第六十三話 一点集中突破火炎噴出型魔法
グロ注意。
ここから一話一話のペースが短くなります。
「ユイリー、アナタまさかあれをやるのでして?」
「大丈夫っ。二度と失敗しないようにたくさん練習してきたから。まさか、本人を相手にリベンジすることになるとは思わなかったけどね」
頬をひと掻きしながら強がってみせるも、自分の顔が引きつっていることをユイリーは自覚する。いざと言うときのために研鑽を積んできた“ソレ”を──、自信はないが披露する機会を得た。しかも“ソレ”試すに相応しいの因縁の相手に対して。
「アナタにはランクダウンマジックがあるのだから、いきなり大技を放ったりしないで徐々に肩を慣らしなさい!」
トメとはあまり歳の変わらないユイリーだが、魔法士としては圧倒的にアチラが先輩。したがって、どんな指示に全幅の信頼を寄せてそれを実行に移す。
「はい!」
門の上から指示を飛ばす先輩に対し、後輩は強く肯定した。
ユイリーは両手で杖を構えて目を瞑る。そして、極度の集中状態による無意識に入ったのか、杖の先端がゆっくりと男の方へ傾いてゆく。
「湧き上がれ、湧き上がれ、地を割り吹き出す炎──」
声の出し方も忘れてしまいそうな静けさから、透き通るような声と共に、ユイリー・シュチュエートお得意の降級魔法が発動する──!
魔法学校では教えてくれない略式魔法。唯一トメにもマネできない技法。
発動地点はモテゾウの足元。
【両断域】の隙間。
本人が動けない事を利用して放つ、一点集中突破にして火炎噴出型魔法の原点。
「【ファイヤースプラッシュ】!!」
その叫びと同時に、モテゾウの足元の地面がせり上がり中から勢い良く炎が噴出した。局地的に発生した炎は瞬く間に火柱となって空まで伸び、男を呑み込む。──狙い通り。これなら近付く必要もなく魔法が消される心配もない。攻略困難と思われた【両断域】に対抗できる、数少ない有効手段であることが証明された。
「いいですわよ。ユイリー」
焼け付くような熱さは熱風となって周囲を巻き込む。だが、そんな苛烈さ極まる火柱の渦中にありながらも、男は一切動じる様子を見せなかった。居合の型が全く崩れていないのがその証拠。
「ムダだよ。何やってるかは知らないけど、モテゾウはアンデッドだからね」
と、〝技術〟が自慢気に語る。後ろを振り向けないのでモテゾウも炎も見えていないのに。
生首からはユイリーとピタのみが見える。
「モテゾウの集中が続く限りサークルはどんどんどんどん広がり続ける。助かりたかったら動かないほうがいいね。動くものはぜーんぶ『一刀両断っ!』されちゃうから。あーなったら、壁に囲まれていようが関係ない。サークル内なら街の通行人だってズバズバ斬っちゃうんだから」
「そのせいでソギマチたちも動けないんですがね」
左腕の切断された〝真心〟が反対方向を向きながらため息混じりに皮肉を返した。ソギマチーズは今、モテゾウを挟んで対岸にいる。どちらもモテゾウが視界に入らない位置を向いているので、一方がユイリーたち、一方が防壁門を横目にチラチラと確認しながら会話を続けている。
「あーあ。そのうち街全域を覆っちゃうねあのサークル。どれだけのヒトが気付かずヤラれて、あるいは逃げまどって切断されちゃうか今から見ものだね」
「命令以上の勝手な行動は慎むようにと言われていたのに、まさかこんな事になってしまうとは……。後でめちゃんこに怒られそうですね」
「真心ぉ! ……その話はやめろ。今はやめるんだ。ない胃が痛む。一旦忘れよう」
少女たちはアルデンテに怒られる将来を見越してわかり易く不安を顔に出した。ユイリーたちの不安を煽りたかったようだが、むしろ自分たちが追い込まれている様子。
ちなみにソギマチが念話を使わないのは、モテゾウの集中力を損なわないため。どの道、後で嫌味を言われるだろうが今は最低限の注意は払っている。
