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第六十一話 緑の絨毯


 ---珖代視点---

 


 

 (ピヨスク)の上で突っ切る風は異常なほど冷たかった。

 

 天気は曇りのうちもうすぐ雨。ピヨスクの羽根もゴワゴワとしてきた。ここまで崩れる天気は久しぶりな気がする。


 日照りの影響で土が乾燥しやすいこの地域にも、年に数回雨が降る。その雨に歓喜するヒトはこの街にはほとんどいない。なぜなら毎回のように滝のような豪雨にみまわれ水害が避けられないからだ。一度降り始めると三日やまないなんて事もざらにある。

 

 ただでさえアルデンテのことで手一杯なのに、水害なんて起きたらたまったもんじゃない。城壁は水害を見越して設計されているが、完成はまだ先らしい。なんだか天にまで急かされている気がしてきて、気持ちばかりがムズムズと前に出る。

 ユールのために戦ってくれている誰かさんを救い出せれば、それで最低限の成果は得られるだろう。ただ一つ、気になることが俺の脳裏に焼き付いて離れない。

 

 別れ際にユキが残したあの言葉。

 あれが本当なら──。

 

 

 

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 「あー、あとそうだ! もーひとつおめェに伝えておきてェことがある」

 

 そろそろ行かせてほしいのだが、一応ユキの話に耳を傾ける。

 

 「おめェを探しに街を出た時によ、馬車で街に入ってく勇者たちとたまたますれ違ってよ」

 「勇者たちと……? いやそんなはずは。まさか、アルデンテが逃げたことを知って──」

 

 ユキの話が本当なら、勇者はアルデンテを今度こそ仕留める為に戻って来たようにしか思えない。

 

 ──復活したこと、いつ気付いたんだ。

 

 「いや、気付いてるようには見えなかったぞ。忘れ物でも取りに来たんじゃねェか?」

 

 それじゃ偶然みたいに聞こえるが、どうなんだろう。

 

 「まあ、なくはないか……」

 

 自分の中の疑問を自己完結する。ありえない話でもないからだ。

 

 「遅かれ早かれ奴らも異変に気付く筈だ。俺の代わりには程遠いがよ……ま、何かあったら勇者を頼れな」

 

 ユキは楽しそうにそう言った。

 それを聞き届けたのちに、俺はピヨスクを走らせユキの元を去ったのだ。

 

 

 

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 浮かび上がった勇者の存在──。

 ユキが見間違えたという線もあるけれど、本当に戻ってきているなら戦力として十分頼りになる。果たして、勇者たちは助けに来てくれるだろうか。

 

 ──まあ、気付いてなくても誰かが教えるだろう。そうなった場合、俺と同じように敵地に向かうハズ。もしくはもう既に動いてるかどっちか。

 

 勇者を待つ選択も最初は考えた。俺ひとりで戦って勝てる相手などいないだろうし。でも待てない。要人を助けるという目的を成し遂げるためには一分一秒が惜しい。それにこの先で行うの(メインミッション)は“救出”と“偵察”。戦ってくれている誰かさんの救出を急ぎつつ、敵情視察をするにはひとりの方がかえって動きやすいと結論付けた。

 

 今のところ、勇者(せんりょく)の出番は必要ない。

 『救出はいち早く、偵察は一人で』が、待つよりベストな選択肢だと思う。とはいえいざ勝負の時が近付いてきてると思うと、尋常じゃないくらい喉が渇く。揺れるピヨスクの上で安心感を求めるように、懐にある硬いモノの感触を確かめる。別に変なモノじゃない。いざと言う時は〘選好の鐘(コレ)〙がある。鐘を鳴らして勇者やみんなを呼べば良いだけのこと。ただそれだけ。

 

 そうこうしているうちに辺りの景色が一変した。代わり映えしないはずの荒野の景色が緑一色になる。

 

 「何が、どうなってんだこれ……」

 

