第七十三話 到着!大地の騎士団
~レオナルドサイド~
「本当に同じ物がつくれるのだなぁ!?」
王様は両目に涙を貯めながら娘が大事にしているクッションに自分でハサミを通した。先生は何度も同じ質問をされ、少し辟易しているようだが、構造さえ理解出来たならもっといい物を作ってみせると約束した。
──(うむ、なるほど。モノは違いますが、こちらも爆進麦芽製法で作られている)
「それで、作れるんだな……?」
──(ええもちろん。こちらは意外とシンプルな技術でしたから。近いうちに、ここにもうひと手間加えてより良いものお届けしましょう)
「お急ぎ便で頼むぞ」
「あの、それで、ワニニャンコフ先生。……いかがでしょう?」
ほっとしたのか手放しで喜ぶ陛下のスグ後ろで、レオナルドは邪魔しないように気を使いながら手を上げ訊ねる。
──(ん? ……あー、そうだったねすまない。アンデッドの動きを止めた人物とそのクッションを発明した人物が同じかどうか、という話だったね)
先生は主目的を思い出すと、陛下のペースに巻き込まれた事を反省しつつ、咳払いをして仕切り直した。
──(こほんっ、結論から言って『その通り』だと言えるだろう。この技術もアンデッドを絡め取る応用も、並大抵の人間では空想する段階から難しいからね)
「ではやはり!」
──(ああ。君のいう少女がクッションや封印植物を想像し、創造してみせたというのは紛れもない事実だろう。大した娘だ。カナミ・エビトウとは、一体何者なのかね?)
「うん、王も気になる」
「では、お話しいたしましょう」
レオナルドは自分の知る限りのカナミ・エビトウについての情報を思い出しながら慎重に説明した。
その話のあまりのスケールのデカさに、最初は怪訝とした態度で聞いていた王様も、徐々に熱を帯び始め、次第に戦々恐々とした表情に変わっていった。
「──なんだとか」
「それでそれで」
カナミ・エビトウについて聞けば聞くほど、王様は立ち入り禁止区域に足を踏み入れるようなフワフワとした感覚に襲われた。少年のように聞き入ってワクワクドキドキしていた。
ユールの経済成長に大いに貢献したキノコ商会やレイザらスを裏で操るボスであること。悪意を読み取るレアスキルがあること。幼くして極院魔法が使えること。そのほか、気配を完全に消せること。一瞬で遠くに移動できること。動物と会話できること──などなど。
さらには死んでも生き返るというウワサがあったりなかったり、レオナルドの口から二人に伝えられた。
「──以上が、現在分かっているカナミ・エビトウに関する情報です」
彼はそのほとんどを見た訳でもないし、ましてや、本人から直接聞いた訳でもない。それでも熱を持って内容を話せたのは、ユールで聞き込みをして集めた情報の中から信憑性の高いものだけを抽出して話したからだ。
不確か、または尾ヒレの付いたウワサは一切話さなかった。
「…………」
──(…………)
全てを聞き終えた二人はしばらく黙る。普通であれば信じられないと切り捨てたくなる内容であっても、ユールに五賜卿を退けたという実績がある以上、簡単に否定も肯定も出来なかったのだ。
しばらくすると王様は、自分の中に湧く『ひょっとしたら』という可能性に息を飲んだ。
「五賜卿を退けたのは、奇跡ではなかったのやもしれんな……」
「陛下?」
蚊の鳴くような小さな声だったのでレオナルドは聞き返したが、瞬時に王様は声を張り上げた。
「レオナルド! その娘はまだこの街にいるのか!」
大声とともに発せられた威厳に面食らい、濡れ髪の男は即座に跪いた。
「は! ここには彼女の住む家がありますゆえ。おそらく、今もどこかで対策にあたっていると思われます」
深紅に染まった毛皮のマントを翻し、覚悟を輝かせながら王様は宣言する──。
「よし。ならば救うぞ。ユールを」
───────────
──第三防壁門──
第三防壁門奪還成功からおよそ十分後。
薫たちは街に戻り、門の前で保安兵たちと被害状況について話し合っていた。その間、ユイリーは邪魔してはいけないと門の外に出て、日陰に腰を下ろした。
極院魔法の使用で魔力を予想以上に消費してしまったせいか、ユイリーは壁にもたれながら小さくあくびをする。気絶してもおかしくなかったが、魔力量が相当なのか彼女はタフだった。
「ん?」
「ウー……、バウ! バウ!」
「セバスちゃん?」
ユイリーの横にはさり気なくセバスが寝転んでいたのだが、おもむろに立ち上がると地平線に向かって吠え始めた。なんの事かさっぱりのユイリーにも、しばらくすると聞き馴染みのある足音が聴こえて来た。
