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第六十五話 ファンタジーを信じた少女


 

 ユイリー・シュチュエートには高位魔法を操る基礎的な知識やイメージが不足していた。独学なので当然といえば当然なのだが、それ故に前回は失敗してしまった。その事に気付いたユイリーはそれ以来、悔しさをバネに影で努力を重ね、試行錯誤を繰り返すうちに今の詠唱(かたち)へとたどり着いた。

 

 それこそが、昇級魔法(ランクアップマジック)

 

 偉大な魔法士にして魔法を世に広めた作家でもある『ワニニャンコフ』が書き起こした著書──〘賢者の創造〙に書かれた一節によると、昇級魔法は降級魔法(ランクダウンマジック)の原理を応用して作られたテクニックの一種で、詠唱を魔法士独自の解釈に基づき変化させる事で、魔法そのものの性能をその名の通りワンランク上に向上(・・・・・・・・・)させてしまう高等テクニック。だが、この本が施行させて以降、実際に昇級魔法を扱えた者は世界にわずか数例しかいない。文字としてステータスカードに現れるスキルとは違いテクニックという位置づけであったことや、彼の書物が物語調であり、空想(ファンタジー)にカテゴライズされていたことなどが原因で、本気で試そうとした者が少なかったためである。仮に居たとしても、トメのように幼少期の頃に本を読み憧れて──、

 

 「──パチン、パチン、ボルトショック! パチン、パチン、ボルトショック! パチン、パチン──」

 

 そうやって、庭などでなんど試してみても、現実では無理なんだと勝手に挫折してしまう。また、多くの魔法学科で定型詠唱文を生徒に覚えさせることから始まる点が、事例の少なさに拍車をかけていた。

 

 だがここに──、新たな事例が生まれた。

 魔法とは縁遠い魔術の里に生まれたひとりの少女。

 魔力と努力と想像力。そして、ほんの少しの勇気がユイリーに力を与えた。

 

 魔術の里に、魔法に関する書籍などあってはならない。だが、〘賢者の創造(ファンタジー)〙は別だ。

 

 少女は幼い頃にそれと出会い、学ぶことが出来た。誰にも真似出来なかったそのテクニックをユイリーは偶然会得したのかと言われればそうではない──。ファンタジーだとバカにされる領域をホンキで信じ、死ぬほど努力してこれたからこそ会得してみせたのだ。

 

 空に真っ赤な天幕(カーテン)を創り出したこの魔法は、高位魔法のワンランク上──極院魔法に該当する。


 元の高位魔法を理解しきれず想像で補ったがことが、結果的に極院魔法(それ)を成功させた。

 

 【業火天柱(バーニングストーム)】改め、【煉獄(ヘルファイア)(ウォール)】の完成である。


 トメ・ハッシュプロのような、魔法に精通している者ならその変化や実力に気付くのも容易だったことだろう。だがしかし、そうでない者たちにとってはただの美しい魔法(モノ)にしか映らない。それは──、当の本人でさえも例外ではなかった。

 

 一気に魔力を持っていかれる脱力感に襲われながらもユイリーの目はキラキラと輝いていた。

 

 ──すごい……これが、バーニングストーム……。

 

 ではないのだが、指摘できる者は見ていない。

 

 「おい見ろよ」

 「なんだあれ?」

 「わあ、きれーい」

 「スゲーなこりゃ……虹か?」

 「あっつー、なんだこの焼けるような暑さは」

  

 人々は様々な想いをその胸に、鮮やかな紅に魅了される。

 それが戦いの一工程であると知らない者たちでさえ、自分たちに害が及ばないことはなんとなく分かっているようだった。

 

 角度的にそれが見えないソギマチーズは一旦状況を整理する。


 

 ──(よく分かりませんが、高位級の完全詠唱ですかね)

 ──(どうだろ本人に聞いてみる)


 

 二人は煉獄の壁(ヘルファイアウォール)に分断させているので念話を使っている。モテゾウへの配慮はどこへ行ったのやら。

 

 「高位魔法? やるじゃぁん人間にしてはさ」

 「……自分なりの……、“改造版”……ですけどね……」

 

 いつもなら謙遜するはずの少女がぺたんと地面に座り込み、杖にしがみつきながら精一杯笑って見せた。本番での一発成功。さらに想像以上の威力(でき)。喜びはひとしおだ。

 

 

 ピタの足元からサークルが消えた。

 

 

 「よーーし、今だーーッ!! 仕掛けを動かせぇぇぇぇ!!」

 

 門の内側に向けた叫びと共に、ピタは柱に片足を掛け、全体重を乗せるように仕掛けをグググッと引っ張った。

 

 「こぉぉぉのぉぉぉおお動けぇぇぇえええ!!」

 

 その時──、顔を真っ赤にして踏ん張るピタとは対照的なまでにひどく底冷えする声があたりに響いた。

 

 「【(しぎ)の羽返し】」

 

 

 スキーーっン──!

