第六十八話 三代目聖剣使い
「答えろ! 夜闇を照らす光の英雄が、なぜ闇に落ちたッ!」
「闇に落ちた、だと……? フンっ、貴様は阿呆かアホウドリめ。──いかにも、某は三代目正統後継聖剣士、鷲羽茂蔵なり。ヒトの世にて『鳳凰院』の屋号を授かりし元聖剣使いである」
──隠していた訳ではない。なのでここは、あえて名乗らせてもらった。
鳳凰院・鷲羽茂蔵という男は聖剣片手に世界中を旅し、魔族と戦ってきた哀れな男の名だ。まさか、その名を再び聞くことになるとは。夢にも思わなんだ。
「貴様ほどの男がどうして──!」
何も知らない童女がなぜか悔しさを滲ませて怒りを露わにする。理想を抱きすぎる者の典型だろうか。乾いた笑いが出てしまう。
「主らは聖剣というものを、世界を平和にする為の道具だと勘違いしているようだな」
「……どういう意味だ」
「聖剣が世界を救った事など一度もないと言うに。ましてや、選ばれた一個人を救うことなど決して──」
思い返すだけで地面に置いた拳に自然と力が入る。余計な事かもしれんが、聖剣こそが悪ゆえに詮なきこと。
「聖剣とは、一体何なのですか?」
イマイチ理解の足らない童女の代わりに、色気と強さを兼ね備えた女が慎重に訊ねてきた。聖剣に対する純粋な興味というより、それと真剣に向き合おうとする誠意が見てとれる。
言葉の足りない某も悪かったのだろう。……よろしい。ならば答えよう。
「聖剣とは元々、世界の均衡を保つための天秤だったのだ」
「だった?」
しっかりと拾い上げる。めざといい女だ。
世界の真実を知らぬ者たちにとって、某の言葉はすぐに理解できるものでは無い。だが、その一端に触れる価値がこの女にはありそうだ。
「古い古い、いにしえの時代。世界が神々に統治されていた時代の終わり。人類を束ねた王と魔族を束ねた王が力を持ち始める時代が訪れた。二極化した世界はやがて、大きくぶつかり合い、争いが起きた」
古くからある文献や絵本、歴史書にも載る有名な譚だ。ここまでは童女でも分かるだろう。話を進める。
「何千年にも及ぶ長い戦いの果てに、神は疲弊した人々の願いを受け入れ、聖剣を創造した。その武器で争いを終わらせた者こそが、のちの」
「勇者だろ? そのくらいは知っている」
──驚いた。勇者が生まれた理由など、フラッシュエルフに住む者か神でなければほとんど知らないと言うのに。
話の流れは分からずとも伝説の続きは女より知っていたか童女。さしずめ、勇者辺りから聞いたのだろうがな。
「勇者は魔族王を斬ったとも、人類王を斬って終わらせたとも言われているが、それこそ『神のみぞ知る』こと。あの聖剣は、そんな時代から存在する忌まわしき呪いだ」
「ふんっ、ただの伝説だな。それがどうした」
「それが、ただの伝説ではないのだ」
己の口角が上がるのを感じる。童女がそれを見て眉をひそめた。
「六百年に一度、人類王と魔族王は伝説通りに現れる。その度に勇者は神々から授かりし聖剣でもって、どちらかの王を殺し、時代の均衡を導いて来た──」
「それが天秤と呼ぶ理由ですか」
女の質問には顎を引いて応える。
「ヒトが選ぶ勇者と、聖剣が自ら選ぶ聖剣使い──。その違いが生まれたのは今から約二百年前。理由は不明だが聖剣はある日突然、自我を持ちはじめた。自らの意思で勇者の元を離れ、持ち主を選定し、ついには喋り出すようにまでなり今に至る」
「ウソをつくな! コータローは聖剣が喋るだなんて一言も言っていなかったぞ!」
違いを交えつつ懇切丁寧に話したつもりだが、聖剣の過去に納得のいかない童女が楯突いてきた。
