002 西宮悠の入社式(1)
第二話 西宮悠の入社式
湊は今日起こった出来事を包み隠さず話した。
「ははははは!!そりゃ面白いわ!!」
宮地翔太は盛大に手を叩きながら笑う。
「あ、会いたくねぇよ…。入社式再来月だろ?」
湊は頭を抱えた。流石に「この前企画で会ったヲタクっぽい人が社長でしたー」なんて言えるわけがない。オフで普通とは見た目が違ったとはいえ、同一人物だ。バレる可能性が高い。
「いいでしょそのくらい。一社員じゃん。ほとんどは部長の担当」
確かに早瀬守の言う通り、社長はいちいち社員には関われない。余裕がないからだ。
株式会社TECHNOCODEは社員数五十人の中小企業。少数精鋭の企業の割に年商数十億を超える。
つまり忙しいんだ。そうだ。そういうことにしておこう。
「そうだな。まぁバレた時はその時か…」
なんとか湊は現状を軽く飲み込んだ。
――――
入社式当日になった。今日はかなり天気が良く、雲一つない澄んだ空だった。
会場はTECHNOCODEの本社。とはいっても実際には湊の家の前に行く必要がある。実は湊の家は二百坪の広大な土地の一角にあり、その中にもう一軒、三階建ての会社を構えているからだ。
社員は全員集まることがほとんどなく、この程度の広さで十分だった。
そんないかにも金持ちが住んでいるようなおしゃれな邸宅がある場所に、西宮悠は到着した。
「うわー!すごいお家だー」
西宮は湊の家と会社を見つめる。もちろん西宮が『東山湊』と名乗っていた人の家だとは知るはずもない。
すると隣から誰かが声をかけてきた。
「あ、君?新入社員の子?」
振り返ると、会社側に知らない男の人がいた。だがおそらくここの社員だろうとすぐ分かった。
「あ、はい。西宮悠と申します」
西宮は当たり障りない普通の返事をした。
「僕は稲瀬朝。広報部の部長をやっている。いやー感心だねーまだ集合三十分も前だよ?」
稲瀬朝はそう言うと、握手をしてきた。まさか一部長様に最初にお会いできるとは、安心感があっていい。顔もかなり整っていて結構かっこいい気がする。
「あ、就職初めてで、じっとしてられなくって」
西宮は下を向いてモジモジと言った。誰がどう見ても新卒の初々しさを感じられるような返事だった。
(この子可愛いな)
稲瀬は甘い感情ではなくどこか悪そうにニヤけた。
「まだ時間あるだろ?社長に挨拶しにいこうや」
「え?ちょ……社長!?」
稲瀬はそう言ってズカズカと湊の家の方へ入っていった。どうやら玄関の鍵はかかっていないらしい。
(心の準備が…)
そう思いながらも西宮は社長の部屋へ足を踏み入れた。
――――
湊は二階の自室で寝ていた。ふかふかのシングルベッドがあり、周りにはテレビや鏡など生活感あふれるものが並んでいた。
ピリリリリリ!!と、部屋中にスマホのアラームが鳴り響いた。
湊はゆっくり起き上がり、無理矢理眠い体を動かしながらリビングへ向かった。
この家の一階はほとんどがお客様の対応をするスペースとして使われる。実際にはそこがリビングなのだが。
今日は入社式もあるということで、いつ来てもいいようにコンタクトを付け、服を着て髪を整えた。前髪をおろし、束感を作った無造作ヘアーだ。
朝いつも飲むコーヒーをすすりながら、PCを開いた。今日は先日の「ヲタクに奢ってみた」の企画の動画が投稿される日だ。三人の女性の内のズケズケ話してくる人が言っていた。撮り溜めだったらしく、投稿が待ち遠しかった。
「ふっ」
サムネイルには湊が大きく写っていた。ただやはり会社の人でも湊と特定するのは難しいだろう。あまりにも陰キャオーラがだだ漏れていたからだ。
サムネイルの下の文字には「全員絶句!?まさかの陰キャヲタクに奢られた!?『ヲタクに奢ってみた#98』」と書かれていた。再生数は投稿三時間で十数万を超えていた。今までの動画の中で最も視聴数が高かった。
「確かに、客観的に見ればどこかのヲタクだな」
それでもそう思わざるを得なかった。目が隠れるほど長くてくしゃくしゃの髪、アンダーリムの四角い眼鏡。まるで陰キャ。湊は何とも言えない苦い気持ちになった。
動画を視聴する中で、一際目立っていたのは、湊ではなく西宮悠だった。
水戸と静川の後ろで静かに話を聞いて、質問はあまりしない。コメント欄の情報でも昔から悠は人気だったそうだ。
前髪を上げたシーンはたまたま撮影されておらず、悠本人には見られてしまったが、不幸中の幸いだった。
「東風谷社長ー!西宮さん来ましたー!」
「了解ー」
突然稲瀬が入ってきた。それに続き、後ろから西宮が。鍵はかけておくべきだった。まだ心の準備が間に合っていない。
玄関とリビングの間には扉がなく、突き抜けていたから西宮と目が合った。茶髪の長い髪、低い身長、間違いない。
目が合うなり西宮はペコリとお辞儀をした。すると湊は慌ててPCを閉じて西宮の元へ歩みを寄せた。
(何だこの感じ…)
湊がだんだん近づいてくるにつれ、西宮悠の心には謎のざわめきを感じた。
「よろしく。西宮悠さん」
「あっ、よ、よろしくお願いします」
再び西宮はお辞儀をした。
湊が西宮の目の前まで来た。西宮が見上げなければいけないほど身長が高く、きれいな顔。シュッとした目。
その姿は万人受けされるであろうイケメンだった。
ただ西宮はその見た目にどこか懐かしさを感じた気がした。
「あの、初対面で失礼ですが、どこかで会ったことあります?」
「………!!??」
表では平然を装いながら心のなかで飛び跳ねたくなるほど驚いた。どうしてそう思ったのだろう?頭の中で動画の自分と今の自分の面影の差を比較したとしても全くの別人感。
「いえ、初対面ですけど…」
嘘に嘘を塗り重ねた。もうバレたくはないな。
「あ、そうですよね。すみません…」
西宮は一歩退いた。
「いえいえ!全然色々なこと好きに聞いてもらっていいんで」
ここはできるだけフレンドリーに。会社のモットーでもあるからな。とはいってもこの人はたまに核心を突くような一言を言ってくるから距離を取りたいものだが。
「じゃあ、そろそろ時間なんで、先に行こうか」
隣でじっと話を聞いていた稲瀬が腕時計を見たあと、西宮に声をかけた。
「あっ、わかりました」
西宮が稲瀬についていく。この空気のまま無言で行かせるのは良くない気がした。
「じゃ、また後で」
出来るだけ笑顔で、手を振って言った。
「はい!」
西宮は大きく返事をして家を出ていった。
少し湊は立ち尽くしたあと、体の力を抜いて四つん這いになった。
(あっぶねー!あの人勘が鋭いな!)
このままバレずに仕事を続けられるのだろうか。いや、絶対にどこかでバレる。それならいっそどこかで盛大にバラしてしまおうか。
「ハッ」
西宮に集中しすぎて気づかなかった。キッチンから覗いている人物の存在を。
西宮のことについて話した人はあの会議の中の三人以外は居ない。その三人がじっとこちらを見つめていたのだ。
「俺なんか見てないで準備にいけー!」
三人は声のない笑いをしながら急いで会社に向かった。意外にもあと数十分で始まってしまう。
「はぁ」
湊は深くため息をついてから向かった。
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