第八十話 一万VS五百
レオナルドが報復を見越してユールに派遣した騎士団、暴れまわります。
「一人二十殺だァァ!!! みすぼらしいホネ共を、砕いて撒いて砕きまくれえェェェ!!!」
「やべえ! 長が一薙で百は倒しちまうっ! オレらの分のエモノがなくなっちまう!」
流石に百はオーバー過ぎる発言だが、その気迫にはそう思わせるだけの価値があった。
「改めて、やっぱすげぇよなこのヒト!」
「ああ! 長も長いこと戦ってなかったからなあ……。だいぶ溜まってるとみえるっ!」
鬼気迫る表情と共に一撃でホネを粉砕するその益荒男の存在は、無機質なアンデッドよりも仲間である騎士たちに焦りと衝撃を与えた。それだけ長もフラストレーションを溜めていたという事だ。
しかし、頭一つ飛び抜けた部下たちが負けじとその勢いに食らいつく。
「ほらほらほらぁ! ぼさっとしてると狩り尽くされるぜお前たち!」
「ハハハハハハハハヒャッハーーーァァ!!!」
他の騎士たちが萎縮している間にも、小麦粉色に艶やくシックスパックの女や世紀末奇声上げモヒカンが我先にと鳥の羽根をむしるかの如くエモノを次々と狩っていく。電光石火の早業とその煽りを受け、彼らもようやく我に返る。
「負けられねぇなチクショー」
「ブチ抜くぞオラァ!」
「砕けや砕けぇ!」
アンデッド軍総勢一万に対するは総勢五〇〇の大地の騎士団──。
『猪突猛進』がモットーであり命である彼らに作戦などありはしない。シンプルに攻め、シンプルに勝つ──。ただそれだけが使命。
自分の死すら惜しまないその行進は敵を精神から敗北させ、圧倒的な闘争心と抑えるつもりのない破壊衝動でもって敵陣を自分たちの色に軽く染め上げる。さらに遊撃隊でありながら特攻隊も(勝手に)務めている彼らにとって『恐怖』という二文字は存在せず『最強』という二文字が常に心臓に張り付いている。
とにかく敵を斬り、また現れれば斬り、囲まれれば斬り、何がなんでも斬り倒す──。
そうして多くの仲間を失いながら彼らは今日も前に進むのだ。
大地に沈んだ仲間たちのために。
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~レオナルドサイド~
西の王が賢者プロテクトに座標を伝えている間、レオナルドは胸に残ったモヤモヤが晴れず、顎に手を当て考え事をしていた。
──なんだ……この、妬けつくような違和感は。
何か、大切なことを見逃している気がする。落ち着け、思い出せ……。オレはそれを知っているハズだ。ナニを見落としている……?
視線を落とした先にはたくさん資料があった。躍起になって調べているウチに散らばってしまったらしい。後で片付けねばと考えながら、ふと、その中にある手書きのメモを拾い上げる。自分で書きなぐったアンデッド兵に関するメモだ。
それを見て、ようやく妬けつく違和感の正体を捉えた。
「そうか、数だ……。アンデッドの数が合わないんだ……!」
──(ん? 何か言ったかねレオナルド君)
「確か、カナミ・エビトウの手によって活動を停止させられたアンデッドが二十七万。加えて、騎士団と交戦中なのが一万。原因不明の消滅が一万。これら全てを合算すると総勢は二十九万を超えてしまう。これは、変ではありませんか?」
「そうだ。確か、最大でも二十八万て話だったよな? ちゃんとオマエの報告書を読んでいるから覚えているぞワタシは」
「その通りです陛下。これは、先日報告させて頂いた資料よりも一万ほど多い値です。誤差の範囲を大きく逸脱した数値、本当に申し訳ございません。せめて、もっと早く気付くべきでした……」
アンデッドが消滅した事実を突き止めたことで、それまで把握していた数とズレがあることが判明した。二十八万と二十九万──。ほんの少しのズレに感じるかもしれないが、そこには一万もの差がある。決して無視していい数ではない。
自責するレオナルド・ブラックスリーに対して陛下は親身に近付き、上機嫌で肩を叩きながら豪快に励ました。
