イェンスとルジェーナ
ヴェルテード王国に新しい国王が即位して三年の月日が流れた。
ヴェルテード王国の王都の一つ、ルッテンベルクでは、今日、新たな命が一つ誕生した。
「……この子は、ルーナにそっくりね」
「でしょう? でもほら、髪の色はコンラートにそっくり」
「娘がこんなに早く嫁いで、孫ができるなんて……思わなかったな。なんだか一気に年を取った気分」
「もう、お母さんったら何言ってるの。十九で子どもがいるなんて、そんなに珍しくないじゃない」
「あなたは二十三の時の子どもよ。まったく……もうちょっとのんびりしても良かったのに。まあいいわ。……そろそろ、イェンスを呼んでこなくちゃ。孫の顔を見るのを首を長くして待ってるから」
前国王リシャルト・エノテラ・ヴェルテードは、息子に位を譲り渡し、王都のはずれにある城で優雅な余生を送っている。
リシャルト前国王は、非常に賢君として名高かった。王位継承の際に、弟と血なまぐさい抗争があったことを差し引いても、誰もが尊敬し、憧れるような王であった。誰もが彼の退位を惜しんだが、彼は自分の父が亡くなった時と同じ歳になったことを理由に、退位を決めたのだった。
彼の二十年間の治世で、ヴェルテード王国はめまぐるしく変化した。
まず、ヴェルテード王国に眠っていた地下通路が公開され、そこには鉄道が通り、王都の外れでその鉄道は地上へと合流し、王都の外へも簡単に出られるようになった。
町を照らしていたガス灯はすべて電灯へと切り替えられ、ラジオ放送が始まった。
ヴェルテード王国軍の装備には遠距離を的確に狙える狙撃銃が加わった。普段の警備の時にも小型銃を持つようになった。
剣の家と名高いヴェーダ家が、初代国王から授かったその剣を王家に返還したことも国内を騒がせた。エドガールおよびイェンス・ヴェーダは、リシャルト国王へ忠誠を誓ったが、これからは王以上に民のために尽くす家になると宣言した。それを受けて、アルナウト・ミルの娘であるシルヴィア・ミルもまた、盾を返還した。
こうして、ヴェルテード王国を支えてきた盾の家と剣の家の歴史は、一度幕を閉じた。
「イェンス、生まれたよ」
淡い紫色の髪の女性がそういうと、金髪の男性は意気込んで尋ねた。
「男か? 女か?」
「元気な男の子。下の二人がこれから上級学校に行くっていうのに、もう孫がいるなんて……」
嘆くルジェーナをよそに、イェンスは男か……それなら名前は……などとつぶやいていた。ルジェーナはため息をついて、イェンスの腕をつかむ。
「名前はあの子たちが決めるの。私たちはただ報告を待つだけだよ」
「もう会えるのか?」
「会えるよ。会いたい?」
「もちろん!」
イェンスはそういうと、ルジェーナの頬に一度素早くキスをした。
「無事に生まれてよかった……。アルバートとユリアナの時は難産で、お前が死ぬんじゃないかと思ったのが記憶に残ってたからな」
ルジェーナとシルヴィアの両親、アルナウトとユリアの名前をとって名付けられた双子は、すでに十五歳になり、今年の夏からは上級学校への進学を控えていた。
「ふふ。でもこうやって生きてるでしょ」
リシャルトは軍にも大きな改革を施した。彼が軍に所属していたこともあり、軍における階級制度を見直したのだ。
まず貴族と平民による進級の差をなくし、実力勝負でのし上がれるように整えた。これは幸か不幸か、貴族出身かつ権威主義の軍人のほとんどがルカーシュについていて、上層部がほぼ壊滅状態だったことが実現につながった。
そんな中でも、実力で位を得たエドガール・ヴェーダおよびイェンス・ヴェーダは、剣を返還してもなお、民の中で人気の高い軍人の中の一人だった。エドガールはもう引退し、士官学校で教鞭をとっている。
激動の王国の中で、彼を支えたのはリシャルトの妹かつ、セネヴィル侯爵家に嫁いだイザベラ・エノテラ・ヴェルテードだった。
彼女は王籍を抜けた後、侯爵家の力を借りて上級学校を設立。男女共同で、授業をある程度は生徒の裁量で自由に選択できるようにし、生徒の将来の幅を広げることに成功した。
