第八十三話 思い出はあるのに名前は無い男
討伐組が街をでる数分前──。
━━━━━━━━━━━
師匠はその作戦を一番弟子から突然提案された。
「──以上のことから、少ない人数でも大勢を相手に効率よく戦える方法はこれしかないと思うんですシショーっ! ワタシの考えたこの作戦、実践してみて頂けませんか!?」
弟子はずんずん近寄ってきて、避けられてもなお小さな顔を近付ける。
「それは全部、一人で考えたのか?」
「えっと、はい……でもやっぱり、ダメですよね。私一人の思い付きに、みなさんを巻き込む訳にはいきませんからね。今のは忘れてください!」
少女は気難しいダットリーの顔を見て不安になったのか、ムリにおどけて提案を引き下げようとした。
だがその直後、師匠に頭を撫でられ目を丸くする。
「すごいじゃないか。みんなの事を考えて、考えぬいて、自分で辿り着いた答えなんだろ? だったら忘れてくださいなんて言うな。寂しいぞちくしょう」
作戦を語ることに夢中になり過ぎるあまり落としてしまったトンガリ帽子を、ダットリーは拾って埃を払うようにしてから弟子に被せた。弟子はぼーっと師匠の表情を伺うように顔を眺める。
「で、でも、よくよく考えたら、もっといい作戦とかもいっぱいあると思いますし、それに危険で──」
「ダメだ。採用だ。オレの聞く限りでは、これ以上ない最っ高の作戦だからな。オマエには軍師の才能もあるんじゃないか? ユイリー」
……どっち?
……何を?
少女は困り顔で眉を上げた。
「ダメだ……? 採用だ……?」
「オマエの作戦で行く。異論は認めない」
嬉しすぎたのだろうか。少女は唇を固く結んだままニンマリと笑顔を堪えた。
ダットリーがなぜ笑うのを我慢するのか問うと、少女は清々しい顔で答える。
「笑うのは、最後に取っておきたいので!」
「……勝手にしろ」
だからおのずと師匠の方が先に笑うことになった。
━━━━━━━━━━━
「別にこれ、オレが考えた作戦じゃねぇぞ」
「えっ、違うんすか」
「では誰が?」
少女の笑顔を思い出してか、ダットリーの顔は少し綻んだ。
「ユイリー・シュチュエート。オレの一番弟子さ」
ふと見上げた空から、雨粒が顔に落ちた。
───────────
~かなみサイド~
ぐずついた空模様の荒野を颯爽と走り抜ける馬車がひとつ──。
馬車の荷台に揺られる四人の少女たちからは、普段のような明るい会話が聞こえてこない。同世代女子がこうも集まっているというのに、覇気はなく沈黙の時間がいやに長い──。それもそのはず、ピタもトメもかなみもユイリーも、ここまで連戦続きで疲労が溜まっている。限界寸前とまで行かなくとも、四人の間には、会話をするより休憩することに専念する方が正しいとする空気が流れていた。
『こんな時こそセバスのような回復系補助が居てくれたら』
誰も口にはしないが、誰もがその補助役のありがたみを身に染み込ませた頃──。
トメがもう一つのありがたみに感謝を述べた。
「行商人さん、ワタクシたちのために危険を顧みず馬車を出して頂けたこと、誠に感謝致しますわ」
「なーんのこれしき。五賜卿を倒しに行くって聞いた時は、まさか冗談でしょーと思っちゃったりしちゃいましたが、こーんな綺麗なお嬢さん方に頼まれたらイヤでも断れないってな話ですよー」
「ふふっ。馬の扱いだけじゃなく、口もお上手なんですね」
「いやー、そんなー! 商売上色んなお客さんとよく会話をするんで、そのせいですかね。アッハハハハ」
トメが令嬢として身に付けた社交辞令を折り混ぜながら御者との会話を楽しみつつ、それとなく疲労を回復する手立てはないだろうかと考えていると、隣にいたかなみがさらっとそれを口にした。
「みんな。一時的で良ければ、誰かひとりだけバッチし回復してあげられるから、必要ならスグに言ってね」
「あ、もしかして、十分間だけ全盛期に戻れるっていう┠ 限定回帰 ┨ですか?」
余程褒められたことが嬉しかったのか、馬車を引く男が上機嫌に振り返って聞いてきた。
「そうだよ、よく覚えてるね商人さん」
「ええ、そりゃもちろんっ。あのスキルのおかげで腰痛を気にせず済みましからね! 一時的にですが……」