「はっはっはっ。なあに、気にすることはない。これ程大きな数なのだ。誤差や数え間違えくらい誰にだってある。ゆえに自分を責める必要はないぞ! レオナルドよ」
──(王よ。彼が言いたいのはそういう事ではないように思うが)
「なに? 違うのか。なら順序だてて説明する前に結論から言わんかい馬鹿者ぉっ!」
──(情緒。)
心配して損したような、気恥ずかしいような陛下が半ば投げやりに集中線を飛ばす。それに対してレオナルドはストレートにかつ、慎重に自分の言葉で意見を述べることにした──。
「想定より多かったという事は──、我々の把握していないアンデッドが、まだ存在するのでは?」
その一言に西の王、カミナリに打たれるほどの衝撃──。
「──レオナルド」
「はい……」
少しの沈黙の後、陛下はその名を呼び、男は跪いて静かに返事をした。
「足元の範囲だけで増えた原因とその増加数を調べあげろ」
「これだけでですか?」
「元から数値が間違っていたかどうかを考えても仕方がない。短期間で万単位の屍を増やす方法があるかのみ調べるんだ」
「りょ、理解しました」
「賢者よ、主もぜひに頼む」
──(うむ。そちらを優先したほうが良さそうだな)
ワニニャンコフはフラスコの中の真っ赤な金魚に緑色の液体のエサをやりながら、それを了承した。金魚は青色に変化した。
「他は後回しだ。二人とも頼んだぞ」
一刻も早くユールにアンデッドの数の訂正書を届けないといけない。でないと彼らが予期せぬアンデッドに襲われてしまうから──、
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──第一防壁門、西側──
「長、長、ヤバいっす。東っす東っす」
「ああ!!? 東ィ!?」
鬼の形相で次々とアンデッドを粉砕しながら、大地の騎士団の長は抑えきれない衝動のままに振り返り返事を返した。
「見てくださいあそこっす」
モヒカンが指さした方角は第一防壁門から東に三百メートル地点の場所──。
その場所から別のアンデッドたちが軍をなして突如、出現したのである。
狙いは西側と同じ、第一防壁門のようだ。
その第一防壁門ではようやく通行止めが始まり、保安兵たちが慌ただしく門を締めだす。一般人に気付かれないように『工事のため』と偽って。
ここを守護する担当になっているワイルド・ソール・メン・ダットリーは、なぜかその到着を遅らしているようで門を閉めるのが遅れてしまっているようだ。
「ちょいちょい、冗談っすよね? アイツら、いつの間にいんだよ」
「……数はぁ!!」
「ざっとみ、ここと同じくらいっす」
モヒカンと長の会話を聞きながら、麗人はむしゃくしゃしたように拳同士をぶつけた。
「やられたな……。どちらが囮になってもいいように、軍を分けて来やがった。イケすかねぇぜ」
長は一度手を止め、じっと東の方を眺めた。鬼気迫るものはあったが既に肩で息をしている。寄る年波には勝てない。
少数精鋭で結束力も強い大地の騎士団は、長が敵陣中央を先頭で突っ切ることで後続の部下たちに相当な勢いと自信を付けさせる一点突破の槍型陣形を自然と会得している。『攻撃こそ最大の防御』という初代団長のセバスから受け継がれる伝統的なスタイルだ。
ただ──、それだけに長は苦虫を噛み潰したような苦悩の表情を浮かべる。
「まずいな──」
東側も抑えるために隊を半分に分けることも視野に入れた。だがそうなれば槍型陣形は保てない。攻撃に特化した今の形を失えば、団員は士気を失いあっさり敵に囲まれ、全滅する。ゆえに無理に隊を分けることは出来ない。
その結果たどり着く結論は、他人事ような、実に空虚なものだった。
「──あのままだと、突破されるな」
昔なら見捨てもしなかった自分が、長と呼ばれるようになってから団員を守るために何かを見捨てるようになった。それが悔しかった、許せなかった──。
だから、長はそれを取りだした。
「長、それなんスか?」
「オレはどちらも守護りたい。だから、初代様の力を借りることにする」
〘選好の鐘〙が曇天の空に輝いた。




