第八十五話 運命を変える演説。
「かなみちゃん、ひとりでなんでも抱え込むのはもうやめて。じゃないと私、何のために友達やってるのか分からないよ」
厳しくも、優しい言葉と共に暖かく手を握られた少女は、幾らか逡巡したあと誤魔化すのを辞めた。
「ごめん……ごめんね。この戦いが終わったら、ちゃんと話すから」
かなみの照れたような謝罪に三人は笑顔で返した。
「あ、そうでしたっ。みなさん新しい伝書はもう読まれましたか?」
唐突に思い出したかのようにアレクが言うと、ピタは王都からのモノかどうか聞き返した。アレクはスグに肯定すると、後ろ手に持った伝書をかなみに渡した。
「まあ、読んでみてください。特に最後の方なんかは、あっしよりも皆さんの方が詳しそうだ」
かなみは三人が見やすい位置に巻き物を置いて広げる。
四人はその内容に驚愕することになる。
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──第一防壁門──
「……アンタの一番弟子はスゲー作戦を考えたのかもしんないすけども……。その凄さオレらにはよくわかんねぇっすよ! なぁ!? オマエもそう思うよな!」
冒険者に激しく同意を求められた保安兵は顔色ひとつ変えずに即否定した。
「いや、意味は分かる」
「え、」
「……だがまあ、それだけじゃ不安って感じはする」
「だ、だろぉ!? オレも、そう思ってたんだ!」
冒険者のウソっぽいリアクションは置いといて──、ダットリーの目論む迎撃作戦に対して、少なからず二人が納得しきれていない事が分かった。
ダットリーは二人の顔を交互に見たあと、少し面倒くさそうに腕を十字に組んでストレッチを始める。
「戦う前に難しいこたぁ考えたかねぇだろ? だから、あえて語らなかった。他にも考えといてやるから、お前たちはさっさと配置に戻って自分の役割だけ考えてろ」
二人をあしらうように後ろ手に右手を振りながら歩き出すダットリー。だが──、
「──それじゃあ納得できねぇっすよ!」
冒険者の腹の底から響く想いに足を止め、ため息と同時に肩を竦めた。
「下じゃあ既に、一万が攻めてくるんじゃねぇかってみんな不安がってる。そこに、マジに一万のアンデッドが押し寄せて来るって知ったら、絶対パニックになっちまう。中には、オレと同じようにビビってどうしていいか分からなくなるヤツもいるかもしれない……。それでも全員に全部を話すと時間を設けるのは必要か?」
ダットリーの視線にあてられて、怖気付いていることがよほど悔しいのか、男の硬く握られた拳が震えていた。
「だからせめてっ、冒険者を代表してお願いします。──ダットリーさんから全員に、エールを送ってやってください! お願いします!」
作戦内容も含め多くの事が消化しきれない彼であっても、数の差に仲間たちの士気が下がり続けていることを十分理解していた。だからこそ慣れない敬語を駆使してダットリーに士気を上げて欲しいと頭を下げて頼み込んだ。
この男なら──、S級冒険者の彼の言葉なら──、それが例えウソでも冒険者たちはひとつになれる。それは、保安兵たちに対しても同じこと。だからそこ保安兵も想いをぶつけた。
「保安部隊創設以来の未曾有の危機に際し演習通りうまくやれるのか、我々一同、自信がありません。たかがと仰る一万が、せめてどれだけ矮小な数なのかを納得いく形で説明さえして頂ければ、それだけで立ち向かえるはずなのです! ですから、勝手ながら保安兵を代表して、ワタシからもどうかよろしくお願いします!」
「オラからもお願いします!」
「おねげぇします! ダットリーさん!」
遠くから影に隠れて様子を見ていた連中も、同じようにそれを求めてきて、ダットリーは空を見上げた。
そして身体からたくさん空気を吐き出すと、おもむろに振り向いた。
「……わぁったよ。こーいうのは柄じゃねぇが、他に出来るやつも居なさそうだしな」
面倒くさそうではあったものの、言質を取れた瞬間男たちはハイタッチで喜びを分かちあった。ダットリーは観念すると早速、下にいる全兵力に呼びかけるよう指示を出した。
「注目ー!!」
保安兵が声高らかに叫ぶと不安の高まる群れの視線が門の上へと集中する。
「我らがダットリーさんから、今回の作戦について重大な話がある! 私語は慎むようにっ! ……では、どうぞ」
保安兵はさっと出番を回した。ダットリーがひとつ咳払いをする。
「……既に知ってる者もいると思うが、ここに居る七十人で迎え撃つのは総勢一万のアンデッドだ。一応聞くが、たかが一万にビビる必要はあるか?」