 突然目の前にあらわれた緑の絨毯。

 草原のように広がる絨毯は、果てしない地平線の彼方までびっしり埋め尽くされていた。


 緑の匂いがする。草や花、自然の始まる匂い。……幻覚じゃない。


 見慣れない世界に足を踏み入れ、何度も止まろうとするピヨスクを励ましながら着実に前へと進む。異常な光景に俺まで目がくらみそうだ。

 

 ピヨスクがリラックスして走るのを忘れるほど、心地よい空気感。焦る心が浄化されていく──。ふと、目的を思い出してピヨスクを走らせる。あぶないあぶない。

 

 全貌が見えてきて、ますます混乱した。

 

 ──庭だ。荒野の真ん中に。

 

 ベルサイユ宮殿の庭園を彷彿とさせるような広大で均整が取れた美しい庭が広がっている。中央にスっと通る細い道をピヨスクに走らせるが、あまりに気になりすぎるので少し減速させた。

 

 傍で止まって、緑の絨毯の正体がようやく分かった。

 これは草や花じゃない。草や花に巻き取られた屍の群れだ。

 それも千体二千体じゃない。最初に見た軍とは比べものにならない規模の屍が緑の衣を身にまとい、シンメトリーな庭園を再現しているのだ。

 

 アンデッドたちは綺麗に整列した状態のまま動ごかない。全身に生えた草花に自由を奪われて動けないでいるみたいだった。

 

 「こんな事が出来る人間はひとりしか知らない──」

 

 そう口にした瞬間、頭上を何かに覆われた。

 慌てて目を瞑るが衝撃と共に後方に投げ出される感覚に襲われる。

 

 背中からだんだん痛みが広がり始めて、目を開く。

 地面の上だ。目の前には曇天が広がっている。

 どうやら俺は、落馬ならぬ落鶏したようだ。

 

 起き上がろうにも何かが重しになって動けない。

 視界の端でモゾモゾっと何かが動く。ぶつかって来た痛みの正体は俺の胸の中にいた。

 

 「か、かなみちゃん……!?」

 

 噂をすれば……というか、する直前で現れたのはチート少女(かなみちゃん)

 栗色の髪に幼いながらも色気の片鱗を感じさせる顔立ちといえばこの子しかいない。間違えようが無い。

 

 「こう、だい……? やっぱり珖代だ……。よかった……探してたんだよ」

 「かなみちゃん、何があったの?」

 

 かなみちゃんの様子が変だ。

 髪はボサボサ服はボロボロ、おまけに息が荒く視点も定まっていない。ここまで衰弱しきった彼女を見るのは聖剣射出作戦のときに【自己防衛プログラム】を起動したとき以来だ。

 

 「魔力を使い切っちゃっただけだから……心配しないで」

 

 間違いない。ユールの為に戦ってくれていた誰かさんの正体はかなみちゃんだ。この子はたったひとりで魔力を使い切るだけの戦いをしたんだ。

 心配かけたくない気持ちは分かるけど、かなみちゃんの魔力を枯渇させる相手というだけで脅威的なのは明らかだ。

 

 正確に魔力量があとどれだけあるか分からないが、地球と異世界を往復出来るだけの膨大な魔力を持っていることは確かで、命の危機に瀕した際に発動する【非常用魔力】すらも残っていないとすると、相当苦戦を強いられていたのだろう。でなければここまで弱った姿を他人に見せたりはしない。

 

 「よしよし……。かなみがそばに居てあげるから……そんな顔しないで……」

 

 抱きかかえた少女に優しく頭を撫でられた。

 こんな状態でも他人を気遣えるのが実にこの子らしい。いい所ではあるけれど、本音を言えばもっと甘えて欲しい。

 

 触れみて分かる──。色々なモノを背負うには、この背中は小さ過ぎる。

 

 「ごめんね……。かなみちゃんばかり辛い目を押し付けて」

 「ううん。好きでやってることだから、別にいいよ」

 

 この子ならそう言うと思っていた。この年で誰かに甘えられないのは環境のせいか──。もしくは単に苦手なのか。どちらにせよ帰ったらたっぷり甘えさせてあげよう。今は何があったか聞かなくては。

