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第六十話 ヒカリの余波


 

 気圧が低くなり、不気味なほど冷たい風が流れ込んでくる。

 雨が降りそうで降らない空模様が待ち人たちの心を焦らそうとうねりをあげる──。

 

 第三防壁門。ここにも三人の待ち人がいる。


 

 ──(モテゾウー下から見えてるー?)

 ──(無論だ。(それがし)はダチョウより目がいい)

 ──(ダチョウって目がいいんだ……)


 

 門の前で仁王立ちをする男と、物見櫓で窓辺にもたれかかり頬杖する少女が暇そうに念話をする。

 二人を見ながら〝真心〟のソギマチは息を漏らす。


 

 ──(しかし、予定ならもう着いてるハズですけど……ずいぶんと遅いですね。あの兵士たち)


 

 三人が到着を待っているのは総勢一万のアンデッド軍。骨と剣、そして最低限の鎧しか与えられていないアルデンテの私兵たちだ。

 到着し次第、門を開ける予定となっているのだが、肉眼では未だに豆粒程度の大きさも確認できない。とは言え三人は、焦燥している雰囲気を感じさせることもなく、退屈そうに呑気にただ待っていた。

 

 (かたぶ)いたファッションの武士、鷲羽(ワシュウ)茂蔵(モテゾウ)は兵士たちが遅れている理由について冷静に述べる。


 

 ──(生前の頃の感覚で、感じない筈の暑さや疲労に囚われているのだろう。これだから不完全なアンデッド共は……。ヒヨコでももう少し頑張るぞ)

 ──(それ半分、アルデンテ様ディスってません?)

 ──(……気のせいだ)

 ──(モテゾウ、誤魔化しヘタだなー)


 

 腕を組み直す若干の間を見て、ソギマチは嘘だと決めつけた。それが癇に障ったのか男は反論する。


 

 ──(〝欺瞞〟のソギマチには言われてたくないがな)

 ──(ぎまん……? ぎまんてなに?? ねぇ、ねぇ!)


 

 欺瞞だか技術だかのソギマチは怒ったように(やぐら)から身を乗り出して聞き返すが、言えばまた面倒な事になると分かっているモテゾウは完全に無視を決め込んだ。あと〝真心〟も意味は分かっていない。

 

 そんな他愛ない屍兵念話(デットーク)をする三人を見下ろすように、城壁門の上──建設中の見張り台の上には別の三人組が少し前から様子を伺っていた。

 ひとりは男、他二人は女。男女比はソギマチたちと同じだが全くの別人──。鎧を着込んだ金髪の青年は双眼鏡から目を離し、傍にいた高貴で品のありそうな少女にそれを渡した。

 

 「少しの間だけ、ここを二人に任せてもいいかな」

 「まさか、アノ軍隊をひとりで止める気でして? 無茶はいけないわ」

 「どうしても行くというのなら、私たちもついて行くぞ。じゃなきゃ許さないからなコータロー」

 

 心配そうに詰め寄る少女たちに向かって、青年は首を横に振った。

 

 「大丈夫。僕ひとりってことはないよ、たぶん。彼は──喜久嶺さんたちはあんな危険をみすみす見逃したりはしない。きっとあの侵攻を止めるために何か起こすはず」

 「ならコータローが行く必要も無いのではなくって? あの数に立ち向かおうだなんて、危険すぎるわ」

 「このくらいで怖気付いてたら“勇者”なんて名乗れないよ」

 

 覚悟のこもった爽やかな笑顔をつくる水戸(みと)(こう)たろうの横顔を見覗き込みながら、ハーキサス家のご令嬢は不安でいっぱいになった。

 

 「コータロー……」

 「わかった。ここは私たちに任せておけ」

 「ちょっとピタ?! 何を言ってるの! アナタも止めてくれなくちゃ」

 

