表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕とボクの日常攻略  作者: 水無月龍那
課題6:僕とボク、俺と私
34/43

課題6:僕とボク、俺と私 4

「う……」


 ボクは床で寝ていたのでしょうか。

 違う、とすぐに教えてくれたのは痛む頭です。

 触ると、髪に絡みついた何かが手につきました。固くて少し湿ったそれは、赤黒くて鉄のような臭いがして――、ボクの身に起こったことを思い出させてくれました。


 朝。チャイムが鳴ったこと。

 女の子がお兄さんを訪ねてきたこと。

 それから……。


「!」


 慌てて起きあがると、目の前に女の子がいました。

 朝に訪ねてきた、あの子です。床に金色の綺麗な髪を流し、ボクに背を向けて座っています。

 そして。その向こうに居るのは。


「お兄……さん?」

 

 お兄さんは、ドアに凭れるように座って……いえ、気を失っているようでした。

 その身体も床も血だらけで。

 服はあちこち破れていて。いろんな物が刺さっていました。

 

「あれ。目、覚めちゃったの?」


 女の子が振り向きました。琥珀色のきれいな目が、瞬きをしてボクを見ています。


 分からないことが。聞きたいことが。たくさん溢れてきます。

 でも、それ以上に、目の前の光景から目が離せません。

 頭が痛くて。頬が熱くて。喉に何かが詰まって。苦しくて。考えられなくて。


「どうし……て」


 やっと出た声に返ってきたのは、「なあに?」という不思議そうな声でした。

 てのひらに指がぐっと埋まりそうなくらい。奥歯が音を立てそうなくらい。ボクの中で何かが膨れ上がって、胸が痛いです。


 ボクの目の前で家が壊れていくのは、何度も見てきたはずの光景です。

 なのに、こんなに苦しいのはどうしてでしょう。

 

 本物の座敷童になりたいと。

 お兄さんを幸せにしたいと。

 思ったのに。決めたのに。

 何もできないまま、お兄さんが居なくなってしまうなんて。

 そんなの。嫌です。


「っ!」


 気付いたら、その子をお兄さんの前から引き剥がし、床に叩きつけていました。

 どうしてそれだけの力が出せたのか、動けたのかも分かりません。

 ただただ、胸が苦しくて。辛くて。

 目の前の物を受け入れたくない。

 そんな。単なるワガママのような衝動だったのかもしれません。


 ぽたぽたと落ちる涙が、袖に赤いシミを作っていきます。


「……どうして、お兄さんが……倒れて……っ、刺され、て……るん、ですか!」

「どうして?」

「だって。そんなこと、あるはず……させないって。思って……」

「あるはずない、なんて」


 琥珀色の目が、ボクの眼を覗き込んで言います。


「事実、そうじゃない」

「――っ」


 突きつけられた言葉に喉が詰まった瞬間。

 身体が浮いて、勢いよく吹き飛ばされました。

 壁に叩きつけられた衝撃で呼吸が一瞬止まって。頭の奥がくらくらします。


「残念ね。貴方の“お兄さん”はもう居ないわ」


 立ち上がって服を整えながら、女の子は嬉しそうに笑います。


「……それは」

「本当よ」


 落ちていたガラスの小瓶がひとりでに転がってきて、ボクの前でことん、と立ちました。赤黒く汚れた瓶の底に、同じ色の水滴が揺れています。


「血……?」

「そう。これがうまくいけば、あの身体をテオのものにできる」

「どう、して……?」

「彼には、新しい身体が必要だから」

「……?」

「大事な人なの。物を動かして音を立てる位しかできなかった私を、怖がらずに受け入れてくれた」


 なのに、と視線が動いて。睨むようにお兄さんを見ました。


「あの夜。彼は帰ってこなかった。バラバラになって、暗い路地に散らばってた」

「いったい、何の話……」

「なんとか繋ぎ合わせたけど、それはもう、応急処置を施しただけの容れ物。一度死んだ身体は、時間が経てば劣化する。だからちゃんとした身体をあげなくちゃ。それなら――テオを殺した本人に、責任を取ってもらうのが一番じゃない?」


 何の話をしているのか、全然分かりませんでした。

 でも、ひとつだけ分かることがあります。

 この人は、お兄さんの身体を奪おうとしている。


 ボクも同じようなことをしています。だから、責めることはできません。

 でも。

 ボクは座敷童だから。この家に住んでいる人を。お兄さんを。

 不幸にするような事は絶対にしたくありません。

 

