第七十四話 王都からの伝書
──第三防壁門──
「助っ人ってのはアンタたちの事かい?」
保安兵に状況を説明するトメとピタの前に〈お食事処レクム〉の恰幅のいい女主人デネントが現れた。彼女の後ろには複数の保安兵に介抱されながら歩く町長の姿もある。
「どうやら無事に……とは、行かなかったようだけど、取り返したようだねぇ」
ぶった斬られた防壁門を見てデネントは苦笑いを浮かべる。
「忙しい町長に代わってアタシがお礼を言うよ。この街のためにどうもありがとね」
「いえいえ、ワタクシたちはほとんど何もしていませんわ。お礼ならカオリさんにお願いいたしますわ」
「実際、カオリ殿がいなかったらやばかったしな」
二人は自分たちの無力さを噛み締めるようにこたえた。圧倒的な実力とそれを鼻にかけない薫の人柄の良さにすっかり魅力されてしまっているようだ。
「設計ミスでしょうか、蝶番が外側にありますね。ここを破壊されればトビラは簡単にやぶられてしまいますし、外開きだと閉じ込められる危険性もあります」
町長はすぐさま門のそばに近寄り、急造ゆえに見落とされていた『外開きの門』の欠点について指摘した。彼の周りにいる兵士たちはどうやら、その辺りの知識について詳しいようで、メモを取りながら改善に向けた話し合いを急ピッチで進めている。どちらにせよ、専門外のトメたちにはさっぱりな話。
「それで、そのカオリの姿が見えないようだけど?」
「カオリ殿なら、もうじき帰ってくるだろう……と、思います」
目上の人との会話は、普段勇者やトメに任せてる小人族の少女は思わず出てしまったタメ口に、恥ずかしそうに縮こまった。
「はっはっはっ、無理にかしこまる必要はないさね。あたしゃ気にしないよ、自分らしく堂々と話せばいいさね」
人見知りな部分が出てしまったピタに対し、デネントは背中を優しく叩きながら豪快に笑い飛ばした。
その優しさが余計に堪えたのか、はたまた、周りの視線が気になったのか、ピタはさらに顔を赤らめた。
「お、ウワサをすればってやつだね。かおっ──」
デネントの目の前に、どこからともなくふらっと薫が現れた。だが、どこか様子がおかしい。ため息をつきながらデネントを素通りする。一体、何があったのか。
「らしくないねぇ……、ありゃ一体どうしちまったんだい」
普段の彼女なら絶対にありえない行動だ。たとえ睡眠中でも、目の前をヒトが横切れば立ち上がり一礼をする──。それが薫イズムだというのに。まるでおもちゃを無くしてしまった子供のようにテンションを無くしている。
どんよりとした風を両肩にまといながら、ゆらゆらふわふわ、目的もなくさまよっている。
「ネコミミちゃーん……」
心ここに在らず。もはやデネントの声も届かない場所にいるようだ。
「今回はそういう敵との戦いだったんだ。今はそっとしておいてくれ、ください」
ピタにそう言われて、デネントはあえて理由は聞かないでおくことにした。
ネコミミ少女を失って絶望しているとは、口が裂けてもいえない。
「これから報告に戻るところでしたのに、どうしてここに?」
トメはデネントたちが第三防壁門前までやって来たワケを聞く。
「うん、立て続けで悪いんけど、アンタらに頼み事をしたくてねぇ」
「「頼みごと?」」
トメとピタは互いに目を合わせる。
「ええ、構いませんが……ソレは?」
「実は王都から、ユール宛に緊急の伝書が届いたんだよ」
そう前置きをしつつ、デネントはポケットから取り出した小さく折り畳まれた一枚の紙を、おもむろに広げ始めた。その紙にはビッシリと文字が刻まれており、王国の紋章がでかでかと刻印されていた。
「何処で情報を掴んだのか、これには今回の襲撃者についてのあらゆる情報が書かれている。ここを見てごらん」
トメとピタはデネントが指で差し示した文字を凝視し、目を白黒させた。
「「……五賜卿ラッキーストライク、パーラメント、以下二名による報復の可能性──!?」」
「そんな……ラッキーストライクは。ヤツはコータローたちが土に還したはずのなのに……」
「しかも五賜卿二人の報復だと? 一体どうなっているのだ!」
理解に苦しむピタの横でトメはあごに手を当て、一度冷静に推測してみる。
「なるほど……。ワタクシたちは確かにラッキーストライクを退けましたが、実際に死滅した瞬間を見届けた訳じゃない。それに、先ほどのアンデッドたち──、残党のクセにやけに計画的だと思っていたら、そういう事ですか」
「まったく、なんてしぶといヤツなんだ。油断も何もあったもんじゃない!」
「パーラメントって奴も、ソイツと同じくらい強いそうだよ。これがどういう意味かわかるかい?」
デネントにそう問われ、トメは少し間を空けてから答えた。頬を汗が伝っている。
「敵も、“本気”という訳ですわね……」
「そういうことさね」
「……。」
ピタはどうしていいか分からず、口を閉ざして難しく考え出す。ただでさえラッキーストライクの復活に動揺を抑えきれない彼女には、更なる脅威の存在に生唾を呑むことしか出来ない。
ピタが動けなくなっていること気付いて、トメが代わりに訊いた。
「それで、ワタクシたちに頼み事というのは?」
「うん……。それについては少しばかし、落ち着いてから話そうかね」