 トメ・ハーキサスより頭一つ分小さいドワーフ族のピタが快諾すると、トメはどうして止めないのか詰め寄ろうとする。しかし両肩を洸たろうに抱かれ、驚きのあまり声が出なくなってしまった。

 

 「トメ、俺を信じてくれ」

 「ず、ずるいですわ……」

 

 切れ長の美しい目で気持ちよく睨まれたら何も言い返せなくなる。それを分かってて言うのだからずるい。コータローはずるい。……でも、たまに強引な所は悪くない。

 自分の顔がだんだん熱くなるのを感じ、トメは目を逸らした。

 

 「それじゃ僕は、馬を借りてくるから二人はあの三人を……」

 

 

 言葉がとぎれた。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 

 数秒間。

 

 

 有り得ざる光を見た。

 

 

 怪しく輝くドームを見た。

 

 

 インドラの矢による粛清。

 

 

 その瞬間を、六人は一斉に目撃したのである。

 

 

 

───────────

 

 ──詰め所──

 

 

 

 「町長、準備ができました」

 

 保安兵のひとりがそう呼ぶと、町長は杖を突いて立ち上がり街の中央にあるギルドの三階を間借りして併設された緊急対策室へと向かい歩き出した。

 そこに運悪く横揺れが襲う。

 

 「……お、おっとっと」

 

 そば付きの兵士たちがしっかりと横についていた為、町長は倒れずに済んだ。

 

 「今のは大きかったねぇ」

 

 倒れたランタンを拾いながら言うデネントに、町長は「普段より大きなめまいが来たかと驚きましたよ」とジョークを挟みつつ立ち上がった。

 

 倒れた花瓶が割れている。

 

 二人がその光景に不吉さを感じたのは言うまでもない──。

 

 

 

───────────

 

 ──街中──

 

 

 

 「なあ、今揺れてなかったか?」

 「ん? カタカタって感じのやつか」

 「ねぇ、あんたは感じた?」

 「それより忙しいんだ。どいたどいた」

 

 午前食と午後食が重なるお昼時になると大通りはヒトの行き交いが激しくなる。忙しいヒトにとって地震など些事。立ち止まって商談する者や店で食事をする者たちが、話のタネの一つとして触れる程度でしかなかった。

 

 街に住むほぼ全ての人間が、五賜卿を退けたばかりとあって楽観視している。この揺れが、次なる悲劇を孕んでいるなどと到底思いもしないで。

 

 「……地震……?」

 

 れいザらス店長、中島茂茂(しげしげ)は“ほぼ”に含まれない例外の一人──。

 おもちゃ屋 (おもちゃメインのほぼ雑貨屋)で店長として働く白髪まじりの中年男性、中島。彼は重い木箱を二つ抱えたまま立ち止まり空を見上げていた。

 

 「なにボケーッとしてるんですか店長」

 

 同じように木箱を抱えた定員が後ろにつっかえているようで、ジトっとした目を中島に向けている。にも関わらず中島は平気な顔して質問する。

 

 「今、地震ありませんでした?」

 「さあ、それより今日はあの店三人で回さなきゃいけないんですから急いでください」

 

 中島は話半分に雲を見つめながら物思いにふける。

 

 ──喜久嶺さんもかなみちゃんもきっと見つかります。だから皆さん、無茶だけはしないでくださいね……。

 

 「ちょっと、店長! 休んでる暇ないですよ!」

 

 れいザらスは行方不明の珖代とかなみの捜索を最優先している為、おもちゃ屋は人手が足らず大忙し。それを知って休日出勤を申し出た中島だったが、時々立ち止まってはこのように物思いにふけるのだった。

 

 「ちょっと、店長ってばぁ!」

 

 部下は苦労する。

 

 

 

───────────

 

 

 

 街の郊外にある綺麗に並んだ二つの墓石。

 お供え物をする習慣のない地域にも関わらずその墓には多くの果物や花が添えられている。中でも異質だった二つの剣は既に勇者のモノとなり、あのサングラス(・・・・・・・)はどこかに消えていた。

