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僕とボクの日常攻略  作者: 水無月龍那
課題4:僕と**の夢
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課題4:僕と**の夢 5

暴力的な表現がありますので、苦手な方はご注意ください。

 彼女の答えはなかった。

 良い家だったか。そうでなかったか。きっと判断基準を持たないのだ。

 この家だけを見て、この家の中だけで過ごしてきたのだから。


「難しいことを聞いたね」


 言葉をかけると、ふるりと頭が揺れた。


「ねえ。君はこの家を守りたい?」


 彼女はこくりと頷いた。


「この家がなくなったら……君はどうなるのだろう?」


 しばしの沈黙の後、首が左右に振れた。分からないのだろう。

 消えるのかもしれない。あるいは、この地に縛られ続けるのかもしれない。

 ――ああ、その可能性があった。


「君はもしかして。この家の血に、縛られているのかい?」

「……」


 答えはなかった。私はそれを肯定と捉えた。


「――そう。ならば、私もここで果てることとしよう」


 弾けるように彼女の顔が上がった。くるりとした目が、絶望したような色で私を見る。


 あんなに死にたくないと思っていたのに。

 彼女を想うなら、それすら捨てられるような気がした。

 私の家の座敷童。

 彼女の幸せのためには、この家はもう不要だ。

 しかし、彼女はこの家の血に縛られている。


 そう。血に。


 それならば。私の血を彼女の居場所にすればいい。


「大丈夫。血が絶えれば、君はこの家から解放されるだろう」


 それだけでは足りないのも分かっている。


 彼女の血は、この家にある。

 祀り棚の下。土間の隅。

 その土の中に、彼女の血は染み付いている。


「君が守るべき家を絶やした私は、この家の禍だ。ならば君は私を赦しはしないだろうね」


 彼女は怯えた目で私を見ている。恐ろしいのだろうか。無理もない。


「赦しは要らない。それでいい」


 私は彼女の手をそっと取った。


「もし、血が君の居場所なら。私がそれを与えよう。私が君の居場所になると約束しよう」


 吐息が。手が震えている。ひどく冷えている気がする。


「考えなくて良いんだよ。私のことなど、忘れたって構わない」


 手を優しく握り込み。額を寄せ。


「この血で。私の命で君をこの家の呪いから解放できるなら――」


 唐突に。感覚が戻ってきた。


 僕の手にあったのは、大きく筋張った。けれども病に細ったような――男性の手。

 それは座敷童の女の子――しきちゃんの手じゃなくて僕の前に膝をついた彼の手だ。


「いや、待ってよ。何でそこで君の手なの!?」


 その手を咄嗟に払いのけ、全力で嫌な顔をしてみせると、彼は小さく笑った。


「いやすまないね。此処が私の最期なのだよ」


 最期。それは命の終わりを意味する言葉だ。僕はそれを否定して首を横に振る。


「嘘だ」

「嘘じゃないさ」

「最期だって言うんなら、死に際まであるはずだろ」


 僕の言葉に彼はきょとん、と瞬きをして。くつくつと笑った。


「そうだね。うん。その通りだ。察しがいい」

「……馬鹿にしてる?」

「そのつもりは無いよ。気を悪くしたなら謝ろう」


 彼は貼付けた笑顔のまま両手を上げてひらひらと振ってみせた。

 その笑顔に何故か、親兄弟を殺めた時の心境を思い出す。


 あの時。彼はきっと笑っていたのだろう。

 穏やかに。清々しく。

 それこそ晴れ渡る青空のように。


 比例するように僕の気分は悪くなっていく。

 まるで霧の街の曇天のように。


「――まあ。あれから先を話すなら。私は彼女をあの家から解放するに至りましためでたしめでたし。という訳だよ」

「うわ、信用ならない」


 率直な感想を述べると彼は「本当なんだけどなあ」と笑った。


「で?」

「うん?」


 僕の不機嫌な声にも彼は穏やかな返事をする。

 人を殺めていた事に関しては、僕は文句を言えない。

 けれども。


 ぽろぽろと零れる彼女の涙を思い出す。

 しきちゃんをあれだけ泣かせておいて、どうしてそんなに笑っていられるのか。

 いや。きっとそこも……文句は言えないんだろうけれども。

 言わずに居られなかった。


「彼女をあんなに悲しませて、泣かせておいて。どうしてそんなに笑ってられるのかだけ教えてよ」

「簡単な答えだよ」


 彼はどろりとした笑みを浮かべる。


「私はあの場で彼女を家から解放した。結果、あの家から外に出られるようになったんだ。あそこでは泣いていたかもしれないが、結果としては喜ばしくないかい?」

「……」


 どうやって解放したか、は聞きたくなかった。

 こんな事態に至った原因。しきちゃんからの話。今見た光景。

 それで容易に想像はつく。

 

