004 出勤一日目(1)
東風谷湊「社長のことが好きな人――!!」
湊の言葉に集まった社員「……………」
東風谷湊「社長のことが好きな人――!!」
シャイん「す…………」
稲瀬朝「あ、あのー皆さんシャイなんで騒がしい方はお帰りくださ―い」
しょんぼり湊「こんな会社だったっけ……?」
※ちょっとした創作です。
第三話 出勤一日目
日付が変わり、三日後の朝。今日は西宮の初出勤日だ。
「お、おはようございます」
二階の奥の部屋、西宮が任された広報部の部署の扉を開ける。
真ん中らへんには何個か大きなテーブルがあり、ポスターか何かを大きく置いている。壁際には小さなテーブルが何個かあり、五、六人が座ってPCで作業している。人が意外と少ない。
まだ緊張が残ってるのか、西宮は肩を狭くしている。
「おはよー!西宮さん!」
「頑張ってこー!」
その緊張感をほぐすように、作業中の先輩たちがこちらを向いて温かい言葉で包容してくれた。
(温かい……)
新卒にとって社会とは恐ろしいものであり、孤独感があるものだ。ただ、この会社にはそんな要素は存在しない。
(どこに行けば……)
周りをキョロキョロする。何をすればいいか分からないのだ。
迷っている時、部屋の奥のガラス張りの個室から、誰かが扉を開けて出てくる。
「あぁー、えっと、西宮さんだっけ?久しぶり。君の担当は僕だよ」
その人物は、先日入社式で会っていた稲瀬朝だった。目を細めて、笑顔で西宮を歓迎した。
「あっ、そうなんですね。良かった……」
何やらホッとした様子。それに稲瀬は疑問を持つ。
「どうして?」
「いや、あの、話したことある人で、良かったなと…」
稲瀬はその言葉で一瞬ぽかんとしていた。この感情はたった一つだ。
(やっぱ可愛いな…)
新卒の初々しさからだろうか、はたまた可愛い顔だったからだろうか。それは本人にも分からない。
「うん。そうだね。改めて……稲瀬朝(独身)だ。よろしく」
西宮と握手を交わした。自分で『かっこ』なんてって言う人は初めてだったが、稲瀬はそれでか一瞬、猫のようなフニャッとした表情になった。
――――
それから西宮は稲瀬の指導のもと、広報部の説明を受けていた。
CM作成の計画、公式サイトやSNSの管理、広告によるクレーマー対応、他会社への宣伝(営業)などなど、西宮にはまだ早く、難易度の高いものばかり。
西宮は仕事内容を聞いて尊敬の目を送った。
もちろんまだその段階ではなく、任されるのは補助などだろう。そう思っていた時。
「で、今日からは僕たちの仕事を見てもらうから」
「――!?!?」
その言葉を聞いて西宮は目を見開く。
見るのが仕事?確かにやることはイマイチ分かっていないけど。仕事って就職したら色々と任されるものだと思ってた。
「それじゃ仕事にならないんじゃ……」
「――社長の方針でね」
「方針?」
稲瀬は窓の方を見て、静かに言う。
「『まず、その仕事に”信念”を持ってもらえ』ってね。僕も最初は何言ってるか分かんなかった」
西宮は固まっていた。深々と聴き込んでいる感じでもなく、ただ無心に稲瀬の方を見ているだけ。
「だけどそれで、信念って偉大だって気づいた。活気が全然違う――」
「…………」
まだ西宮は何も話さない。それに稲瀬は気づいた。
「あぁ、ごめん。話が逸れたね」
「あっ、いや、私もすみません。ボーッとしちゃってて」
西宮の魂が戻ってきた。なぜ固まってたのかと言うと。
(信念……)
『信念』という言葉に心を打たれていたからだった。少し笑みを零す。
西宮は昔から何かが足りない。
親に言われ、家から離れた高校に通い、どうにか東京の有名大学に入った。心の傷がどうのと言われ、恋愛さえもあまりしてこなかった。
一つ自分勝手に走ったことといえば、ヲタクに突撃するという何とも将来性のない動画投稿をし始めたということだけだった。だがそれにも『何か』が抜けている。
そんな西宮に足りない要素をたったの二文字で表したような気がした。
――――
元々、広報部なんてものはこの会社にはあまり必要性がない。どうにか個人で解決できる内容がほとんどだからだ。
ただそれでも東風谷社長は必要性を見出した。
『この会社を知ってもらうための広報なんだから精は抜けないよ』
そうしてこの部署が誕生した――
「――てな感じでー!やっぱ尊敬だよね。東風谷社長は!」
広報部の一番最近に入ってきた、社会人一年目の柿崎が長々と、そして口早に語っていた。一年目が何を知っているというのだろうか。
「あはは……」
西宮冷笑。
(ただ仕事を見てるだけだけど、皆私と話してない?仕事はいいのかな?稲瀬さんもどっか行っちゃうし)
西宮はまだ馴染むのには早かった。挨拶する人だったり、語りだす人、笑顔で見つめてくるだけの人もいた。早々に馴染めたものではない。
ただ、全員に共通していることがあった。
(でも、仕事してる時は皆すごい楽しそう)
西宮は見逃さなかった。全員にあった、とても生き生きとした目を。
ガチャッ
すると部署の扉から、稲瀬がブツブツと話しながら入ってきた。隣には、東風谷社長がいた。
「お疲れ様でーす」
社長が一声上げる。
「お疲れ様です!!!」
作業中の全員が大きな声を上げて言った。流石は社長。
稲瀬に頼まれて何かをしに来たようだ。すぐさま、奥の部屋へ直行した。
(何しに行ったんだろ?)
西宮は首を傾げた。長い髪がファサッと揺れる。
その頃、二人はと言うと――
「西宮、どうだった?」
湊がソファに腰を下ろして聞く。
「いやー、普通に活気ある新卒だと思いますよ。育てがいがあるってもんです」
「なるほど。君はそう思う感じね」
「え?どういうことです?」
稲瀬は疑問に思った。もしかすると社長は深く物事を見たうえで、なにか気づきがあったのではないかと。そう思った。
「西宮の目には、渇望があった」
「……?」
社長の言いたいことがイマイチ分からなかった。一枚上手というか、説明不足というか。
「本気で変わろうと、努力できるってこと。静かに見守ってても、ずっと先に行く素質がある」
湊は西宮の方を見る。西宮もまた、ガラス越しにこちらを見ていた。湊は、そっと笑みだけ零す。
(社長はそこまで見通して――)
「てかさ、西宮って、普通に可愛くね」
「はい?」
と、思考を遮って唐突に出てきた言葉は、いかにも中高生っぽい言葉だった。
「確かに、僕も可愛いなとは思いますけど……」
「だよね!俺、年も近いし」
誰もが忘れていた。東風谷湊は今年で二十五歳の若社長だということを。
この会社内ではそこそこ年齢の高い三十二歳の稲瀬は、何かと社長を脚色しすぎていたような気がした。
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