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第八十二話 一万VS七十に勝ち目はあるのか


 

 王都からの火急の報せは、文字通りユールの重要ポイント全体に降り注いだ。

 

 


 ──第二防壁門──

 

 


 「兵団長! 空からこんな物が!」

 「空から? ふむ……あ、下抜けやすいから気を付けて歩け」

 

 防壁の上に登ってきた保安兵からソレを受け取り目を通す保安兵団長、オウルデルタ・ガードナーは、動かせる保安兵の中から実に半分以上の二十人を第一防壁門に派遣する決断をくだした。部下から多少の反対はあったものの、それを押し切った結果、第二ゲートは兵団長を含め十五人で守る事になった。

 

 


 ──第四防壁門──

 

 


 ここを死守するギルドマスター、オウルデルタ・バスタードも半分以上を第一に派遣し十六人で守ることを選んだ。

 

 「ギルマス、聖水やら剣まで降ってきたぜ!」

 「それは魔吸剣。アンデッドを倒すのに効果てきめん。聖水は頭からぶっかけとけん」

 

 ゴツゴツの鎧を身に(まと)うギルドマスターはドヤ顔を晒すが、半分は適当だ。聖水を自分たちにぶっかけてもほとんど意味なんか無い。剣にかけたりアンデッドにぶつける事が聖水の効果的な使い道だからだ。それに、早すぎても乾いてしまっても意味がない。

 

 ギルドマスターを慕う冒険者たちは剣がぶっ壊れていようが関係なく拾い上げ、何も知らず、何も考えず、とりあえず聖水を頭から被った。やる気はだけは満ち満ちているが、それ以外が致命的に欠けている脳筋グループ。彼らに出番が回ってこないことを祈るしかない。


 ちなみに、ギルドマスターは脆い床を踏み抜いてしまい、防壁の上に腰まですっぽりハマっている状態である。


 

 

 ──第三防壁門──

 

 


 「カオリさん、ホントにそれで良いんですか?」

 「ええ、私は構いません。ここを守れと言われたからには、必ずそれを成し遂げるまでです」

 

 薫のサポートのために集まった薫派の保安兵たちと、薫の強さを疑い勝手に付いてきたリズニア派の冒険者たちは、一人で門を守ると決めた薫に驚きを隠せなかった。

 

 「さすが姐さんだ。一歩も引かないなんて……」

 

 期待を隠しきれない保安兵に不安を隠しきれない冒険者が突っかかる。

 

 「ンなこと言ってる場合かよ! ひとりじゃどう考えても無理に決まってんだろう!?」

 「我々だって心配だが、姐さんがそう言ってるなら……信じるのがスジってもんだろ」

 

 薫の発言は、薫の強さを知る保安兵たちにとってはさらに株の上がる発言だったのかもしれないが、疑心の目を向ける冒険者たちにとっては理解できないどころか見過ごせない発言だった。

 もはや一触即発ムードの漂う中、薫がぽんっと頭上に明かりを灯すように第二の提案した。

 

 「もしくは皆さんがここを守って、私が第一に向かいましょうか?」

 「「ムリムリ、それはムリです」」

 

 極端な意見によって仲の悪い派閥が珍しく団結した。

 

 話はなぜか、どちらかを選ばなくてはいけないという流れになり、結局のところ薫を置いていくほうが懸命であると最初の提案で収まった。

 

 「ちっ、……泣き言言ってもすぐに助けに来れねぇからな?」

 「心配してくれてるんですね。こんな私のために」

 

 やや首を傾げて、にこやかに髪をかきあげる薫。

 

 悪態をついたはずの冒険者がそのさり気ないしぐさに魅力され、思わず固まる。その冒険者には薫の笑顔がキラキラ輝いて見えたに違いない。周りの保安兵たちの殺気が容赦なく男に突き刺さる。

 

 「と、とっとと終わらせて戻ってくるからよ! ……ちゃんと、守っとけよ」

 「それでは行って参ります!」

 

 真っ赤な顔で何故かキレながら心配する冒険者が早々と歩き出すと、それに続いて保安兵たちもガードナーやバスタードの元ではなく第一防壁門に向かって出発した。理由は単純、帰れば怒られるからだ。

 

 「まって! 大事なものを忘れてる」

 

 そう言って全員を呼び止めた薫は、全く壊れていない聖水の小瓶と新品同然の魔吸剣をそれぞれ一本ずつ、全員に手渡しした。既に準備済みの者もいたが、例外なく全員が惚けた顔でこれを受け取る。

 

 「はい。これでもう安心、です」

 

 さりげなく身だしなみを整えたり、ホコリまで払ってくれる薫の魔性(やさしさ)に翻弄され、ほのかに香る芳醇な色気をつい嗅いでしまった男たちは──。

 

 「「「い、行ってきます!!!」」」

 「はい、行ってらっしゃい」

 

 ビシッと敬礼を決めるも、全員が魅力されていることはバレバレだった。

 

