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第七十七話 あの日以来の直接依頼


 ──再び、第三防壁門──

 

 

 

 曇天の空からこぼれる一筋の(しずく)が、少女のほほに触れて流れた。

 

 「……あれ、ここは……?」

 

 深い微睡(まどろ)みの奥から、蝦藤(えびとう)かなみの意識が帰還する。

 

 「バウ! バウ!」

 

 少女は目覚めると、地下倉庫兼シェルタールームの前の入り口で横たわっていて、モコモコでふわふわの枕に吠えられていた。

 

 「えっと……かなみは、助けてもらって、そのあと……」

 

 自分の置かれている状況がようやく分かってくる頃には、少女の周りにヒトだかりが出来ていた。真っ先にボロボロの少女を抱き締めたのは薫とユイリーだった。少女は苦しがってはいたが、嫌そうではなかった。見ているだけで暖かくなる、そんな光景だった。


 セバスの回復魔法により少しだけ元気を取り戻した少女は、これまで行方不明だった経緯の全てを皆に向けて語った。

 

 

 アルデンテの復活──。

 

 

 四人の五賜卿と一人の補欠との遭遇──。

 

 

 三十万弱のアンデッドの足止め──。

 

 

 どれもこれも信じ難い内容(ニュース)だったが、少女がいかにチート級の存在かを理解している面々は、いちいち疑うことなくそれら全てを真実として受け入れた。

 

 その後、お互いの知りえる情報を擦り合わせた結果──、喜久嶺(きくみね) 珖代(こうだい)、水戸 (こう)たろう、リズニアの三人は敵の潜伏先である洞窟に向かっていることが分かり、これで全員の所在地がついに判明した。

 

 「──っざけんな! すっごく強ぇのは姐御 (リズニア)の方だ!」

 「いーや、姐さん(薫)だ。何も見てないからお前らにはわからんだろうがな!」

 「はぁ!? てめぇらこそ知らねぇだろ!」

 「なんだとぉ!?」

 

 リズニアと共に門を奪還した数人の冒険者と薫と共に門を奪還した数人の保安兵が、どちらが凄いかで言い争っているその横で、ユール主力メンバーが集まり輪になって立ち話を進める──。

 

 輪をとりまとめるのは女主人、デネント。彼女は腕を組みながら険しい表情を浮かべている。

 

 「集まれる戦力はこれでほぼ全員集まったみたいだし……それじゃ本題に入ろうかね」

 

 そう言うと彼女は大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。長い間を取ったことで視線が注がれる。

 

 「あたしと町長で話し合って決めたんだ。アンタたち全員で、五賜卿を討伐しに行ってもらえないかい?」

 「ぜ、全員でですか……」

 

 萎縮した様子で訪ねるユイリーの前にトッタス町長が答えを持って前に出る。

 

 「これを見てください。王都からつい先ほど届いた伝書です。全員分あります」

 

 そう言って巻物のようなものをみんなに配る。

 それぞれが巻物を開いて中身を読み始めるが、内容がどれもこれも同じなことに、かなみが疑問を抱いた。

 

 「どうしてこんなにいっぱいあるの?」

 「それが……目撃者(・・・)の証言によると、空からたくさん降ってきたそうなんです」

 「空から?」

 「理由はそこに書いてある通り、無事に届く保証が無かったので大量に送ったんだとか」

 

 保証が無いという言葉の通り、送られてきた物のほぼ全てが千切れていたり、傷だらけだったり、半分しか無かったりといった状況だった。それもそのはず──何故なら、伝書は全て玉座の間の鏡から直接投函されたものだからだ。別の空間を通る時の捻れでバラバラになってしまうことを想定して王様は大量に送ってあったのだ。

 ちなみに、鏡についての説明は特になく『物質を転送させる空間技術がある』とだけ記載されている。

 

 「なるほど。空間断裂的なものをキキしたわけねー」

 「かなみちゃん、それを言うなら"危惧"じゃないかな」

 「どっちでもいーの。ユイリーはスグ細かいこと気にするんだから」

 「ご、ごめん……」

 

 親切心を見せたユイリーの方が何故か小さくなり、間違っていたはずのかなみが逆にふんぞり返って注意した。二秒後、薫に怒られるかなみであったことは言うまでない。

 

 「しかしホント凄い情報量ですわね。五賜卿の潜伏先や兵の位置まで、こんなに分かりやすく」

 「作戦ごとのアドバイスや注意点までびっしりですね」

 

 一通り目を通したトメとユイリーが会話している横で、ピタが流れにまかせて口を開く。

 

 「町長殿。それで、具体的に“全員で”とは?」

 「キクミネさんたちと勇者一行、みなさんのことです。正式なクエストとしてお願いしたいのです。もちろん報酬は弾みます。引き受けて下さらないでしょうか?」

 「報酬がどうかよりもまず、これだけの戦力が抜けて、ユールは大丈夫なのでして?」

 

 トメのその質問にはデネントが応じる。

 