 それなら、ボクはどうすべきなのでしょう。何ができるのでしょう。

 何か。なにか。なにか――……。


「……っ」


 でも、考えるほど何もできないと分かってしまって。

 家の中の悪い物を追い出す力すらないという無力さが、悔しくて。

 自分の中に何か重たい物ががぐらぐらとしてきて――。

 

「――ふうん。変わった力の使い方ね?」


 首を傾げて、その人はぽつりと言いました。


「え……?」


 ぐちゃぐちゃとしていた感情が途端に取り上げられて、ぴたりと止まりました。


「えっと。座敷童、だっけ? 貴女、そうなんでしょ?」

「……」

「あの吸血鬼が言ってたわ。人間じゃないってことよね?」

「……はい……」

「そうね。よく見れば人間じゃないのは分かるわ。でも、間違うくらい弱そうだし……。んー。座敷童って何なの?」


 そう、問う声は、心の底から不思議そうでした。

 座敷童を知らない、単純な疑問だったのでしょう。

 でも、ボクには、ボク自身の在り方そのものを問われているように感じました。


「座敷童、とは……家に幸運を運ぶ、存在です」

「幸運? 具体的に何かできるの? 影を操ったり、物を自由に動かしたり?」


 ボクは首を横に振ります。


「いえ……そのような、ことは……」

「そこに在るだけで幸運を呼び寄せるってことかしら……?」


 頷いたボクを見た彼女は「ふーん……?」と、首を傾げて。

 

「呪いの宝石みたいね」


 そう、言いました。

 

 呪いの宝石。そうかもしれません。

 ただ居るだけで、その家の幸せを積み上げて、崩していくだけの存在。

 座敷童だと言われるがまま信じ込んでいるだけの、違う何かかもしれません。

 だって、ボクは作られた存在です。

 

「そうかも……しれません」


 でも。は喉に詰まりながら出てきました。

 

 座敷童ではないかもしれないけれど。

 座敷童として作られたのだから。


「ボクは……座敷童、だから。お兄さんは」


 ぐっと、息を飲んで。言い切りました。

 

「むつきさんは、絶対っ、不幸になんか……させないんです!」


「――そうだね、さすが我が家の座敷童」


「「!?」」

 突然の声に、ボクと女の子は一緒に同じ方を見ました。

 いつの間にかお兄さんは目を覚まして、こっちを見ていました。


 きっと、同じくらい驚いた顔をしていたのかもしれません。

 何があったのか分からない。

 目の前の物が信じられない。

 嬉しさか驚きとか、戸惑いとかが混ざってよく分からない。

 そんな顔だったのでしょう。


「二人ともそんなに驚かないでよ」


 身体のあちこちに刺さっている物を抜きながら、お兄さんは笑いました。

 顔色は良くありません。でも、声はしっかりしているように思えます。


「吸血鬼が簡単に失血死とかしても困るでしょ」


 片手で持てなくなった物を横に置いて、お兄さんの言葉は続きます。


「それに、こんな事でしきちゃんの自称保護者に説教されるのはゴメンだし、他人に僕の身体を明け渡すなんてもっとだ」


 最後のひとつを床に放ると、相槌のようにかつんと音がしました。


「これでいいかな……うん」


 身体を一通り確認して、お兄さんは近くへやってきました。見下ろすようにボクを……いえ、女の子の方に目を向けました。

 お兄さんの青い目が、女の子をじっと見ています。


「貴方……ねえ、テオは――」

「君さ」


 言葉を遮ったお兄さんの目が鋭く光りました。


「テオと一緒に居た子でしょ」

「え、ええ……そう、だけど」


 気圧されたのか、戸惑いがちに答える彼女に、お兄さんはにっこりと笑いかけました。

 

「そう、じゃあ。片付けとくからさ。連れてきてよ」

「え」

「テオ、居るでんしょ? だから」


 ちょっと話をしよう。

 

 そう言ったお兄さんの顔は。

 いえ、ボクもお兄さんの表情を多く知っている訳ではありませんが。


 お兄さんの顔はとても楽しそうで。

 青い瞳は冴え冴えと冷たくて。

 なんだか背筋が寒くなりそうな、冷たい笑顔でした。

むつきさん現実世界への帰還。

目を覚ましたら女の子二人が何か睨み合ってるって、あんまり遭遇したくない事態だな、と書きながら思いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
「そこに在るだけで幸運を呼び寄せる」という座敷童の定義がすごくふんわりで、具体性がなくて、分かりやすく目に見える能力ではないからしきちゃんとしても力を使っているかどうかも自覚できてなさそう(;´・ω・…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