 この灰色の髪の青年は、自害したんだ。

 彼女自身にその血を浴びせ、染みこませ。己の存在を刻み込んだ。


 今回の件まで意識したことはなかったけど。血に魂という物が混ざっているのなら、僕も数多くの命をこの身に取り込んできた可能性がある。

 そしてそれは、きっと真実だ。

 だから、僕はしきちゃんの血を飲んだことで彼までも取り込んでしまった。

 そしてこの状況に至ったのだ。


 考えるだけでなんだかイライラしてくる。

 何か言ってやりたい。けれども何と言えば良いか分からない。

 そんな僕に、彼は溜息をついた。


「もう良いかな」

「何が」


 低温の返事にも彼の反応は変わらない。


「これ以上話すことはないだろう? 私は君の夢を見た。君は私の夢を見た。これで君はどっちがどっちか分からなくなるだろうさ」

「いや」


 思わず反論する。


「僕は僕だ。彼女にも言ったけど、僕はこれまで数えきれない程の命を糧にしてきた」

「それが?」

「だから、だよ。たったひとりの命に。想いに。僕がここで負ける訳にはいかない」

「意地だね」


 悪いか、と顔を背けると彼は何を読み取ったのか「良いと思うよ」と言ってきた。励ますようなその声にも何か裏があるような気がして、素直に受け取れない。

 というか、彼の言葉を素直に受け取る気なんて完全に失せていた。


「でもね。君は知って、実感して、思い知るべきだ。想いは時に呪いへと変化する。それはひとつという単位でくくるべきではない。呪いと化した想いは、その」


 僕を指差したのか、衣擦れの音がする。


「身体と心を蝕むという事を。気付いているだろう? 彼女に対する共感が。感情が、衝動が、君と私、どちらの物か分からなくなってきている」

「……」


 言い返せなかった。


 彼女の語ってくれた境遇に、僕と似た所があったという親近感。

 血を吸ってから感じている、言いようのない感情。

 茶色い目を鏡で見た日から、夢に現れては消えていく影に沸き上がる衝動。

 確かに呪いとしては上等だ。

 身体を乗っ取られそうになる程の感情が、一体どこから出てくるのか分からなかった。

 自分の血に混じっている呪いだと彼女は言っていた。

 それを僕が吸って、取り込んでしまったからだと。

 それだけじゃなかった。

 

 僕と彼女の。彼女と彼の。彼と僕の。想像以上に重なる境遇(ピース)を持つという偶然が、それらを結びつけた。だから、彼の呪いは彼女と同じくらい、僕を蝕んでいる――。


 答えないでいると、彼は「そう言う訳さ」と言った。


「答えが見えただろう? たったひとつ。されどひとつ。私と君の境界は、これからどんどん曖昧になる。そうしていつかは、私は君として。君は私として生きるんだよ」

「……」

「ふふっ、沈黙かい? 私は別に構わないよ。このまま感情(わたし)を拒絶して苦しむのと、身を任せて楽になってしまうの、どちらが彼女の幸せになるか考えてみると良い。君の過去も私の過去もそう違わない。ひとつになった所で、君の殺めた数が大きく増える訳でも――」


 何が引っかかったのか分からない。

 けれども頭の中でぷつ、と小さな音がした。


「う、る……さいっ!」


 思わず彼の頭を掴んで床に叩き付ける。ごがん! と頭が床板を割る音がした。


「ああやかましいやかましい! 貴様が僕と一緒になるだと? 勝手に重ねるな! お断りだ! ああ死んでもゴメンだね!」


 ぎりぎりと頭を押さえ付ける。灰色の髪が指に絡む。彼は何も言わない。何の反応もない。もしかしたら頭を割ってしまったのかもしれないが、これは夢の中だ。僕の、夢だ。知った事ではない。夢の中でないのならば、このような亡者は改めて亡き者にせねばならない。


「それが貴様の挑戦だって言うんなら受けて立ってやる。誰がなんと言おうとこの身体は僕のものだ。感情も罪も僕のものだ。貴様の罪は貴様で抱えろ。勝手に合算なんてされてたまるか。誰にも渡しはしない。何が何でも。何度でも。捩じ伏せてやる!」


 一気に捲し立て、大きく息をつく。手の下の頭は何も言わない。

 僕の荒い息と声の残響だけが残る。

 あまりに反応のない手の中に不気味さを覚えた瞬間。

 

 どんどんどん!

 何かを叩く音が響いた。

 

「――!」


 何事かと向けた視線の先には、土間と外を隔てる戸。音に合わせて大きく揺れている。


「ああ、時間切れみたいだ」


 そんな声と共に、押さえ付けていた感覚がふっと消えた。支えを失った僕の腕が割れた床板に飲み込まれ、バランスを崩す。


「っ!」


 慌てて引き抜こうとした手に、割った板が刺さる。痛い。いや夢だ。構わず引き抜くと、ばきぱきという音と共にあちこちが引き裂かれ、板片をくっつけた手が抜けた。立ち上がりながら大き目の欠片を引き抜くと、血が手を濡らした。

 青年は割れた額から血をだくだくと流して、僕と戸の間に立っていた。


「このまま君が自分を見失ってくれたら隙が出来たんだけど――邪魔だねえ。勘のいいのはこれだから困る」

「何が」


 彼は答えないまま、戸に突っかかっていた心張り棒を外す。


「ほら。落ち着きなよ。あれは――君の友人じゃないかな」

「え」


「――須藤!」


 その戸の向こうから聞こえる声。その声はよく知っている。柿原だ。

 腕の傷の痛みも、彼への憤りも、全てが真っ白になった気がした。

 どうして、という僕が漏らした疑問に彼は「さてねえ」と曖昧な笑みを返す。


「ほら、さっさと此岸にお帰りよ。私はいつでも君を見てるし、隙を見せたりしたらその時は――分かってるよね」

「うるさい。そのような隙見せたりするものか」


 睨み返すと、彼はやっぱり泥のように穏やかな笑顔で「そうだね」と戸を引いた。

夢の中とはいえ、少女の手を取ったと思ったら男性の手だった。

きっと自分も「なんでだよ!」と振り払う気がします。

 

寒くなってきました。おでんや鍋が恋しい季節です。

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