 「頼りないだろうけど、アンタたちが落としてくれるのを信じて、あたいらはこの巻物の指示通り、籠城することにするよ」

 

 デネントは、

 「アンタたちが門を取り戻してくれたからできるんだ」

 と嬉しそうに付け加えてそう言った。

 

 「しかしデネント殿、前回避難した住民や冒険者の一部は、未だに帰って来てないんだろう? そんな状態で籠城が出来るのか……ですか」

 「そりゃ、人員も物資も何もかも足りちゃいないよ。手紙には一応『籠城作戦に移る場合、王都からの支援物資や兵士の派遣は惜しまない』って書いてあるけど、それも間に合うかどうかだしねぇ」

 「そんなもの当てにするくらいなら、お嬢たちに賭けた方が百倍マシってことだろう?」

 

 切れ長の眼をした金髪の男、レイが噛み砕いて質問した。普段はオールバックの彼だが、今は少しでも自分の正体を隠すため、髪を下ろしている。レイザらスのボスは奥様方から大変人気があるのだ(本人は不本意)。

 

 「その通りさね。アタシら頑張って半日くらい籠るから。だからその間に、敵の本丸をぶっ潰しておくれよ。むちゃ言ってることは百も承知だけど、もうそれしかないんだよ」

 

 デネントのお願いに、二つ返事で承諾する者はいない。あのチート少女かなみですら、勝ってみせるとはすぐに言えなかった。

 

 「レイザらス(オレら)は残って王都との連絡を試みる。お嬢、中島を借りますよ」

 「うん、……頑張って」

 

 レイザらスのボスであるレイは残る意志を示し、お嬢と呼ばれたかなみはそれに同意した。そして、薫も残ることを決めた。

 

 「私も残ります。私のカウンタースキルは防衛にこそ向いてますので」

 「そうかい。そりゃ頼もしいね」

 「あ、町長! コチラに居られましたか。王都から新しい伝書が届いております!」

 

 間に割り込んできた保安兵から封書を受け取ると町長は

 「すいません。続けててください」

 とだけ伝えて自分は席を外した。

 

 「他に、残るつもりの奴はいるかい?」

 

 デネントはそう訊くと、ユイリー、かなみ、トメ、ピタ、セバスの順に目を合わせ、皆が同じ覚悟を宿した眼をしている事に気付いて、静かに微笑んだ。

 

 「行ってくれるんだね……?」

 「師匠はどうするんですか?」

 

 弟子のユイリーは、少し離れたところで壁にもたれながら腕を組んで聴いていたダットリーに近か寄り、質問を投げ掛けた。

 

 「オレとギルマスと保安兵長はそれぞれ門番を任されるコトになってる」

 

 【ユール保安兵 団長】オウルデルタ・ガードナーと【ギルドマスター】オウルデルタ・バスタードの二人には既に伝書が行き届いていて、二人は門の前で仲間を集め待機していた。ダットリーもこれから門に向かい、守る役目に入る。

 

 「……三人。門は四つだから……、ひとつ、空いてるんですね!」

 

 ユイリーは杖をギュッと握って、役に立ちたいっ! というキラッキラな瞳を向けた。ダットリーはその眼に弱いのか困ったように頭をかいた。

 

 「あー……それなら、カオリがやってくれるそうだ。だから、おまえは気にせず行ってこい。コウダイが無茶やる分、慌てずしっかり頼んだぞ」

 「分かりましたッ!」

 

 しっかりと言葉を選んだダットリーに優しく背中を押され、ユイリーは薫の顔をちらりと見たあと、元気に返事を返した。その眼には門を任せるにふさわしい薫への安心感の他に、ひとりの男を想う少女のちょっぴりずるくて邪な瞳がうかがえた。

 

 色恋沙汰もどこか懐かしいように眺めていたデネントが振り返ってかなみに声をかける。

 

 「こんな風に依頼するのは初めて会った時以来だねぇ……。あの時みたいにあっとゆう間にこなしてくれることを、おばちゃん、期待してるよ」

 

 ランドリーキチン討伐クエストから実に、一年半ぶりの依頼をかなみは引き受けることにした。

 

 「……うん! 自信ないけど、みんながいるから大丈夫! 任せて!」

 

 かなみがデネントに向けて力強くサムズアップすると、デネントは笑顔で頭を撫で返した。

 

 甘えるのが苦手なかなみは撫でられてむず痒そうな、けれど嬉しそうに笑った。まだまだ不安はある──けれども、絶対に勝たなきゃいけないのだと心に決めた。

 

 推し量ったように町長が戻ってきた。

 

 「トッタス、手紙にはなんて書いてあったんだい?」

 「第一防壁門付近にて到着した大地の騎士団(マセリットオルデン)が、およそ一万の軍勢(アンデッド)と交戦中だそうです」

 「バウゥ!?」

 

 退屈そうに眺めていたセバスが驚いたように飛び起きた。彼女にとって、その騎士団の名は大きな意味を持っていた──。

 

 

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