 

 枯れるだけだった献花に恵みの雨粒が染み込んだ──。

 

 

 

───────────

 

 ──第二防壁門──

 

 

 

 門はあっという間に奪還できた。

 

 応答のなかった保安兵たちに意識は無かったものの無事に保護され、犯人たちもお縄についた。

 

 「ほらよ。これで全員だ」

 「すごいな……。これ全部アンデッドか」

 

 リズニアや冒険者たちの手により奪還に成功した第二防壁門は、一時的に開門され気絶した兵の保護や犯人とおぼしきアンデッドたちが次々と中の保安兵へと引き渡されていった。

 

 アンデッドたちは抵抗出来ないように五体一組でまとめられている。縄数にして六、およそ三十体ほどだ。

 

 「ところであの少女は?」

 「リズさんなら、デッケェ光の方に走って行ったよ」

 「デカい光?」

 

 保安兵が眉間にシワを寄せると別の冒険者が身振りを交えながら説明し始めた。

 

 「なんつーだろなぁ。こう、底の深いナベをひっくり返したみたいな」

 「あーそれだ。そんな形のどデケェ光が、遠くの方で長いこと光ってたんだ」

 

 冒険者たちの話によるとリズニアは

 「ちょっと見てきますですっ! 先に帰っててください!」

 と、キラキラと目を輝かせながらそう言い残しその場を去って行ったと言う。

 珖代であれば好奇心の塊みたいな少女は止めても無駄だと分かるが、勿論そんな事を知らない保安兵にはその判断が不安にしか思えなかった。

 

 「一人で行かせて大丈夫なのか?」

 「問題ない」

 「ないね」

 「ないない」

 

 リズと共に戦った冒険者たちは同意見とばかりに口を開き、皆一様に何度も頷いた。

 それもそのはず──、

 

 「──なんせリズさんは、ここにいるアンデッドをほぼ一人で片付けた天才剣士さまなんだぜ?」

 「震えたぜ……あの剣さばき」

 「オレ、後でサイン貰おうかな」

 「お、いいね俺も」

 「んじゃ、みんなでお願いしようぜ!」

 「だな!」

 

 リズニアの圧倒的な戦闘力に冒険者は魅力されていた。

 そして、それと同じ現象が第四防壁門でも起こっていた──。

 

 

 

────────────

 

 ──第三防壁門──

 

 

 

 「ライトニング!!」

 

 突如。

 足場が眩い閃光に撃たれ、木で出来た物見櫓が、いとも簡単に崩れ去った。

 

 左右の(やぐら)が同時に崩れると、二匹の猫又少女がそれぞれの櫓から降ってくる。

 二人は軽い身のこなしでくるりと着地。息の合った動きでさきほど聞こえた声の方を振り返る。

 

 「誰だ!」

 

 と、ソギマチ(技術)が叫ぶ。

 その声が向かう先──、固く閉ざされた防壁門の真上には小さな影が一つ佇んでいる。

 

 「下だ、ソギマチ!」

 

 それとは別の気配に気付いたモテゾウが崩れた木材の中に潜む影を見つけた。これで二つ。

 その影は角材を吹き飛ばしながらニヤリと笑った。両手にギラりと光る大剣を握りしめて。

 どうやらライトニングで壊された櫓は片方だけで、もうひとつはその大剣ごと落ちてきた少女に壊されていたらしい。

 

 「久しぶりだな五賜卿の部下ども」

 「お前はあの時の……!」

 

 〝技術〟のソギマチの前に現れたのは勇者の仲間ピタ。自分の身長の二倍はある大剣を振り回していたが、適正武器は短剣(ダガー)。もちろん持参してきている。

 

 「ワタクシも居ますわよ」

 

 かなみに作って貰った白い魔導書(スペルブック)を広げ、ハーキサス家の令嬢にして天才魔法士のトメ・ハッシュプロ・ンドラフィス・ハーキサス・ドメスティックは天から四人を見下ろす。雷と聖属性の二種混成魔法ライトニングを放ったのはこの巻き髪少女だった。