ドドドドドドドドドド──。
「キエエエエエエェェェエ」
かなみを背中に乗せて走る珍獣の姿が見えてきた。
───────────
~勇者サイド~
鞍もなければ手綱もない馬に揺られて走るのは流石にキツかった。
お尻はものの五分で簡単に破壊された。戻って出直したいと何度も思ったが、ユールを勢いよく飛び出した反面、今さら引き返すのは恥ずかしい。選んだ鹿毛色の馬が賢い子であったことは唯一の救いで、俺のお尻を気遣ってか小走りで走ってくれている。
名前を付けてあげようか本気で悩み始めた所で、年老いた男性がうずくまっているのを見つけた。
「止まってくれ」
「ヒヒーン」
勇者は馬から降り、その男に声をかけた。
「ここで何をしているんですか?」
男はそう問われると、返事をすることも無くおもむろに身体を起し、自らの脛を抱きしめ膝に顔を埋めた。なにやら相当落ち込んでいる。
「えっと、あの、何かあったんですか?」
「……某はただの雑草。雑草は雑草らしくしているゆえ、気に召されるな」
何もかも上手く行かず、リストラされてしまったサラリーマンを彷彿とされるような自暴自棄っぷりに、洸たろうは少しだけ日本を思い出した。
──こういうヒト、どの時代にもどの世界にもいるんだな……。
「あのー、もし帰れなくって困ってるんでしたら、この子置いていくので、良かったら使ってください」
「ヒヒーン!」
「一応借り馬なので、ユールに着いたら『勇者から借りた』とだけ、伝えてください」
「勇者、とな?」
老人はゆっくりと顔を上げて、洸たろうの外見をまじまじと見た。騎士長クラスのオートメイルを着込んでいる青年は、確かにそれっぽく見える。だが、肝心の "アノ剣" を携えていない。
──こやつ、聖剣は持っていないようだな。となると勇者本人ではなく、勇者の仲間かなんかだろう……。
そんな事を考えたあと、男は再び膝に顔を埋めた。
「……フッ。どうせ大したこと無いようにみえて、お前もとんでもなく強いのだろう? もう、だまされないからな……フッフッフ……フフフフ」
このヒトは酒に酔ってるのかもしれない。勇者はそう思って面倒くさそうに頭を掻いた。
──昨日の宴会だなぁ? やれやれ、絡まれても面倒だし、馬だけ置いて行くか。
街全体が盛り上がったアルデンテ討伐の祝賀会。夜通し飲み明かした住民の中には、気付いたら街の外で寝ていた──、なんて事もあったらしい。
このヒトもおそらくその類いなんだろう。
「あの、げんき出してくださいね」
こういう時に介抱してあげる優しさも勇者に求められる素養のひとつなのかもしれないが、事態は一刻を争う。ので仕方ないけど置いていく。
「じゃあ、僕、行きますからね!」
洸たろうは本当に馬を置いて走り始めた。一瞬、進む方向を見失ったようだったが、緑の地帯を見つけるやいなや直進した。
取り残された馬は老人に顔を近づける。その気配に気付いて──自暴自棄になった老剣士モテゾウは顔を上げた。
「佳い毛並みだな」
男に顔を撫でられ馬は嬉しそうに鼻を鳴らした。
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草木も枯れる荒野の一角に、触るもの皆傷つけるようなプレッシャーを放つ集団がいた──。
一団のど真ん中には燃えるイノシシの紋章が入った旗が掲げられている。彼らそこ、戦場に生き戦場に死ぬ戦闘狂集団、大地の騎士団。
先頭──、目の上にキズを持つ初老の男が手を上げて行進をとめる。
「止まれ!! ……おい、ありゃなんだ」
「長、忘れたんすか? あれがオレたちのターゲットの不死身の集団アンデッドっす」
金髪モヒカンの男が退屈そうに言うと、集団の中にいる唯一の麗人がポニーテールを揺らしながら前に出た。
「へー、けっこう壮観じゃないか」
「ざっとみ、一万はいるんじゃないっすかぁ」
モヒカンのやる気のなさに苛立つように、麗人は流し目に腕を組む。
「で、やるの? やらないの?」
「レオナルドからの指示じゃあ、まずは街に入れだと。けどまあ、そんなの、長の顔見りゃわかるっしょ」
長は背中の大剣を握ると愉しそうに笑みをこぼす。
「野郎ども、この一週間よく自制した。この場所にてめぇらを縛るモノはなにも無いッ! 好きに暴れやがれぇぇ!!」
「「「うおおおおお!!!!」」」
「ヒャッハーーー!!!」
モヒカンもやる気に満ちたようだ。
ヒャッハー! 次回もお楽しみにー!