 こうして第三防壁門の担当は、薫一人となった。


 「さて、と」


 聖水を二本と最新の伝書を持ち出し彼女は防壁の上に登る。そこが彼女に与えられたひとまずの定位置。


 「かなみー!」


 すると登ってから直ぐ、真下の門を一台の幌馬車(ほろばしゃ)が颯爽と駆け抜けるのが見えて叫んだ。返事がかえってくる。

 

 「お母さーーーん! 行ってきまーーす!」

 

 荷台から顔を出して元気に手を振るのは、蝦藤(えびとう)かなみ、ユイリー・シュチュエート、トメ・ハッシュプロ、ピタの討伐組だ。

 

 薫はその四人が見えなくなるまで笑顔で手を振って見送った。

 

 第三の守護者はたかが一人。

 されど、

 ここが最も難攻不落な門であることを、アルデンテたちはまだ知らない──。

 

 


 ──第一防壁門──

 

 


 「門をあけろぉ! 七十人で迎え撃つ(・・・・)準備だ!」

 「ダットリーさん!……うおぁッ!?」

 

 防壁の上に陣取る男の元へ駆け付けた冒険者が、突如空いた穴に足を取られかけた。

 

 「この上は構造上抜けやすい部分がある。気ぃつけて歩かねぇと落っこちるぞ」

 

 冒険者と保安兵が一人ずつ、足元にビビりながら、おそるおそるダットリーの元へと近付く。

 

 「オマエら、作戦に納得がいってねぇんだろ」

 「分かってんなら、やめてくださいよ。アイツら全員、死んじまいますよ!」

 「なら、てめぇらが奴らの代わりに前線で戦ってくれるのか?」

 「そ、それは……」

 

 二人はヘビに睨まれたカエルのように何も言い返せなくなった。

 

 「たかが一万程度の屍に怯えてるようじゃ、この先生きのこれねぇぜ?」

 「この先──」

 「──ですか?」

 「ああ。敵が本気(マジ)なら、この二十倍は平気でよこしてくる」

 「えっ……冗談っすよね?」

 「そのくらいの想定はしとけって話だ」

 

 冗談だと分かると二人は目を合わせホッと胸をなで下ろした。

 

 「幾らダットリーさんが百人力とはいえ、ここに集まったのはせいぜい七十人。一万に勝てる未来なんてどうやっても見えてきませんよ……。ましてや、根性論なんて」

 「そうっすよ! オレら、あそこの騎士団よかぜーんぜん強くないんすよ? オマケに数もムッチャ少ないのにどうやるんすか。ムチャっすよムチャ!」

 

 ダットリーはため息を少し吐くと、この作戦がある程度効果を期待できる理屈を説明する。

 

 「いいか? 門を開けとけば敵はそこに向かって一気になだれ込む。だが、一万が一気に通れる幅はねぇから敵は当然、入り口で詰まってすし詰め状態になる。そうなりゃ門の上から聖水をぶっかけんのもお易い御用ってワケよ」

 「だから門を閉めるか閉めないかで揉めたんすか」


 ダットリーが遅れて来た原因は詰め所で門の状態について話し合いをしていたからだった。


 「我々は囮……?」

 「いや、そうは言ってねぇよ。すし詰め状態になりゃあ一度に門を通れるのはせいぜい二十四、五体が限界だ。その数をしっかりコントロールして囲い込むように門の内側に陣を引けば、七十人でも余裕で捌けるって寸法よ」

 

 水の入ったペットボトルをゆっくりと傾けてこぼす場合と逆さにしてこぼす場合とでは空になるまでの速さが違う。後者の方が勢いは良さそうだが、実際には遅い。この場合、空気の抵抗がカギとなるのだが──その原理と同じように、門に押し迫る集団の流れが “隙間” という抵抗を無くして動きを鈍らせる。

 パニック映画でいうところの出口で押し合いになり多くが逃げ損なうその現象を、あやつり人形(アンデッド)でもひき起こし、少ない人数でも戦えるやり方をダットリーは実行しようと考えていた。

 

 「……で、では、出陣しなくてもよろしいんですか?」

 「だから、最初に言ったろう? 七十人で迎え撃つ(・・・・)ってよ」

 「「……。」」

 

 二人はハトが豆鉄砲食らったような顔になる。

 

 「どうした? 今の説明でも不服か?」

 「いや、申し訳ねぇ。ダットリーさんってそういう集団行動の、得意なヒトだったかなって思っちまって……」

 「一人で何でもこなす、気難しいヒトとばかり……」

 

 深く反省しすぎるあまり、二人とも語尾も背中も小さく丸まる。

 

 「別にこれ、オレが考えた作戦じゃねぇぞ」

 「えっ、違うんすか」

 「では誰が?」

 

 ダットリーは、早く教えて欲しそうにのぞき込む二人に対し、自信を持ってその作戦立案者の名前を答えた。その名は──。

 

 

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