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第六十二話 傾いた武士はやる気を失う


 ---別視点---

 ──第三防壁門──

 

 


 モテゾウは少女を警戒する。左足を下げ、腰を落とし、鞘を背中に回して柄を握る。

 

 そんな警戒を意にも返さず、魔法士見習いは、妹の友だちに話し掛ける兄のような口調で少女たちに尋ねた。

 

 「えっと、ピタちゃんとトメ・ハッシュ……ドメスティックバイオレンスちゃんだっけ?」

 「トメいいですわ!」

 

 あと少し間違っています! と付け加えながらトメは遠くから訂正した。

 

 「勇者は一緒じゃねェのか?」

 「コータローでしたら先ほど、謎の光りの方へと向かいましたわ」

 

 勇者とは入れ違いになってしまったようだが、向かってくれているなら問題ない。ユイリー、もとい彼女はそう納得する。

 

 「それよりユイリー殿、前と比べてだいぶ印象が変わったように思えるのだが……本当にユイリー殿か?」

 

 当たり前の違和感をピタはつつく。

 

 容姿が変わった訳じゃない。ただ、立ち姿や口調がどうにも男っぽいのだ。それに現れた地点からしても怪しい。ナゼ街とは反対の、敵の多くいる方角からやって来たのか。眼前の敵に物怖じしないのはどうしてか。コータローを気にする理由は何か。

 一度怪しむとキリがないほどユイリーに対し疑問が湧く。

 

 ユイリー殿のフリをしたニセモノなのではないか──。そんなことを思わずにはいられない。

 

 「そうだな……もう必要ねェか」

 

 男勝りな少女は特に弁明もせず、ひとりでに納得するとそのまま目を閉じた。数秒、間があって、次に目を開くと少女はいつもの少女に戻っていた。

 

 「あ、あれ? ワタシ何でこんな所に?」

 「ユイリー?」

 「大丈夫かユイリー殿」

 「あ、えっと、はい。たまに記憶が変になることがあって、その──」

 

 ユイリーは目をキョロキョロさせ慌てふためいている。まるで、自分がどうしてここに立っているのか一切の記憶が無い状態だった。

 

 そこに容赦ない一閃が飛ぶ。無駄のないモテゾウの居合い切り。

 

 ギンっ──!

 

 首を狙った鋭い一閃はトップスピードで肉薄するピタが弾き返した。手持ちはダガーにすり替わっている。本気の装いだ。

 

 「ユイリー殿! 今は目の前の敵に集中しろ。考え事なら後にした方がいい」

 「は、はい! ありがとうございます」

 「トメっ! 援護を頼む!」

 「勿論ですわ! スピードアップエンチャント!」

 

 防壁の上に立つトメは既に詠唱を終えていて、ピタの長所であるスピードを強化する魔法をかけた。

 ピタの瞳から追いかけるような青い光が漏れ始めた。それは強化状態を意味する。

 

 普段の最高速度の二割増し。

 息つく暇もない連撃殺法。

 もはや常人にダガーの動きを見切ることはかなわない。後に残るのは、青いふたつの閃光のみ。

 

 だが、そこに食らいつくのが二人のソギマチ──〝真心〟〝技術〟。ピタと同じスピード型の戦闘スタイルが特徴の彼女たちなら応戦するのも朝飯前。しかし、圧倒できないことに猫又二人はやきもきしていた。

 

 ユイリーの目の前でひとつ上の攻防が繰り広げられている。トメは次の詠唱に入る。

 

 「すごい……。あの二人にスピードで上回ってる。でも、二対一じゃ押し切れない」

 

 今すぐ加勢してあげたい。でも、佇むだけの老剣士がなんだか怖くて目が離せない。加勢した途端、男にそこを狙われたらたまったものじゃない。それが原因でトメとピタを危険に晒してしまう事だけは、絶対に避けなければならない。

 今はあの男に隙を与えないように目を光らせるのが私の役目。ピタならあのコンビに勝てると信じて待つ。


 ユイリーが本腰を入れて注目し出すと、モテゾウは脇目も振らず意外な行動にでた。

 

 姿勢を正してカタナを鞘に納める。そしてそのままなに事も無かったかのように踵を返し、その場から一歩二歩と離れていった。


 戦いを放棄するような異質な行動に、逆に警戒心を強めたユイリー。だが、男から気迫のようなものを感じとれず首を傾げるしかない。

 

 「モテゾウ、やらないの?」

 

 敵の目から見ても戦意の喪失は確かなようだ。

 

 「……どうも興が削がれてしまってな。次の軍到着まで、ヒヨコの仕分けはお前たちに任せる」

 「「あいわかりした」」

 

 その言葉を聞いてユイリーは本当に少しだけ肩の力を抜くことができた。

 

 ──良かった、これであの子たちだけに集中できる。理由は分からないけど、これはチャンスだ!

 

 杖を天高く掲げ、降級魔法(ランクダウンマジック)を叫ぶ。

 

 「降り注ぐ太陽は悪事を裁くっ──光の雨(ライトシャワー)!」

 

 広範囲に光の雨が降り注ぐ。ピタも巻き込む形になってしまったが、ランクの低い聖属性魔法のためダメージは皆無。だが聖属性が弱点のソギマチたちには地味に効く絶妙な魔法(バランス)

 

 ダメージは微々たるものであるにも関わらず、ソギマチらは反射的に回避行動にでる。〝技術〟はそのセンスを活かし器用に避けてみせたが〝真心〟はワンテンポ遅れたことがあだとなって、光の雨をほぼ全身に食らった。

 

 「おぉ、すごい刺さってる。サボテン!」

 「これぞまさに針のむしろ……なかなかやりますね」

 

