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第六十六話 カモネギは進化する



 下半分が切断された門をくぐる。さも平然に。

 買い物に出掛ける日曜日の主婦のように、日常を肩で切りながらその人物はやってきた。

 

 なびく栗色の髪は日差しを浴びてキラキラと輝き、そこはかとなく漂う貴婦人のオーラは優美さをいかんなく見せつける。ただ、それとは真逆の特攻番長感ただよう鉄柱つきグローブを身に付け、ギラギラとした緊張感を生んでいる──。

 

 第四防壁門を軽々奪還し様子を見にきた蝦藤薫(えびとうかおり)が、【両断域】を意に返さぬまま道の真ん中を堂々闊歩する。両手にはトメを抱えて。


 「「……。」」


 ピタとユイリーは黙って目を白黒させた。

 それは〝真心〟も同様に。モテゾウにいたっては閉じていた目を大きく開いてしまっている始末。〝技術〟は気づいてすらいない。

 

 「やっぱりあなたたちだったのね」

 

 そう言って薫はピタの前に屈み、意識のないトメをピタの前にそっと寝かせた。

 

 刹那。

 薫の目の前でキラリと何かが光った。かと思いきや防壁の角が音を立てて突然崩れ落ちた。

 

 何が起きたのか。

 それを理解する為にピタは防壁ではなく、薫を注視した。

 

 また光る。

 

 ガゴォン──ッ!

 

 黒目で追う。

 ピタが辛うじて視界に捉えたのは、薫にむかって飛ぶ斬撃とそれを跳ね除けた僅かな(きら)めき──。そしてそれにより(えぐ)れた防壁の深い切れ込みだった。

 

 視線を戻す。彼女(かおり)はホコリでもはらったかのように残心を決めている。

 

 信じられない。だが、そうでないと説明がつかない。

 先ほどの光、あれは鉄柱のグローブによる照り返し。

 【両断域】の中をものともしない跳ね返しの光だったのだ。

 

 薫がおもむろに立ち上がり男の方へと歩き始める。

 気になる行動だが、とりあえず今は目の前のトメが先だ。

 

 「……無事か? トメ」

 

 多少だが出血している。返事はない。

 肩口から胸の上辺りを斬られてはいるようだが、浅く両断された形跡はない。

 

 ──そうか……半分になった魔導書が落ちている。確か、かなみ殿に作ってもらったとかいうすごい魔導書だ。どうすごいのかは知らんが、世界に一つしかない魔導書である事は知っている。状況から察するに、切断されたのは魔導書のみ。おそらく身体よりも前に出ていて、動く対象物として切断されたワケか。

 となると、出血と気絶は魔導書の余撃を身体に食らい、上から落ちてしまったからと考えるのが自然だな。

 息はあるようだし幸い、キズも浅そうで良かった。今は気を失っているだけと見ていいな。

 

 生きていることが分かってひとまず安堵する。普段は言えないことも今なら言えそうな気がする。

 

 「いつもありがとなトメ。あとはワタシ達に任せておけ」

 

 こころなしかトメが微笑んでいるように見えて自分の頬が上がるのを感じた。

 

 生きていることが分かったのは薫殿のおかげ。だがそれと薫殿が【両断域】の中を歩ける理由とは全く別問題。

 

 ──……なぜ歩ける!

 物理的にはもちろん、上から斬られた人物が降ってくれば精神的にも前に進もうとは思わないぞ普通。

 それなのにどうして……、どうして“この中”を薫殿は堂々と歩ける……!?

 いや、そもそも彼女が薫殿なのか怪しく……いや、いかんいかん。あれはどう見ても薫殿だ。ワタシは何を疑っているんだ……?

 あーくそ、加勢することも出来ないとはっ! なんと歯痒いことか!

