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僕とボクの日常攻略  作者: 水無月龍那
課題6:僕とボク、俺と私
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課題6:僕とボク、俺と私 3

 驚いたような顔だったのは一瞬だけ。ぱちりと瞬きをした彼女は、すぐに視線を逸らして唇を尖らせた。


「あーあ。ダメだったかあ」


 少女は拗ねるような声と共に全身を現す。フリルのついたスカートが揺れる。軽く頬を膨らませた彼女の手には、見慣れた調理器具。包丁。

 そのまま一歩、近寄ってくる。

 

「いや。待って。それ、危ないから――」


 しまっておいでよ、という言葉はあっさり先読みされ、遮られた。


「ん。大丈夫。今から使うから」


 今から使う。とは。

 ここにそんなもの使う対象なんてない。ないはずだ。


「ホントはもう少し丁寧にまざってくれたら良かったんだけど……」


 彼女の目がちら、と鏡を向く。


「急いじゃったのが良くなかったわ。なんか邪魔も入ったっぽいし。さっさとテオひとりにしちゃった方がいいわね」


 そして彼女は、ためらいなく包丁を振りかざす。

 まだ重たい腕で、振り下ろされた腕を受け止め、流す。一瞬交差した視線に、純粋な殺意が見えた。

 空振りに終わった包丁から手を離し――反対の手で掴んで切り上げる。仰け反るように避けた頬を、切っ先がかすめる。


「あっぶな……」

「なら、避けない方が楽よ」

「避けないと刺すでしょ!?」

「そうね」


 彼女の手から包丁が離れ、宙に浮いた。刃先が煌めく。そのまま飛んでくるかと構えた瞬間、彼女は柄を掴み直して振り下ろした。防御が間に合わない。

 あ。これは刺される。

 腕を盾にして目を瞑ったけど――そんな衝撃は来なかった。


 目を開ける。

 そこには、彼女の腕を掴む影があった。

 なんとなく覚えがあるけど、うすぼんやりとしていてよく分からない。


「全く」


 けほ、と影が小さく咳き込む。


「君、色々と見失いすぎだよ」

「……」

「何よ! 何なの!? ちょっと離して!」


 じたばたと暴れる少女には目もくれず、影は言う。


「須藤――いや、ここはこう呼ばれていたね。テオ君」


 その名前に、意識の奥で何が小さな音を立てる。


「今置かれている状況も分かっていないだろうけど、君の油断のおかげで私もこの有様だ。もう一寸だったのに、君は血を流しすぎた」

「血を……」

「覚えてないだろう。君、間抜けにも刺されたんだよ」


 影の視線が、腕を掴む少女に降りる。


「彼女にね。そして、血を飲まされた」

「……」

「私の時と同じさ。そして、その血には魂を補強するまじないが施してあった」


 私ほどの強さじゃないけどね、と彼は嘆息する。


「助ける心算は無かったけども、彼らには退場してもらわないと色々差し障る――さあ、考えるといい。君の名前は?」


 答えてごらん、と影は言う。


 名前は?