「貴様のとこの勇者は確か……、六代目だったか? 物事には段階というものがある。勇者にはまだ、聞ける段階にも至れてなかったのだろう。……しかしまあ、声も聞けず【白夜剣】も覚えられないとなると、お前の勇者はただの無能やもしれんなあ」
「貴様ーッ!」
勇者を鼻で笑うと童女は面白いくらいに青筋を立ててコチラに向かってきた。冷静な女が止めていなければ、可笑しくて思わず斬り殺していたことだ。
「聖剣が呪いというのは一体どういう事ですか」
残念だが本題に戻ろう。
「剣に選ばれた者はそれまでの一切を捨て、これからの人生を世界の均衡を保つために捧げる。感じたこともない重圧と不安と責任を一心に背負い、心の内に巣食う"憎悪"を刺激されながら、聖剣に使われる道具として生きてゆくのだ──。それが呪いでないなら何になる」
──私はただ、剣士でありたかった。だがそれを、世間が、世界が、聖剣が、許してはくれなかった。
「聖剣使いとは、呪われる宿命にある者たちを指す言葉だ」
結果として、今はコチラの世界を裏切る立場にいる。その意味では今みたく睨まれても仕方ない。だが、間違っているとも思わない。
「だまれ! なにが宿命だ。貴様とコータローが同じなものか! 見損なったぞ鳳凰院!」
「では質問するが、勇者が聖剣を握るたびに何か変わっていくように感じなかったか?」
「それは……」
童女の表情が強ばった。やはり思い当たる節があるようだ。
「勇者としてだんだんと余裕がなくなり、次第に仲間に求める条件すら厳しくなり──」
「……だまれ」
「──仲間が死んだとて泣きもしない。そのうち貴様が死んだとて、勇者はきっと──」
「だまれぇぇーー!!」
──いい、叫び声だ。では死ね。
片膝を立て、じわりじわりと引き寄せた鴨葱を手に取ろうと焦るばかりに、先に殺気を放ってしまった。殺気はすぐに読み取られ女は某の前に壁となって立ち塞がる。
「先ほど、聖剣に使われていたと仰っていましたが、今も貴方が誰かの道具に見えるのは、私だけでしょうか?」
鬼気迫る物言いに、少しだけ言葉に詰まる。
「……確かに、そうかもしれない。だが今はそれが一番心地良い」
──やはりこの女から殺るしかないっ!
話で気を逸らしながら伸ばした手は、ついに鴨葱に触れた。思わず顔がニヤついた。
「試しに、道具になってみる気はないか?」
もちろん薫は気付いていた──。
モテゾウが聖剣について語りつつ、地面に落ちた鴨葱を拾い上げようと画策していることに、かなり早い段階から気付いていた。だからこそ激情に駆られたピタを制止し、距離を保たせた。あのまま男の元に向かわせていたら、ピタが間違いなく斬られていたことを確実に予見していたからだ。
だが、拾われる。
刹那──。
耳鳴りするほど眩しい閃光が辺りを支配した。
光の世界に敷き置かれた半月の斬撃が、眩しさに眩む薫の首を刈り取る。
これぞまさに、流星葱の消失点。
パシっ──。
「お断りします」
拾い上げたカタナから放たれた一閃は、無常にも薫の親指と人差し指に阻まれた。
たった数ミリ数センチの間を刃は通り抜けられない。さらにその一閃はしっかりと返されており、モテゾウの腹はパックリと割れて冷たい血が噴き出した。
「……無念」
口端から血を流し、男は残念そうに、しかしどこかスッキリした顔で呟いた。
「だが、そっちはどうだ?」
またしても男は不敵な笑みを浮かべた。
どうして笑えるのか。追い込まれ過ぎて笑うしかないならともかく、まだ算段があるような、そんな瞳を薫に向ける。──否、正確には薫のすぐ背後に視線を向けている。
薫は自分の後ろに何があるのかを思い出し咄嗟に振り返った。すると、ピタの背後に、爪を振り下ろす瞬間のソギマチの姿が目に飛び込んできた。
「ピタちゃんっ! 後ろ!」
間に合わない。