 

 

 鋼鉄でできた筒を叩いたような甲高い音が荒野に響きわたり、空間に亀裂が入る。──否、業火のカーテンが真っ二つに割れた。

 その場にいる誰もが、(ヤツ)による一閃だと理解できる光景だった。

 

 「あの男、まだ──」

 

 誰かが口にしたのか定かではないが、その予想は実際当たっている。それを証明するかの如く、何処からか声がした。

 

 「雛鳥たちが何をしようと、(それがし)には効かん──」

 

 亀裂に呑み込まれて消えたはずの男の声がやけに通る。チャキリと、カタナが鞘に納まる音まではっきりと。

 

 ワシュウ・モテゾウ。

 地面に呑み込まれたはずの(かたぶ)いた武士が空から愛刀〘鴨葱(カモネギ)〙を引っさげて地上に降り立った。

 

 「──雀の涙ほどもな」

 

 男は、灼熱の炎が噴出する力を利用して亀裂から脱出するという、不死性ならではの強引な手法で地上に戻ってきた。それも邪魔になるカーテンを斬り捨てながら。

 サークルが消えた時は集中を切らしたかに思えたが、実はそうではなかった。業火を消すことに集中するために、あえてサークルを狭めたのである。焼け落ちた服の破片が風に流されるようにゆっくりとモテゾウの元へ集まり修復されていく。戻ってきたモテゾウにやらた声援を飛ばすソギマチーズだが、モテゾウは集中がしたいと一喝し、再び構えに入った。鴨葱が静かに呼応する。

 

 逆ギレする二人を尻目にモテゾウは目をつむった。

 儚い夢の如く業火のカーテンがゆらゆらと消えていく中、厚さ六十センチはあろうかという分厚い第三防壁門が左右同時に開き、地面を引きずる重音を響かせながら動き出した──。

 

 トビラの隙間から希望の光が差し込み、ユイリーは感嘆とした声を漏らす。何故ならば、そこに見知った人物が立っていたから──。その腕に、気を失うトメ・ハーキサスを抱えたあのヒトがいたから。

 

 「にゃ……!」

 「真心ぉ? なにか、何かあったのかーおーい」

 

 逆側を向いていてユイリーしか見えていない〝技術〟が不満そうに問うた。

 

 「いや、違う……。なんでもありません」

 

 〝真心〟はブツブツとひとりで呟き、ひとりでに納得した。誰かと間違えたようだ。──無理もない。その、“誰かさん”に似ていて当然なのだから。

 

 ゴゴゴゴ──ッと扉の動く音を聞いて、安堵の表情を浮かべるピタ。しばらくすると外開きの門の先端がピタの位置からも確認できるようになり、ヒト一人分の影が差し込んで来た。

 

 第一目標、敵の目的阻止及び、門の奪還はもう目の前──。

 

 その時。

 

 スパァァ──!

 

 両側の門が同時に切断され、門の下半分がバタンっと地面に倒れた。

 

 そして門が動かなくなった。

 一体、何が起きたのか。

 考え込むことがあまり好きではないピタが頭をフル回転させる。

 

 門が、斬られた。

 動いたら……斬られた。

 動くものを両断。

 まさかっ……!

 

 おそるおそる慎重に、足元に目線を落とす。するとあった。恐れていたあの(サークル)がまたここに。

 

 一度は消えたはずのそれが、再び展開されることはピタにとって想定の範囲内だった。しかし早すぎる。侵食速度が、まるで一度通った場所を記憶しているかのように予想をはるかに超えるスピードで広がってきたのだ。

 

 迂闊に動かなくて良かったと、安堵するものそこそこに、ピタは声を張って呼び止める。

 

 「見知らぬ者よ! 今は動いてはダメだ! それ以上進めば身体が切断されかね──」

 

 その瞬間、声が出なくなった。

 理解出来なくて息が詰まる。

 心配するピタの真横を、蝦藤薫が通った瞬間である。

 

 

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