「おいおいマジだったのかよ……」
「たかが一万って」「こっちは七十じゃんか」「ムリだろどう考えてもそんな」「絶対無駄死にしちまうよ!」「何言ってんだよあのヒトは……」「降りようかな、オレ」「やっぱS級の考えてることはわかんねぇや」「死なねぇように逃げるしか……」
当然のように不平不満が垂れ流され、静寂や注目は消え去りザワつきがうねり出す。
ようこそ混乱、そして狂騒──。
「イヤだ死にたくねぇ!」「無駄死にとかゴメンだ」「最悪だ、来なきゃ良かった」「どこに逃げればいいんだよ!」「ふざけやがって!」「なんとかしやがれ!」「あんた一人でやってくれ!」「オレたちを巻き込むな!」
不安より怒りが勝ち始めたタイミングで、上にいる冒険者が前に出た。
「まだ話は終わってねぇぞ! ちゃんと聞きやがれぇ!!」
冒険者がそう言うと一旦、混乱は鎮まった。S級冒険者の言葉に、耳を傾ける価値がある事は分かっているようだ。
「アレを」
そう言うとダットリーは冒険者から何かを受け取った。
男の次のセリフに注目が集まる。
「今から、王都より届いたばかりのこの伝書の内容を、おまえたちにも分かり易いように伝える。一度しか言わねぇから、耳の穴かっぽじってよォく聞けよ」
それは一切破損していない数少ない伝書だった。ダットリーはそれを自分が読む為でなく、見せ付ける為に広げた。
そして、運命を変える演説が始まった──。
「ユールは現在、五賜卿による復讐を受けている。復讐者の名は『屍の卿』グレイプ・アルデンテ。五賜卿ラッキーストライクの名を受け継ぐ者だ。以降はアルデンテと呼称する──」
──第二防壁門──
ガードナーは保安兵たちの気を引き締めるために伝書の内容を復唱していた。 二度目であったとしても、保安兵は静かに耳を傾ける。
「──アルデンテは約三十一万体の屍兵を総動員し報復にあたるものと推測される。現にユール側の妨害工作を受け、活動停止中のアンデッド二十七万体の存在を確認している。また、その他に大地の騎士団と交戦中の一万。既に消滅済みの一万。そして──」
──第四防壁門──
バスタードは下半身が完全に穴にハマった状態のまま、伝書の内容を声に出して確認する。周りの冒険者たちはなんとか引っこ抜けないものかと手を焼いているのに、当の本人は他人事のように至って冷静である。
「──第一防壁門に向かい進軍中の一万を新たに確認している。これにより計三十万体のアンデッドが確認されたことになるが、まだ全てではない可能性もあるため十分注意されたし──」
──第三防壁門──
かなみたちの馬車を見送ったあと、薫はおもむろに伝書を読み進める。
「──さらにアルデンテは死者の魂を操り、自らの兵へと変える能力を先代から受け継いでいる。そのため戦死者が出た場合、これを優先的に保護ないし処理をして、奪われぬよう隔離されたし──」
──王都、玉座の間──
西の王は玉座に深く座り、やるせない顔のまま頬杖をついてボヤいた。
「──そして、ユールの民にとってこれが一番酷な話だが……、四十年前の奴隷解放戦争で亡くなった者たちが牙を剥いて襲って来るやもしれん。愛する者を守護る為に、愛した者たちと対峙する。その覚悟を持たねばならんだろう──」
──馬車──
かなみが読み上げるのを三人は熱心に聞いていた。
「──その他、五賜卿として『蟲の卿』パーラメントの存在を確認しているが、彼女が兵を率いて攻めてくる可能性は極めて低い。その主な理由としては、報復を行うための条件が揃わなかったことが挙げられる──」
「誰も死んでないから、報復は違うってことですかね」
「屍の卿は不死身ですからね……」
ユイリーの解釈にトメが補足を入れると、他の二人は納得した。
──珖代の家──
長いこと使われていない中島の部屋のベッドに、大怪我を負った神官ウメ・ハッシュプロが運び込まれた。中島はセバスが治療を行なっているその横で、邪魔にならないように座りセバスに状況を伝えるため伝書を音読していた。
「──つまり今回の戦いは、ユールに対する五賜卿の復讐ではなく、アルデンテ個人の再挑戦である可能性をみている。だがそう仮定した場合、アルデンテはなぜ本気で終わらせようとしなかったのかという疑問に辿り着く。一気殲滅が出来る戦力を持ち合わせていながら、それをしなかった理由は、二つあるのではないかとワタシは考えている──」
──荒野──
「──ワタシ?」
顔に似合わない豪華な鎧を纏った青年がその疑問を口にする。