 

 「なるほど。ソギマチの同胞を(ほふ)ったのはあなたたちですか」

 

 タイミングを見計らって登場した二人に対してそう推測する〝真心〟のソギマチであったが、もちろんトメたちには光のドームになんの覚えもない。たまたま隙が生まれたから仕掛けただけだ。

 

 「ワタクシたちは何も知りませんわ」

 「主らで無いなら誰の仕業だ」

 

 ユール側の作戦でなければアンデッド軍がそう簡単に消滅するはずが無いと踏んでいるモテゾウは『とぼけるな』と言う意味合いをもって伝えたかったのだろう。しかし、その答えはあっさりと返って来た。

 

 「あぁ? あれをやったのは俺だよ」

 

 至近距離──。それも背後から聞こえる声に男の背筋が凍った。咄嗟に反転し、距離をとり姿勢を低く保つ。

 

 ──なんだ子奴は……いつからそこにいた。

 この尋常ならざる気配は一体っ……!

 

 「お主っ、何者だ」

 

 あからさまな警戒を見せるモテゾウはカタナに手を掛ける。だが、予想だに出来ない事態が起きていた。

 

 ──ぬ。鴨葱(かもねぎ)が抜けん。怯えている? ……否、(それがし)の手が震えている。

 莫迦な。ありえん。

 これだけ隙だらけだと言うに、何故震える必要がある……。何故斬れぬと考える!

 

 「ユイリーさん?」

 「ユイリー殿! 応援に駆け付けてくれたのか!」

 

 見つけるや否や名前を叫ぶトメそしてピタ。〝技術〟がその名を思い出したように口を開く。

 

 「モテゾウ、この子も前に戦った子だよ。覚えない?」

 「そんなはずあるものか。これほど殺気を忘れる筈がない……」

 

 ──確かに容姿にはなんとなく見覚えがあるような気がしないでもないが……。能ある鷹は爪を隠すとでもいうのか……? これではまるで……。

 

 目の前にいるユイリーという少女の中身が『完全に別人ではないか』と男は悟った。

 

 

 

───────────

 

 ──第一防壁門──

 

 

 

 人や物流のために常に開放されているその門を、颯爽と通り抜ける一陣の風。

 

 異色とも呼べるその風は、保安兵(もんばん)たちを釘付けにした。

 

 「お、おい、今の見たか?」

 「ああ、見たよ。乗ってたな勇者が」

 

 信じられないと騒いでいたのは門番ばかりでは無い。今まさに入ろうとした者、出ようとする者の目にも奇妙な光景として映った。

 

 「馬が馬車を引くなら分かる。でも、馬が直接ヒトを乗せて走るなんて初めてみたぞ」

 

 馬車という発想はあっても乗馬という発想はこの地域に根づいていない。見慣れないモノは不思議に映った。


 洸たろうは馬を走らせユールを出る。鞍も手網もない馬を巧みに走らせ目指す先は、アンデッドを根絶させた例の光の跡地。

 

 「でもオレ、もっとおかしなやつを見たことがあるぞ」

 「おかしなやつ?」

 「たまに見るんだ。いつも遠くて顔までは見えないんだが……ランドリーチキンの背中に乗って走ってるヤツ」

 「おいおい、ランドリーチキンは半魔だぞ? 馬よりもありえないって。勘違いじゃないか?」

 「いやいや、ホントだって!」

 「ハハハッ。どうせ気のせいだって」

 

 保安兵たちはユールに迫る危機を知らずに思い思いの談笑をして過ごすのであった。

 

 

 

───────────

 

 

 

 半魔(ランドリーチキン)は珖代を背中に乗せ、果ての無い荒野を征く。

 目指すべき場所に死の匂いを感じながら──。

 

 「ピヨスク、全速力だ!」

 「キェェェェェェェ!!!!」


 

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