第七十八話 ふたりの小さな隊長さん
第一防壁門は四つある門のうち、流通のために常時開放された唯一の門である。
他とは違い、常に十人体制の厳重な警備が敷かれているその第一から、西に数百メートル地点を一万ものアンデッドが進軍し鉢合わせた騎士団と交戦中の模様──。
三箇所の門を襲撃したのちの出没という事もあり、これは『計画的な犯行』であると、言葉を交わさずとも皆が理解した。そして、何にせよ阻止しなければならないと意識して、立ち上がる者たちがいた──。
「交戦中、ですか」
「負ければオレたちの出番か?」
「一万なら許容範囲内だ」
薫、ダットリー、レイの籠城組だ。
「みなさん、援軍がこんなに早く来きてくれたことには驚かないんですか……?」
早すぎるそれにユイリーは戸惑いの色を見せた。
大地の騎士団は、五賜卿の報復を見越しレオナルドに派遣された部隊。ゆえにユール側の想定よりだいぶ早く到着し、ユールに入る前にアンデッド軍と交戦に入った。
「まあ、早いことに越したことはないさね」
慌てふためくユイリーとは対照的に、デネントは緊張感を持った上で冷静に返す。焦って事を仕損じる訳にいかない。これが大人の余裕というやつだ。
「……ここは、任せても大丈夫そうですわね」
「だな」
街の心配をする必要がないと分かると、トメとピタは安堵の表情を浮かべ、心配なんておこがましいかったと鼻で笑った。冷静な二人を見てユイリーも落ち着きを取り戻す。
「その、騎士団さんの数はどのくらいなんですか?」
とは言え、不安の拭い切れず町長に問いただした。
「たったの五百です。ですが、大地の騎士団は戦場に生き甲斐を求める王都最強の荒くれ者集団。防戦一方という事は、あまり無いかと思われます」
「五百人じゃ不安ですね」
「確実に勝てるって保証もねぇんだろう?」
「どうやら……居残り組で助けに行くしか無さそうだな」
「まって! その必要はない──」
やる気満々の薫、ダットリー、レイが同じ方向で意見を並べる一方で、かなみが声を張り上げ止めに入った。
「──って、セバスが言ってる」
「バウ」
かなみの意見ではなかった。
以降かなみは、セバスの意見を代弁する。
「どうしてだい?」
「バウ」
「彼らは幾つもの戦場を経験し洗礼された、戦場の騎士集団たちだ」
「バウ」
「それに、周りに気を配る配慮の欠片も持たない連中だから、助けに行くのはかえって危険。全員が死ぬ覚悟を持っている上にプライドも高いから、助けを求めることもない。だから、放っておいても大丈夫だ」
「セバスちゃん、やけに詳しいんですね」
ユイリーはそう言って優しくセバスのカラダを撫でた。
「バウ」
「今はこんなんだが、私もその昔は彼らの一員だったからな」
「えぇぇ!? そうなの!?」
撫でながら少女は目を白黒させた。
「ユイリー知らなかったんだ。元ニンゲンだよセバスは」
「何からなにまで初耳だよ、かなみちゃん……」
さすがに驚き疲れたようだ。
セバスがまたひと鳴きするとかなみが訳し始める。
「戦場で嗤い、踊り、狂い、殺した数を競い合い、死んだ仲間の剣を奪ってまた敵を殺ろす──。戦場を知らぬ者たちは我々が全滅しないことを疑問視していたが、私は知っている。同じ死線をくぐって来たヤツらの結束力は半端じゃないことを。覇気のない死人に負ける道理などない。だから一万のアンデッドくらい、大地の騎士団に任せてやってはもらえないだろうか? このとおり、頼む」
かなみが伝え終わると同時にセバスは頭をさげた。一吠えにたくさん詰まっていることに疑問を持った者も少なくなかったが、セバスの説明に不満を垂れる者はいなかった。
「では、一万の軍勢は彼らに任せるとして、討伐組と籠城組の組み分けは以上で──」
「だからいつになったら理解すんだよテメェらは!」
最後に一言伝えようとした町長の背後で、薫と行動していた保安兵たちとリズニアと行動としていた冒険者たちのケンカがエスカレートしだした。
「何度も言うが姉御 (リズニア)が一番だ!」
「何度も言うが姐さん (薫)が一番だっての!」
「やんのか、ああ?!」