 

 ドキマギしているワタシの方を振り返り、薫殿は突然足を止めた。

 

 「ピタちゃんもよく頑張りましたね。もう休んでいいですからね。私に任せて」

 

 こちらに微笑みかけ、それだけを伝えると彼女は男の方に向き直りすぐさま歩き始めた。

 

 妙に落ち着く声だった──。

 この際、理由などどうでも良くなってしまいそうになるほどに、全てを包み込むような優しい声に、一瞬、思考を放棄しかけた。

 

 数歩進み、鉄柱グローブが光って、壁や荒野に穴が空く。それが二度三度続いた。

 なるほど。ようやくタネがわかった。

 

 トメの魔法(エンチャント)によって、極限まで情報処理能力(スピード)が向上しているワタシには、辛うじて見える。あれは薫殿のスキル┠ 自動反射(オートカウンター) ┨だ。飛んできた斬撃を受け流すように弾き飛ばしているからまず間違いない。

 

 ──し、しかし信じられん。およそヒトのワザとは思えない程するりと斬ってしてしまうあの一刀を……あろうことか薫殿は、目で追い切れない程のスピードで容易くはじき飛ばしている。コバエを追い払うように簡単に。

 薫殿がスゴイのか? それとも、あのグローブがスゴイのか? 正直全く分からんが、……とにかく行けるぞこれは。

 

 彼女が手を振るう度にキラキラギラギラして、周囲の防壁や岩に鋭い切り込みが刻まれていく。これはまた、違った意味で危なくて動けなさそうだ……。

 

 

 「はっ!」

 

 

 薫に呆気に取られた〝真心〟が我を取り戻した──。

 

 目の前で起きていることが理解できずフリーズしていた彼女を、野生の勘が刺激する。すぐにでも何らかの手を打たなければまずい状況になるという予感に従い、身体を突き動かす。

 

 「と、止まってくだ」

 

 だが、それは遅すぎた。

 

 スパッ──。

 

 着実に前へと進む薫に静止を呼び掛けようとするも、不幸にも跳ね返ってきた流れ斬撃に上顎から上段を切り離されたのだ。頭を失い、力なく後方に倒れる身体が、動いたと見なされたのかさらに一刀両断され、宙を舞う。

 

 薫は自身のカウンターで犠牲者が出たことにまるで関心がない。もしくは目の前の連続斬撃の処理に集中しているせいで全く気付いていない。

 

 今のはどっちだ、故意か? 偶然か? ピタの冷たい汗が止まらない。

 

 薫がだんだんと距離を詰めていくにつれ、男は腰を深く落とし斬撃の威力と速度を高めていく。だが、そうまでしても一向に止まらない薫に、初老の武士ですら次第に焦り始めていた。

 

 もうこれ以上、居合切りの威力と速度は上がらない。歯をギシギシと食いしばり、上手くいかない自分に対して苛立ちを見せる武士。薫との距離は四馬身ほどまで近付いた。もう目の前だ。

 

 「いいだろう。その自信、斬りたくなった」

 

 珍しくモテゾウが開口すると、辺りを包む殺気がスッと和らいだ。足元を見たピタは【両断域】が急激に縮小している事態に気付いた。そしてそのまま取手から手足を離し、力なく地面に寝転んだ。

 極度の緊張状態から解放されたからか、へなへなに息を切らし大量の汗をかいている。仰向けに空を眺めながら、ピタは大切なことを思い出し上体を起こした。

 

 「……っ、……薫殿! その男は、不死者だ! ……倒すことは考えず出来るだけ無力化してくれっ!」

 「無力化ですか……。分かりました」

 

 モテゾウがほんの少し顔を歪める。

 最悪の場合には不死者のアドバンテージを活かし、薫を不意打ちで殺すつもりでいた。しかしその手も潰えた今、無力化される事は絶対にあってはならない──。

 

 いよいよ本気で追い込まれ、男の目つきが変わる。

 

 「鴨が葱を背負(しょ)って進化する」

 

 謎の一言を告げると気でも触れたかのように鞘をなげ捨てた。得意の居合いを封じ【両断域】も完全に捨てた。下段横軸の構えは変わらないが、ここにきて初めて柄を両手で握った。

 

 それまでの連撃が嘘のように止み、生まれた()に薫も一瞬、眉を寄せた。

 

 ──ここから先は、おそらく(レベル)が違う。なら私も、本気で行かせてもらいましょうか。


 「とくと見よ──」


 薫の読み通り、一歩先の世界は殺気に満ちていた。腹の底を抉るような深い声が、一太刀、二太刀、を挟んで聞こえて来る。

 

 「──葱一閃(ネギガナイト)

 

 

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