 

 「これは、かなみちゃんがやったのかい?」

 「うん……。動けないように種を撒いて、魔力で根を張らせて絡ませたの。でも……だいぶ取り逃しちゃった。だから、早くユールに行かないと」

 

 魔力の枯渇は貧血や熱中症の症状に似ているらしい。意識を保つことすらやっとの筈なのに、無理にでも立ち上がろうとする彼女をとにかく落ち着かせる。

 

 「大丈夫。それはもうやっつけたから」

 「……ホントに?」

 

 俺はゆっくりと顎を引いた。

 およそ一万の軍勢はユキが一撃で消したので間違っていない。

 かなみちゃんの身体から余計に入っていた力が抜けていくのが分かる。安心したのか、瞼がゆっくりと落ちていく。

 

 「かなみちゃん、もうひとつ教えて。敵はアルデンテだけじゃないよね?」

 

 アンデッドを見れば、アルデンテがそこに居たことは分かる。問題はその他、脅威的存在。一対一でかなみちゃんに勝る者は居なくても、実力者が集まればどうなるか分からない。

 

 ──居たはずだ。他にも数名の敵が。

 

 少女は深く息を吸ってゆっくりと口を開いた。霞むような声に、すかさず俺は耳を傾ける。

 

 「アルデンテの他に……五賜卿が、もう一人いる。それに、あの人も……たぶん、敵」

 「あの人?」

 「絶対に、一人で戦っ、ちゃ……ダメ……だよ……」

 

 だらりと滑り落ちる少女の手を取って脈を確かめる。うん、問題はない。その後、ピヨスクに少女を預けて、先に街に戻るように指示した。

 

 一人で歩いて行く旨を伝えると、ピヨスクは悲しそうに鳴いた。でも仕方ない。あの人が誰なのかを確かめるまでは帰れない。かなみちゃんの口ぶりからして俺の知り合いで間違いない。

 

 「ピヨスク、かなみちゃんをよろしく頼む」

 「……キェェ」

 

 心配して鳴くピヨスクに別れを告げ歩き出すと、後方から砂煙を上げて何かが走って来た。

 

 立ち止まり振り返る。

 あの牛のようなシルエットには見覚えがある。

 

 「フゴフゴオォ!」

 

 半魔(ハーフ)牛の猪威猪威(チョイチョイ)だ。

 

 「チョイチョイ。ユキと一緒じゃ無かったのか?」

 「フゴフゴ」

 「良いから乗れって? 悪いけど俺は、まだ──」

 「フッ……フゴ」

 

 ちょこちょこと俺にカラダをぶつけ『ずべこべ言わず乗れ!』と指示してくる。

 チョイチョイはイノシシ寄りの闘牛によく似ている。デカいし黒いし気性も荒い。でもヒトの言葉が理解できる賢さは持っている。なのになぜ頑なに俺を乗せようとするのか……。

 

 「もしかして、ついてきてくれるのか?」

 「フゴフゴ! フゴ」

 「ユキに頼まれたからそうする? なんだ、それならそうと言ってくれよ」

 

 チョイチョイはユイリーちゃんに懐いていて、ユイリーちゃんの言うことならよく聞く。それはユキに対しても同じようだ。

 俺のことはむしろ毛嫌いしている節のあるチョイチョイだが、頼まれたから仕方なくきてくれたんだそうだ。

 

 ──にしてもユキのお節介は留まることを知らないな。と言うか、俺がかなみちゃんを助けた上で一人で行くことを見越して呼んだのが驚きでしかない……。

 

 「分かった。先を急ぐぞチョイチョイ。全速力だ」

 「フゴフゴォ!」

 

 『言われなくてもわかってらァ!』の勢いでピヨスクは急速発進。振り落とされないようにしっかりと抱きつく。

 

 全身で風を切る感覚が湿った空気とゴワゴワの毛並みに邪魔される。もうすぐ雨が降りそうだ。

 

 

 

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