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第六十四話 業火のカーテン



 「大地の化身、地に眠る神秘の力。情熱を纏う灼熱、そのねばりけは精霊の愛をも逃さない。無謬(むびゅう)の罪人は堕ちたるが故に、地獄を妬む世界を望む──」

 「えっと、仕掛け仕掛け……仕掛けはどこに……あった!」

 

 門から少し離れた柱の影に、鎖に繋がれた取っ手をピタは発見した。この取っ手を防壁門の内と外から同時に引っ張り続けることで門は開いてゆく。

 

 「ピタ、ストップッッ!!」

 

 上からかかるトメの気迫に全身がビクッとなる。即、視線のみ落とす。

 

 仕掛けを探すのに軽く手間取っている間に、白いサークルはいつの間にやら足元まで侵食していた。あやうく、もう少しでそれに気付かず仕掛けに手を伸ばす所だった……。もし動いていたら、開いていたのは門ではなくワタシの方だっただろう。

 こう、パカッと。

 

 「今、そこは領域内でしてよ?」

 

 今度はひどく冷静で他人事のような、そんな声がかけられた。少しだけ癇に障るが、慎重になれという事なら正しい判断だ。さっきの声がなかったら間違いなくワタシは斬られていただろうし……。むしろ感謝しなければ。

 

 「た、助かった……」

 

 だが、油断は出来ない。

 今まさに、敵の術中にいる。

 

 動いてはいけないことを強く意識するあまり、手足が小刻みに震えてくる。一時を(しの)げればいいので今は耐え続けるしかないのだが、手を伸ばして立っているだけなのがまさかこんなにも辛いとは。頬を伝って落ちる汗が、地面に落ちる前に真っ二つになるのが見えた。ああはなりたくない。耐え忍ばなければ……。

 

 「──天も地も。善も悪も。業火の前には等しく意味をなさない──」

 

 ユイリー殿の声がだんだんと遠ざかってゆく──。

 サークルを意識してか、下がりながら詠唱を続けているようだ。

 

 ユイリー殿の詠唱を聴きながら、サークルの(ふち)が防壁門の下をくぐり抜けていく様子を視界の端に捉えた。障害物もなんのその、というのは実に恐ろしい。あれでは気付かぬ内に斬られるヒトが出るのも時間の問題かもしれない。

 

 「トメ! サークルがそっちに入った、絶対に動かないよう伝えてくれ!」

 

 注意喚起を促してはみたが、果たして上手くいくかどうか。

 

 

 「………………」

 

 

 トメからの返事がない──。

 

 

 「おい、ハーキサス家の天才魔法士!」

 「……………………」

 

 皮肉(べた褒め)をしてみたものの……。

 

 やはり返事が返ってこない。

 

 どさっ──。

 

 そこに遅れて物音がした。何かが壁の向こう側に落ちる落下音。聴こえたのはそれ一つのみ。

 

 得体の知れない恐怖が、門の向こう側でプレッシャーを放っている。──何かいる。

 

 「……トメ、何かあったのか? 返事をしろっ、トメ!」

 

 見上げたくとも動けない今の状態では、声を出して確認する方法以外見つからない。

 

 ──くそっ、一体どうすれば……。

 

 「あの子なら斬られて落ちましたよ」

 「ッ──!?」

 

 後方から聞こえた〝真心(しょうじょ)〟の声に驚き、思わず振り向きかけたがギリギリのところで踏みとどまった。

 

 うっすらとすすけた笑い声が聞こえる。

 

 ──危なかった……これはワタシを振り向かせるための適当なウソだ。……敵は他にいなかった。居たとしても、アイツが気付かずにやられたりするものか。

 

 ヤラれるなんて万に一つもない。そう思っているのにこの胸を締め付けるものは何なのか──。

 深呼吸のひとつも楽に出来なくてイライラが募る。

 

 「その辺のやつに斬られるほど、トメはマヌケじゃない」

 

 相手に、と言うより、自分に言い聞かせるように吐いた。

 

 トメ・ハッシュプロ(あいつ)は一緒に旅を続けてきた仲間であり、コータローを狙うライバルでもある。実力ではワタシの方が上かもしれないが、そう簡単にやられてしまっては張り合いがないし困るのだ。だから殺られていないのだと確信できる。

 

 「にゃにゃ、気付いてないですか」

 「何がだ」

 「両断域が広がる範囲は、横だけじゃありませんよ」

 「どういう意味だ……?」

 「広がる範囲に比例して、斬れる高さも際限なく広がります。そのことにも気付かず、パラパラと上で本をめくっていたから狩られたんですよ」

 