 サボテンになった真心に意識が逸れた二人を、背後から『ワタシを忘れるな』とピタが強襲に掛かるが、少女たちはこれを冷静に防ぐ。そして再び自分たちのペースへと持ち込んだ。

 

 戦闘に関して、ソギマチのコンビネーションはほぼ完璧だった。スピードではピタに劣る二人だが器用さでは〝技術〟が勝り、カバーリングでは〝真心〟に軍配が上がる。互いの隙を長所で補うことによりそのバランスは保たれている。故にピタはトメからの補助とユイリーからの援護を受けているにも関わらず、攻めあぐねていた。

 

 だがしかし、ソギマチらにもひとつ欠点がある──。

 野生の勘を持つ〝聡明〟と経験をつかさどる〝知識〟の側面が不足しているソギマチらには、連携に大きな“穴”があった。このまま膠着状態が続けば、その“穴”はいずれバレる。自分たちがジリ貧である事におそらくソギマチたちも気付いているだろう。

 しかしそれでもモテゾウは戦意を失い、穴を埋めるメンバーも足りていない。そして、アイディアの一つも浮かばない状況が続いていて──。トメはその事に気付いた。

 

 「ピタ! そのまま押し切りなさいッ!」

 

 門上の声援に応えるように、ピタが徐々に二人を押し始めた。爪二十本の相手にダガー、一本のピタが猛攻に出ている。

 

 「よし、いけますわ!」

 「どうした、そんなものか貴様ら」

 

 押し切れると確信するトメとピタ。だが、打つ手の無いはずの猫ミミ少女たちは不敵に笑みを浮かべ、黙ってただただ尖った爪を振り下ろす──。

 

 最初にその違和感に気付いたのは次なる援護射撃のタイミングを見計らっていたユイリーだった。追い詰められているハズのなのに必死に攻めず、この笑顔。不死身だから? いや、これは、裏がある。

 

 ──そういえば、さっきの男の人は……。

 

 

 パンッ──!

 

 

 小さな破裂音。

 その直後、ユイリーの足元にコテンと何か軽い物が当たった。──石だ。ただの石ころがキレイな切断をこちらに向けて転がっている。

 

 そのまま視線を上げて、思わず声が出た。

 

 「……え」

 

 老剣士が立っている。カタナを握りしめて。自分の領域(サークル)を広げるように男が立っている。

 

 彼女はすぐに理解した。

 

 あれは、あの構えは。


 目に見えるあの白いサークルは前にも見た事がある。


 あれは──〖両断域〗だ。

 

 飛び退いてサークルに足を踏み入れる二人のソギマチ。それのあとを追従し飛び込む短剣士(ピタ)

 

 ピタはサークルの存在に気付いていない。そこに入れば小さな身体がいとも容易く切断されてしまうというのに。

 助けようにも詠唱を唱えていては間に合わない。故に、叫ぶ──。

 

 「ピタちゃん!! そこから離れてぇぇ!!」

 

 突然の怒号にピタが振り向くがそこは既に円内。ユイリーに説明を求むような視線を送るが、今度は後ろから風切り音が二回響いた。

 

 咄嗟に背後を振り返ろうとするピタ。しかし、それは叶わず──。

 

 「エスケーパス!」

 

 トメの詠唱と共に足元からつむじ風が巻き起こり、その身体は後方へと飛ばされた。勢いでゴロゴロと地面を転がるピタ。それを見てトメはホッと胸を撫で下ろす。

 

 「予め詠唱しておいて、良かったですわ……」

 

 トメが準備していた詠唱は緊急離脱用の風魔法だった。深追いするピタの性格を知っていたからこそ、その魔法は最大限の効果を発揮したといえる。

 

 「何するんだトメぇ! ワタシじゃ無かったらホネ折れてるぞ!」

 

 まるで状況を理解してないピタにトメは呆れたように告げる。

 

 「アナタねぇ……。敵が攻めてこないことを不自然に思わなかったの? 見なさいっ、目の前の少女たちの姿を」

 

 ピタは倒れたままソギマチたちの姿を見て眉を大きく吊りあげた。

 

 分身ではなく強引に、物理的に。

 少女たちの身体は歪んだ形に分断されていたのだ。

 

 「にゃははは。おしいあと少しだったのに。二回目だとさすがにバレちゃうか」

 「残念でなりませんね。動かなければ、楽に死ねたかもしれないのに」

 

 と、首を切断された〝技術〟と左腕を切断された〝真心〟が思い思いの感想をつける。

 

 【両断域(りょうだんいき)】──。

 

 その技は至ってシンプル。

 モテゾウが造るサークルに入ったモノは、何であろうと一刀切断される絶対空間。本人の集中力次第で幾らでも範囲が広がってしまうその能力は、ひとたびその空間に足を踏み入れた者を等しく両断するまで、目にも止まらぬ斬撃が続く。

 対抗手段はなく、ほぼ全ての魔法すら無効化する最強の領域(まあい)。それが両断域。

 

 あのかなみですら真っ二つにした絶技でもあり、トメ、ピタ、ユイリーの三人が目の当たりにするのは、これが二度目である。

 

 「あのサークルが仕掛けられていたのか……」

 

 ピタは軽率だった自分の行動を反省し、トメにお礼を述べた。その上でさらにスピードエンチャントをかけてもらえないかお願いしてみたところ、それは危険すぎると軽く怒られた。

 

 「ピタちゃん下がって。ここはワタシが行きます。絶対に止めてみせるから」

 

 対策を練るピタの前に杖を構えたユイリーが現れる。

 

 「ユイリー殿……? 何をする気だ」

 「この前の、リベンジをさせてもらいます!」

 

 少女は杖先を相手に向け、決意をその目に宿らせた。前に失敗したあの魔法の続きを始めるために。

 

 

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