そうこうしているうちに限界を迎えたユイリーが息を切らして地面に手を付いた。直後、火柱は跡形もなく消えてしまった。地面の亀裂すら消えて無くなってしまう。
「真心、どうなってる?」
自分側からはユイリーくらいしか見えないので〝技術〟はモテゾウの様子を問うた。〝真心〟は必死に目だけをチラチラ動かして確認する。
「モテゾウは無事だと思われます、問題ありません」
何をもって問題ないとするのか。──常人ならその判断が誤りである事がわかるほどの悲惨に、ユイリーたちは開いた口が塞がらなくなる。
真っ赤な肉の焼ける臭いと音。
服はボロボロに焦げ落ち、露出した肌はめくれあがり、内部組織がぐちゃぐちゃに溶けて混ざっている。
まず助からないであろう大火傷。
常人ならまもなく死ぬ。その一言に尽きる。
しかし男はアンデッド。
相も変わらず【両断域】の構えを崩さぬまま立ち尽くす。意識の有無はハッキリしないが、焼けただれた肌や朽ちかけた眼、足元に落ちた大量の燃えカスがゆっくりと風に乗って元の位置に戻っていく。アンデッド故の自然回復によって。
「そんな……ここまでやってもこれじゃあ、何をしても……」
「いや、そんな事ないぞ。ユイリー殿」
大火傷から急速回復する男の再生力を見て絶望したユイリーのそばに、腕を組んだピタがやってきて希望を口にした。
「あのサークルを見てみろ。ユイリー殿は集中していて気付かなかったかもしれないが、あれが一瞬狭まったのをワタシはこの目でしかと見た」
「え、本当に!?」
僅か──。本当に僅かではあるが、ピタは円が停滞、縮小する瞬間を見逃さなかった。彼女の持つ素早い情報処理能力と鋭い動体視力が活かされたのだ。
「ああ、間違いない。流石のあの男も、灼熱の中にこもりきりになると集中力を切らしてしまうらしい」
ピタは自然と笑みをこぼした。
この男に対してリベンジしたいと考えていたのは、なにもユイリーだけではない。「さて、どう切り刻んでやろうか」そんな呟きが聞こえた。ピタの頭の中は追い詰めた後のことでいっぱいだ。
集中力が途切れれば円は止まり小さくなる。それがわかっただけでも大きな進歩だと、ユイリーは自分自身を褒めて気合いを入れ直す。ここからが正念場だ。
「ユイリー殿。この作戦ならヤツを止められるかもしれん。次は全力のをお見舞してやれ」
「うん! 完全詠唱でいくよ!」
「ああ頼んだぞ。がんばれ」
「……。」
「……。」
沈黙。横並びのふたりの間に生暖かい風が吹き、互いの頬をなでる。その空気に耐えきれなくなったユイリーが問いかけた。
「あー、えーっと、ピタちゃん。門の開閉スイッチ分かる? 押してきてほしいのだけど」
「さっきトメに教えてもらったが……なぜだ?」
ピタは片眉を上げて聞き返す。
「もしヒマだったら開けて欲しいかなって……私の魔法でも、さすがに時間稼ぎが限界だろうし」
いくら自分の全力をぶつけたとしても、モテゾウの回復力と不死性の前では倒しきる事は不可能であるとユイリーは判断した。故に、まずは門を開放して相手の思惑を阻止する狙いに切り替えたのだ。街にいるヒトたちに危険を知らせると同時に、誰かが助けに来てくれるのでないかという──淡い期待を込めて。
「ん、そうか」
かるーく返事をしたピタはサークルを意識しながら大外回りに防壁門へと走り出した。ユイリーの考えをイマイチ理解していないのか、足取りはやや重い。男が倒せないことと門を開けることの意味がイコールで結びついていないようだ。
「内と外、同時に動かさないと開かないからねー!」
「平気だ! その辺は抜かりなくやる! ユイリー殿は自分の事だけに集中してくれ!」
「う、うん、わかったー」
──本当に平気かな?
と思いながらもユイリーは詠唱に取り掛かるための気持ちを作り始めた。深呼吸による精神統一をはかる。
「トメ! 門を開けたい! 内側に呼び掛けを頼めるかっ」
「了解しましたわっ」
門にたどり着いたピタがトメを介して内側と協力しようと動き出した頃、その詠唱は始まった。