デネントは薫やピタや町長たちの様子を見て今ではないと判断した。そうして焦らされた結果、沈んでいく空気に耐えられなくなってピタが口を開いた。
「……そ、そうだ! コーダイは? コーダイなら何か知ってるんじゃないか?」
「確か、最後に死体置き場の聖剣を取りに行ったのはおそらくあの男でしたね。彼は今どこに?」
トメとピタに問われるとデネントは首を横に振って答え、珖代が朝から行方不明である事を伝えた。
聖剣を取りに行ったら罠にかけられ、
暴走アンデッドに襲われ、
アルデンテを取り逃し、
“ニセモノ”の魔女に誘拐され、
粛聖竜ペリーと闘い、
親友の雪谷アザナと出会い、
【インドラの矢】の破壊力に圧倒され、
ラッキーストライクの元へ向かう決断を下したことなど、彼女らは知る由もないのだ──。
次にトメはかなみの所在についても問うたが、それについても同様に分からないとデネントは答えた。
〘選好の鐘〙の音を聞いて目が覚めて、
珖代の日記を持って珖代を探し続けて、
謎の悪意を追って五賜卿集合を目撃し、
洞窟で黒幕トオルとの戦いを余儀なくされ、
ソギマチらを利用して五賜卿たちを閉じ込め、
三十万弱のアンデッドの侵攻を一人でせき止め、
珖代を見つけたあと気を失いピヨスクに運ばれたことを彼女たちは知る由もないのだ──。
どちらも行方が知れないことがわかると、二人は肩を落とした。現状のどうしようもなさにピタは歯がゆそうに眉根を寄せ、トメはまた悔しそうに爪を噛む。
沈黙を前にさらにも増して空気が重くなるのを感じる三人の前に、いつもの杖や黒縁メガネをかなぐり捨てて、ユイリー・シュチュエートが息を切らしながら走ってきた。
「みなさーん! かなみちゃんですッ! かなみちゃんを見つけましたぁッ!」
門の外で休んでいたはずの彼女がピヨスクを連れてやって来た。
───────────
~レオナルドサイド~
『我々に出来ることから着手するぞ』
陛下のその一言で、王宮は一気に喧騒慌ただしくなる。
ユールの被害状況の見積もりや支援物資の手配などに大勢の人員が駆り出される中、対策本部はそのまま玉座の間に設置される運びとなった。
玉座の間にいるのは王様とレオナルド、そして声だけ参加の賢者プロテクトの三人のみ。
理由は単純明快──。名のある学者や大臣たちを集めて議論する時間が勿体ないと王様が判断したからだ。そのため本部が玉座の間なのだ。
レオナルドは山のように積み重なった資料を深紅の絨毯に並べて、自らも絨毯と一体化するほど読み漁り、王様は立ったまま二つの鏡を両手で操作し、戦況を覗い逐一状況を報告する。
一方、念話で参加中のワニニャンコフ先生 (賢者)は余計な口も挟まず更なる解析を黙々と進めていた。
「伝書は届いたようだな」
鏡を見ながら王様はそう呟いた。
この短時間で彼ら三人は、敵兵の種類や数、五賜卿の潜伏先を特定している。それらの内容は既にユール宛の伝書にて送付済みなので、大半の仕事は終わっていた。それでも彼らが手を休めないのは、僅かな手掛かりからでも勝ち筋を拾い上げ、全力でユールを守るためだった。
「まだ負けていないのなら、出来ることはあるはずだ」
誰かが呟いたその言葉に触発されるように、他の二人も自分の出来ることを全力で取り組む。普段の玉座とはまるで違う男たちの異様な空気に、報せを持った女性が申し訳なさそうに入ってきた。目立たない服装をしているがメイドではなさそうだ。
「……陛下。籠城に必要な物資の運搬の件ですが、馬では間に合わない恐れがあります」
「どのくらいか」
陛下は両サイドの鏡とにらめっこをしならが聞き返した。
「通常の馬ですと三日、休憩地点を設け、馬替えを行っても丸一日は掛かる見込みです」
「それではユールが先に潰れてしまうな……」
王様は一呼吸だけ目を瞑ると、踏ん切りがついたかのように告げた。
「王都に留まるヒマな行商人たちを一人でも多く雇いかき集め、なんとしても半日以内に間に合わせるよう御触れを出して回れ。間に合った者たちにはそれ相応の追加報酬を約束すると伝えろ!」
「よろしいのですか?」
「あの土地の財力を失うことこそ、我が国にとって一番の損失。避けなければならんだろうそれだけは」
「でしたら、国賓送迎用のスパルタスリザードを使用するのはいかがでしょうか。あれなら、半日での到着も可能です」
スパルタスリザードは乗り換えも必要ない、荒野などの陸路に最適な生き物である。非常に大食らいなので燃費は悪いが、馬の何倍も速く走ることが出来る。王都にはいつでも出発できる個体が必ず用意されているので、提案としても悪いものではなかった。
「それは無理だ。今は客人がいる」
用意されているとはいえ、それはそれ。客人を優先する為の乗り物なので王様であっても簡単には承諾できない。間が悪いことに客人がちょうど来賓している。
その時だった──。
「──何やら、お困りのようですの?」
少しだけ低い女性の声が入り口の方から聞こえてレオナルドが振り返った。
そこに居たのは『豪華絢爛』を地で行くような真っ白なドレスを身にまとう、背の高い、妖艶な女だった。
「ワタクシが力になりましょうか?」