「上等だっ! かかってこい!」
「はぁ……、まったく、結束力が大事なこんな時に……」
「いつまでそんなくだない事をしているのでして?」
町長も思わずため息をつきたくなるほどのケンカっぷりに、颯爽と救世主が現れる──。意外や意外、その人物はトメだった。
「ユールを守る保安兵たちよ、よくお聞きなさい。我々の敵は五賜卿、もとい五賜卿配下のアンデッド三十万です。門を取り戻したからと言って、油断が出来る数では全くありません。それをどうしてそんなくだない言い争いに時間を費やせるのですか? そんなことをして、尊敬してるヒトは喜んでくれるのですか? ワタクシなら、恥ずかしくて一生、顔も合わせられませんわ……!」
過去の自分とまるで重ねるかのようにトメが『ワタクシなら』と言い放ったことで、ケンカはひとまず収まった。しかし同時に、彼らの活力のようなものも削いでしまった。だから今度は彼らに正しい火をつける。
「ユールに何かあった時、最後に頼りになるのは、誰? 他でもないアナタたちなのでなくって!? ですからもう少しシャキッとしなさいッ!」
言い過ぎるくらいに慎重なトメの言葉に、保安兵たちは腹の底を焚き付けられた。
「オレたちしか、いない……?」
「そうだ……。突破された時の最後の砦がオレらなんだ……」
「そう、アナタたちこそ最後の切り札。民を守る砦であることを自覚して行動なさい! よろしいですわね!」
「「「──っ!了解致しました!」」」
高貴さあふれる舵取りでトメ・ハッシュプロ・ハーキサスは保安兵たちに喝を入れた。保安兵たちはその気迫に押され、一回りも二回りも歳下の少女を相手に完璧な敬礼を披露した。
「おい! 何をぼーっとしてる」
呆然とする冒険者の前に、さらに意外な人物が現れる──。大剣を背中に携えたピタだ。
「貴様らも貴様らだぞッ! くだらない事でぐだぐだいちいち言い争う前に、この街に恩のひとつでも返そうと思わんのかこのマヌケ共がッ! 人の命を救うことが、この街を守ることが、冒険者には荷が勝ち過ぎているのか……? 違うだろうッ! 頼りにされてるのが保安兵たちだけと知って、悔しくないのかァァ!!」
ピタは声を張り上げ、自分の背丈より大きな大剣を地面に叩きつけた。静まり返る場に、冒険者たちの悔しそうな顔が徐々に浮かび上がる。
「悔しいぜ……悔しいに決まってらぁっ!」
「オレたちだって役に立てる! いや、オレたちの方が絶対に役に立つ!」
「だったら無い頭で考える前に少しは行動してみせろグズ共!! 声に出して、何がやれるか言ってみろぉ!」
「守る!」「守ってやる!」「ユールを守る!」「うおおお、やれる! オレたちが守る!」
「声が小さアァい!!」
「「「守るッ! 守るッ! 守るッ! 守るッ!」」」
ご満悦な表情を浮かべるピタの横顔を見ながら、かなみがユイリーに耳打ちをする。
「あの二人、なんかの隊長さんみたいだね」
「そ、そうだね。そのうち持ちそうだね軍隊とか……」
ユイリーにはもう、ツッコむ気力すらなかった。
「ん? 何やってんだシゲシゲ」
レイは、どさくさに紛れて目の前を小走りで通り過ぎようとした中島を呼び止めた。中島は背中にセントバーナードのセバスをおんぶしている。
「あ、いや、その、ケガをした女性がいたので、セバスさんを少しお借りしようかと」
「おおそうか、呼び止めて悪かった」
中島とセバスが角に曲がって消えるまで、ユイリーとかなみは手を振り続けた。
なんだかんだみんな忙しい。
冒険者にも保安兵にも喝を入れたところで、そろそろここもお開きの時間──。
「そういう訳だからアンタたち、五賜卿なんかに負けんじゃないよ!」
デネントの叱咤激励に籠城組がしっかりと頷いた。
「それではみなさん、次は五賜卿討伐後に……全員で生き残って、笑顔で会いましょう──」
町長の命令に討伐組が頷いた。
「──解散っ!」
町長が杖を地面に力強く押し付けると同時に、それぞれが目的地に向かって走り出した。
籠城組はそれぞれの配置に向かい、討伐組はとある商人の馬車に乗せてもらって、五賜卿の潜伏先へと向かうのであった。