んでいた。
「──アルデンテはなぜ本気で終わらせようとしなかったのかという疑問に辿り着く。一気殲滅が出来る戦力を持ち合わせていながら、それをしなかった理由は二つあるとワタシは考えている」
伝書の内容は一人称視点で描かれているようだが、勇者はその人物が誰なのか分からず「ワタシ?」と眉をひそめながら読み進めていた。
「一つ目はリベンジ以外に何か“別の目的”があってユールを襲っているケース。もう一つは我々が五賜卿を“脅威”と捉えているのと同じように、五賜卿たちもまた“脅威”となる対象を発見し尻込みしているケース。この二つの理由のどちらか、或いはその両方という線が濃厚である──」
──別の荒野──
胡座をかきながら、読んでいた鷲羽茂蔵はその部分を読んでイラッときた。
「なにが尻込みしているだ。慎重に事を進めているだけにすぎん」
──また別の荒野──
喜久嶺珖代は牛の半魔、猪威猪威に乗ってアルデンテのいる場所まで向かっていたが、大量の屍兵を縛る草や木の量がだんだんと行く手を阻むようになり、さすがに歩行も困難になって来たので、チョイチョイに別れを告げ一人で草花の上を歩いて向かうことに切り替えた。
途中、彼は空から伝書が降って来るのを目撃し、それを拾いに駆けつけた。
それと、またまた別の荒野でリズニアも拾った。
──レイザらス本部──
ボスであるレイは司令室にある机に両足を乗せながら座り、部下の読み上げる伝書の内容に耳を傾けていた。
「──どちらにせよ重要なのは『それらが何かを知ること』に他ならない」
「それら、ねぇ……。“別の目的”とお互いの“脅威”についてもっと深く考えろってことか……」
──とある学園──
高い壁に囲まれた庭園の真ん中で、アフタヌーンティーを嗜んでいる賢者プロテクト、もといワニニャンコフ先生は、紅茶をつぐメイドに聴こえてもお構いなしに呟いた。
「──目的とは何か。“脅威”とは何かを知ることで、殺るか殺られるかだけの戦いに、交渉という余地が生まれる隙ができる。故にユールの民よ、目的を知れ。“脅威”を突き止めろ。勝利への糸口は──」
──第一防壁門──
「──そこにある」
ダットリーは伝書の終わりをこう締め括った。
「最後に、アンデッド対策として王都から魔吸剣と聖水をあるだけ送らせてもらう。これが、ユールを守護らんとする“脅威”の助けになることをワタシは切に願う。第二十二代国王──カリストール・オリュンパス」
その名が伝わり、この国の王が、ユールを見捨ててないと伝わった瞬間である。
下で聞いていた者たちは皆一様に、息を呑んだ。隣のヒトの唾の飲み込む瞬間の音すら聞こえるほどに。
「……脅威」
「五賜卿が、オレたちの何かにビビってる──」
「……そうだよ。ダットリーさんだ。ダットリーさんだよ……!」
一人の保安兵がそう口にすると、大勢の視線が彼に注がれた。
「S級冒険者のダットリーさんなら、ヤツらにとって十分な脅威のハズ! 五賜卿はダットリーさんを恐れて尻込みしているんだ!」
「……なるほど」
「確かにそうだな!」
「じゃ、やっぱりダットリーさんにビビってんのか」
「いや、違う!」
ざわざわと脅威=ダットリーという認識が広まる中、途中から合流したある一団の一人が、異論を呈するために想いを叫んだ。
「ちがァう! 敵が恐れてるのは、神をも恐れぬ姐御ただ一人! 百万人力の女神、リズニアさんだぁぁぁぁ!!!」
「め、女神」
「リズ、ニア……?」
「もしかして、キノコ狩りのリズのことか?」
「あー、あの太っちょの。そういや最近見かけねぇなぁ」
馴染みの薄い者たちの反応は実に淡白なものだったが、それを皮切りにリズ派の冒険者は一斉に脅威=リズニア説をゴリ押した。
「リズの姐御はなぁ、たった一人で十体のアンデッドを、息も切らさず僅か五秒で倒しちまう剣の達人だぞ!」
「しかも、本気を出せば同時に二百体まで相手に出来る! 二百体だぞ! ……本人談だけど」
彼女の名誉のために、一応事実であることをお知らせする。
「そ、そんなに強いのか? すげぇじゃねーか」
「ああ、この街じゃあ一番強いッ!!」
「じゃあアルデンテはそいつにビビって……」
「いーや違うぞ! 断じて違う!」
今度は別のところから保安兵たちの異を唱える叫び声が聞こえる!