覚えているヒトは覚えているであろう、なにげに重要な場面でこれまで役に立ってきた商人さんが今回の運搬役。果たして、今回もツッコミ役に徹してしまうのだろうか。はたまた、これまで以上の大立ち回りが出来るのだろうか──。と、そんな期待をしている者はかなみくらいしかいないが、トメやピタは出発前に関係性を聞かされているので二人が知り合いなのはある程度知っている。問題はユイリーだ。
「かなみちゃん、行商人さんとはお知り合いなの?」
ダットリーに門の作戦を伝えるため少し合流が遅れた彼女は事情を知らなかった。だから二人の関係について聞いてみる。
「そう言えば、ちゃんとはまだ二人にも話してなかったよね」
目的地到着まで時間があるので、かなみは商人さんとの思い出を一つ一つ紐解いていく事にした。すると出るわ出るわ、唯一無二のエピソード。
〈引越し男子イケメンカレンダー〉を報酬に街から脱出するのを手伝ってもらったり、長期クエストを受ける代わりに“ニセモノ”の魔女の元まで連れて行ってもらったり、レザルノの群れをバナナで撃退したりその群れに襲われていた中島を助けて仲間にしたり、最強クラスのドラゴンに育ったペリーの暴走に立ち向かって、セバスと一緒に焼けた森を鎮火して回ったりと──。
次から次へとエピソードが溢れて止まらない。とにかく充実した数日間の旅を一緒に過ごしてきた仲間であることをかなみは語った。
「──ていう感じなんだよね」
その口は楽しそうに思い出を転がし、聞いていた周りの少女たちも驚いたり笑ったり満たされてゆく──。気付けばさっきまでの鬱屈とした雰囲気がウソのように吹き飛とんでいた。
「商人さんがいなかったら中島やペリーには逢えてなかっただろうから、アルデンテを撃退することは叶わなかったと思う」
「ほう。これといった特徴は無さそうに見えたが、すごいヒトなんだな。これといった特徴は無さそうに見えたが」
「そんな方とはつゆ知らず、先ほどは無礼なお世辞を言ってしまい、大変申し訳ありませんでしたわ」
ピタが腕を組んで何度も頷きながら褒めて、トメは丁寧に頭を下げて謝罪する。商人は褒められたことが歯がゆいのか、頭を掻きながら謙遜した。
「いやいや、大袈裟だなーかなみのお嬢ちゃんは。というか、さっきのがお世辞って言われた方が傷つくんですけどっ! あと、特徴なさそうって二度言う必要ありましたかぁ!?」
さすがのツッコミが冴えわたる。
「かなみちゃんが言っていた通り、見事なツッコミ力だね!」
「だが、ツッコむ順番が逆なので星3.1」
「レビューされてた!? しかもグルメサイトならギリ行くか迷う評価……!」
その後、百点満点中の九十七点減であることが分かると、怒涛のツッコミとボケの応酬がちょっとだけ続いた。
馬車に多くヒトを乗せてきた経験が為せるワザなのか、荷台が温まってくるのを感じると、商人は巧みな話術で会話の中心からするりと抜けてみせた。いつの間にか、四人で他愛もない会話していることに気付いたかなみがそっと微笑む。
「商人さんには、助けられてばっかりだ……」
かなみの顔には "今回も" と書かれている。素朴で気の利く商人の『空気を和らげよう』という気遣いにちゃんと気付けたのだ。それはかなみだけじゃない。この空気を作ってくれた商人に他の三人も、感謝を持って接した。
真正面から感謝を伝えられると、商人はさっきまでの飄々とした態度が嘘のように、穏やかな表情で真面目に語りだした。
「別にあっしは、何もしちゃあいませんよ。全ては、みなさん方が積み上げきたことの結果です。今日、五賜卿を倒すという偉大なるこの日に、商人として関われたことを僕は孫の代まで語り継ぎます。てゆーか語らせてくださいね? お願いしますよ」
これが商人なりの激の飛ばし方──。ただ温まっていた空気に、確かな気合いが注入された瞬間である。
「そういえばワタクシたち、まだお名前も聞いていませんでしたわね」
「かなみ殿が名前で呼ばないからな。確かに」
「あ……、かなみも知らないよそういえば」
「あちゃー、知り合って長いのに名前も教えて無かったですか。これは失敬」
「名前も知らない相手とよく旅してたね……」
「それでは改めまして──、我が名はアレクサンダー!」
名だたる王将のようなその名前を勇ましく叫んだあと、商人は笑顔で振り返る──。
「粋年 荒狂三舵です」
「────っ」
その名前を聞いた途端、時でも止まったようにかなみは固まってしまった。
なぜならその名前は──。