 嘘だ。耳は貸さない。こんなやつ信じるか。

 

 「胴体から血を吹いていたので……ついてないですね」

 

 胴から真っ二つにされたとでも言いたいのだろうか。同情めいた素振りはやめて欲しい。

 

 見え透いたウソや挑発にはもちろん乗らない。乗る訳がない。だが、静寂が長く続くほど、真実味が増してきてしまうように感じるのは何故だろう。拳を握ってる訳でもないのに、手にじんわりと汗が滲んでくる。自分の心音のみが世界に響き渡り、喉がやけに渇いく。

 

 「トメ、いるんだろう……? 返事をしてくれ!」

 「ですから……上には誰もいませんよ」

 

 〝真心(しょうじょ)〟の呆れたような声が聞こえた後、返ってくるのはまたしても息が詰まるほどの静寂、静寂。静寂──。

 

 信じない。きっと、何か、理由があって返事が出来ないのだ。うん。そうに違いない。

 だから、それより今は、後ろを心配しよう。

 

 ──ユイリー殿の声も聞こえなくなった……。魔力の高まりを感じるから、おそらくそこにはいる。だが詠唱を止める理由はなんだ……?

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 ──なるほど、そういう事か。

 

 この静寂そのものが答えだったのだ。

 

 「言ったはずだぞユイリー殿!!」

 「──ッ!」

 「自分の事だけに集中しろとッ……!」

 「……。」

 「忘れたワケじゃなかろう? 今その男を足止め出来るのはお主しかいない……!! だったら今は何も考えず、詠唱を続けるんだ!」

 

 目を見て会話が出来ない以上、せめて気持ちを乗せるようにして声を荒らげた。


 防壁門のすぐ傍にいるワタシとは違い、門から少し離れた場所に陣取る彼女には、トメを視認できたと思う。もし仮に斬られて落ちたという話が本当だったとしたら、ユイリー殿の位置からは斬られる瞬間、または落ちていく瞬間が見え──。いやっ、もう確定だ。でないと詠唱をストップしたりはしない。

 

 だからと言って、このままで居てもらっては困る。

 彼女には男を抑え込むという大事な役割があるのだ。トメの事を思うなら、むしろ大役は全うしてもらわなければならない。

 

 「…………湧き上がれ怒り、湧き上がれ試練。大陸の根源はここより来たる──」

 

 詠唱が再開された。僅かに震えていた少女の声にだんだんと活力がみなぎってくるのが分かる。

 

 ──そうだ、それでいい。決める時にはキメてもらわないと。その一手があって、ようやく始まるんだ。トメの分まで……、反撃といこう。

 

 「──地を割り権威を示せッッ!! 業火天柱ッッ!! バーニングストームッッッ────!!!」

 

 天高く杖を掲げ、少女の詠唱がこだまする──。

 

 

 緊張の張り詰めた空間が、刹那と持たず瓦解する。

 地震だ。

 

 「にゃ、にゃに!? なんだぁ?」

 「にゃ……なにか来ます」

 

 周辺地域全てに影響を及ぼす横揺れに〝技術〟と〝真心〟が反応する。災害を予期する猫ように、二人は次にくる何かに怯えていた。

 

 揺れる世界に何を思ったのか──、ユールにいた者もそうでない者もみな足を止め、息を呑んだ。


 地震を起こした少女の目の前で、大きな地割れが発生し、地上に一筋の線が引かれていく。その、まさに震源地にいたワシュウ・モテゾウが足を取られ体勢を崩す。集中状態にあるせいかモテゾウは大きな亀裂に足を滑らせたにも関わらず、這い出てこようとはしない。それどころか、一切あわてる様子も見せないままどんどんと深くなる亀裂に呑まれていった。

 

 その全身が見えなくなって程なくすると、亀裂から赤い熱源が顔を覗かせる──。男の行方も分からぬままに、地獄釜のような灼熱が勢い良く噴出した。それは本来のバーニングストームが創り出す、天を貫く炎の柱とは様子が異なる。天から降り注ぎ、縦に割れた亀裂に炎が流れ込むような、そんな錯覚を起こさせる言わば、業火のカーテン──。世界を照らしながら分断する、地上のオーロラ──。

 規模も性質も、明らかに高位魔法バーニングストームと比べものにならない(・・・・・・・・・)

 

 

 それは何故か──。

 

 

 答えは詠唱の中にあった。


 

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