「この街で一番強いのは──」
「「カオリさんだぁぁ!!」」
一人が助走をつけると二人が一斉に走り出した。コチラは初手協力プレイでごり押すらしい。
「カオリさんってあの、笑顔の素敵なカオリさんか?」
「だよな。他に居ねぇし」
「戦えんだろカオリさんは」
「どちらかというと守りたいタイプ」
「闘えるどころの騒ぎじゃない! 姐さんのカウンタースキルはなぁ、森羅万象をも跳ね返す最強の能力だぞ!」
「しかもカオリさんはなぁ、勇者の称号を持つ聖剣使いと一対一で闘い無傷で勝利している! 勇者より強い! ……見た訳じゃないが」
これもまた事実である。
薫派の保安兵の主張は勿論、脅威=薫説だった。
「ま、マジかよ……じゃあ、カオリさんを警戒してんのか?」
「違う違う! 確かにカオリさんも色んな意味でスゴいが、奴らが恐れてんのはリズの姐御だ!」
「カオリの姐さんだ! 異論は認めない!」
ふたつの派閥が額を合わせてバチバチと激しくメンチを切り合う。
しかし、いつの世も決めつけ押し売りはドン引かれてしまう運命にあるのだ。
そこに、最初に声をあげた男と冒険者たちが割り込んでくる!
「まてまて、S級のダットリーさんが一番脅威だろ! 普通に考えろ!」
「そうだぜ! ダットリーさんに一票だ!」
「「姐御 (姐さん)に一票!!」」
「それなら、この前現れたどデカいドラゴン、あれなんてどうだ?」
「ああ、急に現れたってウワサの怪物か!」
「あのドラゴンにビビってる可能性もなくはないな!」
「んだな! ありゃ脅威だぜ!」
「ドラゴンに一票!」
いつの間にかペリー派も現れ、前線の砦はまたもや混乱を極めているが、さっきまでの怒りとは程遠い感覚に満ち溢れている。皆が悪い顔で明るく脅威について語っているのだ。
また、脅威について混乱しているのは彼らだけじゃなかった──。
蝦藤かなみ。
彼女が考える脅威とは。
「ユイリーちゃんバレちゃったね」
脅威=ユイリー説。
ユイリー・シュチュエート。
彼女が考える脅威とは。
「ええっ?! わ、私よりピタちゃんやトメちゃんの方が知名度もあるし、全然スゴいよぉ」
脅威=ピタ、トメ説。
ピタ。
彼女が考える脅威とは。
「だが、結局行き着くのはかなみ殿だろうな」
脅威=かなみ説。
トメ・ンドラフィス・ハッシュプロ・ハーキサス・ドメスティック。
彼女の考える脅威とは。
「肝心な時に役に立つ、商人さんこそ脅威ではなくて?」
脅威=商人アレク説。
商人、粋年 荒狂三舵。
彼の考える脅威とは。
「いやー、それならナカジマさんの豪運が一番の脅威でしょーよ」
脅威=ナカジマ説。
中島茂茂。
彼の考える脅威とは。
「回復魔法が使えるセバスさんでしょうね」
「バウゥ!」
脅威=セバス説。
レイの幼馴染み、リリー。
彼女の考える脅威とは。
「──やっぱり、レイくんだよ。うん。絶対そう」
「お、オレか? そうか、そういう事も有り得るのか……? オレが、ねぇ」
脅威=レイ説。
蝦藤薫。
彼女の考える脅威とは。
「やはり、順当にいって勇者を警戒してるのでしょう」
脅威=勇者説。
勇者、水戸洸たろう。
彼の考える脅威とは。
「……聖剣か」
脅威=聖剣説。
喜久嶺珖代。
彼の考える脅威とは。
「俺って言ってくれるヒトはいなさそうだなぁ……」
脅威=俺以外説。
リズニア。
彼女の考える脅威とは。
「多すぎて良くわかんねぇなコリャ」
脅威=たくさんあんだろ説。
敵に回ると脅威──。そう思える者が、この街には多くいた。
ダットリーの考える脅威もまた、別のニンゲンである。