 問われるままに考える。


 テオ……テオドール……いや、ウィリアム。違う。もっと。他の。

 さっき呼ばれた気がする。頭がくらくらする。なんか思考が窮屈だ。でも、考えを放棄する訳にはいかない。きっと、あの影が許してくれない。それだけはなんとなく分かる。


 考える。

 思いつく名前を追い出して。

 自分の中身を掘り返して。


 指先にこつんと当たった景色。

 冴え冴えと晴れ渡った、月のない夜空。


 僕の。名前。


「無月……。須藤、むつき」


 その名前を口にした瞬間、目が覚めたような気がした。

 意識もクリアだ。今ならあの影が誰かも、いや、名前は知らないけど。誰かも分かる。


「状況、分かったかい?」


 影は溜息をつく。


「多分……思い出した」


 ならいいや、と影は溶けるように消え失せた。

 掴んでいた手が消えて、たたらを踏んだ少女がばっと振り返る。

 自分の腕を掴んでいた影を見定めようとしたのだろう――が、彼はもうそこには居ない。


「え。何……今の、何なの……?」


 戸惑う彼女に僕が代わりに答えてやる。


「君より先に、僕の身体を狙ってたやつ」

「は?」


 少女は包丁と共に勢いよくこっちを向く。その勢いで、刃が僕の服をかすめる。


「おっと。危ないなあ」


 その手をちょっと叩いて、包丁を落とす。

 床で跳ねたそれを部屋の端まで蹴り飛ばし、少女の腕をそのままひねり上げる。

 端で傍観してるあいつに包丁が当たれば良かったんだけど、残念ながら、影は少し高い棚に悠々と座っていて足をかすめることもできなかった。

 代わりに、その下に倒れていたもうひとつの影――黒髪の青年に当たった。


 彼が僕の中に居ないだけでこんなに気分が晴れやかだったか、とここしばらく実感していなかった調子の良さを少しだけ噛み締める。

 噛み締めながら、この狭い部屋の人口密度に溜息をつく。


「……あのさ。僕の中、こんなに賑やかになられても困るんだけど」

「それは君が隙だらけなのが原因じゃないかい?」

「うるさいな」


 平和に生きたいだけなのに、どうしてこんなに集まってくるんだか。一人は自業自得としても。そんな僕のぼやきにも、影はくすくすと笑っている。


「そんなことより、そろそろ君は目を覚ますべきではないかな」


 影は突然そんなことを言った。


「この状況で……?」


 そうさ、と影は頷いたようだった。


「ここは君の夢の中。君に取り込まれた数多の命が彷徨う場所。その中で特に力や妄執の強い者だけがこうして姿を見せている。が、まあ。今は放っておいても構わないだろう?」

「……え。いや。君が一番放っておいちゃいけない気がするんだけど」

「いや、ここではもう、しばらく何もできないさ。大人しくしてるよ」


 そう言いながらも、影は笑った気がした。嫌な予感がした。


「ふふ、その目は信用していないね」


 音もなく棚から降りた彼は、落ちていた包丁を拾い上げる。

 その刃を指でなぞり、愛でるように首を傾けた。


「なに。心配はいらない」

「包丁持ったヤツというか、君の何を信じろって?」


 つい、と視線がこっちを向いた気がした。影に目も何もないけど、とろっとした視線を感じる。


「ふふ、君のその目は嫌いじゃない。それに免じて、しばし番を買って出てあげようってだけさ。こんな所より、君には目を向けるべき場所があるだろうと思ったのだが?」


 ほら、と彼が包丁の先で洗面所の外――リビングを指した。


 リビング。

 ここに居ない人物。

 倒れた時に見た、灰色の髪。


「!」

「まあ、私がもう一度彼女の元に戻っても良いというのなら別に――おっと」


 少女の手をふりほどくように離す。彼女は青年の足元へ転がる。そんな光景を視界の隅にひっかけて、ばたばたと洗面所を後にした。


  □ ■ □


「あいたた……全く、なんなのよもう……」


 ぶつけたところをさする。生身じゃないから痛くはないけど、文句は出る。

 頬を膨らましていると、影が目の前に音もなく立った。


 ああ、この影がさっき私の邪魔をしたのね。

 そう思うとちょっと腹が立ってきた。


「ちょっと。貴方も一体なんなのよ」

「私かい?」


 影はくすりと笑った。ように見えた。


 髪の色も。目の色も。輪郭も。何も分からない。全てがぼんやりとした影だった。声も湖畔の岸に寄せる波紋のようにゆらゆらしている。

 私より力が弱いのかしらと考えたけど、他人の意識の中であれだけ動けるし、私の腕を掴んだ感触はまだ残っている。これだけ干渉できるんだから、油断はしちゃいけないと、感覚が告げる。