彼女は教育という面で王国の発展に貢献し、また、王城によく顔を出してリシャルトの話し相手になっていたという。
聡明かつ美しい彼女はリク・パユという天才科学者の手伝いもし、ラジオ放送開始にも多大な貢献をした。
彼女があまりにも忙しいので、パーシバル・セネヴィルは軍を止めて侯爵家の運営に専念することにした。それでもなかなか妻との時間が取れず、時折その愚痴をいいにヴェーダ家に現れるという。
「それにしても……ベラが創立者の上級学校に子どもたちを入れるなんて、不思議だな」
「そうだね。でも、別に私たちが望んだってわけじゃないけどね」
「あいつらが選んだからな」
ルジェーナとイェンスの双子の子どもたちは、自ら、ベラの設立した上級学校を自ら選んで受験し、見事合格して入学を決めたのだった。
前王リシャルトは即位一年後に娶った妃以外、妃を持たず、子どもは三人の王子しかいなかった。そして彼は三人の中で次男を選び、彼を王とした。
国民は王位継承権争いの再発を危惧したが、それは杞憂に終わる。長男は王籍を抜けて侯爵家の一人娘に婿入りした。三男は王籍を保持したまま、叔母であるベラの創立した学校に入学した。
このことは公にはされておらず、そのことが発覚するのは三男が卒業してからである。
しかし一部の人間は、ことが公になる前に事情を知る羽目になった。
たとえば、イェンスとルジェーナは、ベラにあらかじめ甥と仲良くしてくれるよう、双子によろしく言ってくれと頼まれた。甥とはいえ王子であるし、国家レベルの機密を漏らされたので二人は困ったが、正直に子どもたちに打ち明けることにした。
また、奇遇にもベラの二人目の子も同い年であり、同じ学校に行くことが決まっていたため、その娘についてもよろしくと言われた。こちらは幼いころから双子とも交流があり、問題はなかった。
「しばらくしたら……お父さんとお母さんに報告しに行くわ」
ルジェーナがそういうと、イェンスは少しだけ悲し気な表情でうなずいた。
ユリアの名誉が回復してから、彼女の墓は無事、ミル家のアルナウトのものと一緒にすることができたのだ。
「俺は……絶対に死なないから」
イェンスは唐突にそう宣言すると、ルジェーナを抱きしめた。ルジェーナはイェンスに抱きしめられながら、そっと彼に身をゆだねる。
「そうだね。私も死ねないよ。何よりも……あの子たちのために」
「ちょっと、お母さんとお父さん!」
「何をやってるの?」
「うわ!」
「え!」
突然現れた双子に、ルジェーナとイェンスは慌てて体を離した。
男女の双子であるというのに、二人はよく似ていた。二人とも中性的できれいな顔立ちで、男とも女とも見える見た目だったからである。
「生まれたの?」
ユリアナがそう尋ねたので、ルジェーナはその言葉にうなずいた。するとアルバートがユリアナの手を引いて言った。
「行くよ。僕たちお邪魔みたいだからね」
「おい! アルバート!」
からかわれたイェンスは、顔を真っ赤にして叫ぶが、双子はクスクスと笑いながら姉とその子どもが待つ部屋へと向かっていく。
ルジェーナは子どもたちに見られたことに少し恥ずかしさを感じながらも、そんな今の幸せをかみしめて、ふっと笑みを漏らした。
「シル……」
イェンスは子どもたちが戻ってこないか注意深く確認した後、そっとルジェーナを抱き寄せた。そして囁く。
「傍にいてくれてありがとう。……これからもよろしく」
「こちらこそ、イェンス」
そして、イェンスとルジェーナは身を寄せたまま、穏やかに微笑み合った。
こうして二人の平穏な日常は続いていくのだ。
【完】
これにてイェンスとルジェーナは完結です。
長い間お付き合いくださりましてありがとうございます。
またいつか、イェンスとルジェーナの子どもたちの物語を書ければ……と思ってはいますが、予定は未定です。
では、願わくば、皆様と他の物語でもお会いできますように。