「私は、君と同じさ。彼の身体を利用しようと残っていた亡霊」


 だが、と影は包丁を持った手が黒く染まっているのを見て溜息をつく。


「私もここまでぼやけてしまっては、そう力は出せないし」


 する、とその手から包丁が抜け落ち。とすん、と足元に真っ直ぐ落ちてきた。


「――っ!」


 膝ギリギリに刃先が刺さる。スカートが床に縫い付けられた。


「君もそうだろう?」


 指摘された事に、答えが詰まる。その通りだ。

 ここじゃあ、本来の力は発揮できない。だって私は本体じゃない。ただ、あの吸血鬼の魂を排除して、テオを呼び込むための目印だもの。


「――まあ、しばらく待とうじゃないか」


 影は包丁を上から踏みつけて、穏やかに文句を封じた。


「私も、君も。きっと彼がどうにか片付けてくれるさ」

「私は……っ、譲らない、わよ」

「うん。私もさ――でも」


 影の指がすっと後ろを差す。


「彼は、そろそろ保たないんじゃないかな」

「……え」


 振り返る。テオが倒れている。

 いつもより色が悪く見える指先は、影に浸蝕されるようにじわじわと黒く染まっていた。

 駆け寄ろうとした。包丁がスカートに刺さっている。そのまま引き裂いて駆け寄る。


「……っ、テオ! テオ!?」


 駆け寄って揺さぶる。目を覚ます様子はない。ただ、煤のように影が散るだけだ。


「急ぎすぎたんじゃないかい? 奇襲も結構だが、内側から少しずつ崩していくのも大事だって覚えておくと良い――と、ここで君に言っても無駄か」


 しかしまあ、と後ろから覗き込んできた影は溜息をついた。


「これも全て、彼女の力……なのかもしれないな」


 彼女。あの灰色の髪の少女のことかしら。


「何言ってるのよ。あの子がなんなの?」


 あの少女には、強い力を感じなかった。ただの人間だと思ってた。髪や目の色は不思議だったけど、人

間じゃないと知ったって、どこにでもいる子供同然に見えるのは変わらない。


「あの子に何があるって言うの?」


 影はふふっと笑い、呆れたような嘆くような、そんな風に息をつく。


「何って、彼女は座敷童だからね」


 座敷童。その単語は聞いた覚えがある。

 テオの血を飲ませる前、あの吸血鬼が言っていた。

 けど、そんなの聞いたことない。幽霊でも化物でも、妖精でもない。日本特有の存在なんだろうけど、分からない。


「……その、ざしきわらし、ってなんなの」


 影は短く笑った。馬鹿にされたような気がしたけど、文句が出るより先に教えてくれた。


「座敷童というのは、家に住み着き、幸運を運び込む存在さ。彼女は少々変わっているが……それでも座

敷童には変わりない。彼女は必ず、その家にとって望ましい結果を連れてくる」

「……私はあの吸血鬼を刺したわ。それも、望ましい結果だっていうの?」

「結果的にはそうなるだろうね。彼女は無意識に力を使っているが、その効力は確かだ」

「……」


 それは、とても難しい力だ。確かに持っているのに、自分の意思で使えない。それは……ううん。私があの子のことを考えてあげる理由はない。


「これまでは彼女の意にそぐわぬ結末も多かったが……」


 もしかしたら、と影は言う。


「彼女は自分の力と向き合い始めたようだし、私の力も今は及ばない。私も君も、幸福を呼ぶ一手かもしれない」


 信じられない話だった。そんな不確かな力で失敗するなんて。ぶんぶんと首を横に振る。


「信じない。信じないわそんなの」


 何もかもあの子の手のひらの上のような言い方。

 気に入らない。気に入らなくてイライラする。とげとげした気持ちが滲み出て、その部屋にあるもの全てがふわりと浮き上がり――がしゃん! と床に崩れ落ちた。


「!?」


 能力の発動をキャンセルされた。目を瞬かせると、影は静かに包丁を拾い上げた。


「何もできないとは言ったが、――君達の妨害程度なら訳もない」


 影のはずなのに、とろりとした目が私を見て笑った気がした。

 背中にぞく、っと寒気が走る。


「何……貴方、一体何なのよ……」

「私? 私もただの亡霊さ。ここを新参者に渡す心算もないだけの」


 分かったかい、と。穏やかに語る影の声。

 それは、溶けたキャンディのように、身体にまとわりついて自由を奪う。

 それは私の意識も視界も。溶けるように重たく、沈んでいく。

 身体を起こしていられない。テオの上に折り重なるように、倒れ込む。


「テ、オ……」

 

 テオは答えない。煤のように散る指先に手を重ねようとしたけど。

 私の意識も。そこまでだった。

夢の中が賑やかな事にむつきはげんなりしていますが、本人の言うとおり一人は自業自得ですよね。


最近どうにも夢見が悪いです。

何か悪いコトしたかなあ……。

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