40 馬鹿な真似はいたしません
「許してくれ! ついカッとなって言ってしまっただけで、不敬だと言うつもりはない! ミアーナの件だって、ルイティーが……妹が可愛かっただけなんだ! 悪気があったわけじゃないんだよ! 謝るから許してくれよ!」
「謝ってすむ問題ではありません。少なくとも、私は許すことはできません」
ミアーナは冷たい表情で答えたあと、ロマを見つめる。
「ロマ様、あなたのことについてはご自身のお気持ちを尊重してください。私はロマ様がどんな答えを出しても口出しいたしません」
「……ありがとう」
頷いたロマにコレンは泣いて謝ったが、結局、ロマはその場では彼を許さなかった。
何年も費やして育んでいた愛でも、気持ちが離れる時はある。かといって、彼女たちの立場上、そう簡単に婚約を解消することもできない。だが、コレンの所業については国王たちも把握していたため、彼が人として成長しなければ婚約の解消と王位継承権のはく奪をするという話になった。
時間の猶予を持たせたのはチャンスは与えるべきだという声と、ロマに対する配慮だった。気持ちが離れたといっても、コレンがどうなっても良くなったというわけではない。ロマはミアーナとは違う慈悲に近い優しさを持っている。
「王太子じゃなくなってもいい。ロマの側にいたいんです」
泣きながら訴えるコレンを見て、ロマは彼が自分だけのことではなく、国民のことを考えられる人間になれるか、もう少しだけ様子を見ることにした。
国王たちはロマの気持ちを尊重し、婚約の件については彼女の判断に任せ、王位継承については、国王たちが改めて判断することになった。
ラゲクの執務室でその話を聞いたミアーナは、教えてくれたマーベリックに尋ねる。
「王太子でなくなっても、婚約を続けることはできるのでしょうか」
「王子であることに変わりはないしな。貴族の爵位をもらえるだろうし、ロマ嬢が仕事をこなしそうな気がする」
「そうですね。ロマ様ならいい当主になりそうです」
ミアーナは微笑んだあと、もう一つだけマーベリックに聞いてみる。
「余計なお世話かもしれませんが、ロマ様と王太子殿下の婚約の解消が決まった場合、ロマ様の新たな婚約者はどうなるのでしょうか」
今まで考えたことがなかったため、マーベリックは眉をひそめて答える。
「絶対にそうだとは言えないが、新たな婚約者を探してみて、どうしても相手が見つからない場合は、俺という可能性もあるかもな」
「やはり、そうなりますよね」
「彼女の場合は婚約を解消したという、貴族の女性にとって不利な条件が合ったとしても、婚約者になりたいと希望する人は多いと思うから、俺のことなどお呼びではないだろう」
「そうでしょうか」
「俺はそうだと思うよ」
マーベリックが苦笑して答えた時、側近仲間がやってきて、仕事の件で聞きたいことがあると言って彼を連れていった。残されたミアーナはなぜか胸がもやもやすることに気がついた。
(マーベリック様のおっしゃる通り、ロマ様なら、婚約者になりたいと思う男性はたくさんいるわよね。そのことについては納得できているのに、どうしてかしら。何か胸が重いというかなんというか。こんなのは初めてだわ。お医者様に相談してみたほうがいいかしら)
そう思ったミアーナは、屋敷に常駐している医師の元に急ぎ足で向かったのだった。
ロマたちの一件から十日が過ぎた頃、穏やかだった日々が一気に慌ただしくなる。
マーベリックは、仕事をしながらヨーカを捕まえるための証拠集めをしていた。
ロコッドが彼らに話したのは、手切れ金として渡したお金で人を雇い、使用人として公爵邸に潜入させて、マーベリックを毒殺しようとしていたが、わかっていて素直に殺されるはずがない。罠をしかけ、言い逃れができないようにするために段取りをしていた。
そして同じ頃、フラティナの件でミアーナに逆恨みをしたバンハが彼女に復讐するために近づこうとしていた。
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ミアーナとロマはコレンの一件があってから一段と交友が深まり、頻繁に連絡を取り合っていた。
今日もロマのお気に入りのティールームでお互いの近況を話していた。話題が途切れたところで、ロマが眉尻を下げて、ミアーナに尋ねる。
「スココ男爵のことを調べてみたのですが、特にこれといって変な噂はなかったの。何が問題だったのかしら。やっぱり年齢かしら」
「年齢は大して気になっていません。理由については、あの方にも隠したい秘密はありますから」
義理の姉を愛しているという話を人にはしないと、バンハには約束している。この話は誰にも言わないでくれとお願いすれば、ロマは言わない。だが、やはりこの秘密はロマに明かす必要はないし、約束を守ることにした。
言葉を濁したミアーナを見たロマは、微笑して話題を変える。
「大きなお世話でしたわね。ごめんなさい。ところでミアーナさんは再婚の予定はあるの?」
「……ありませんが、どうしてでしょうか」
「マーベリック様とひとつ屋根の下で住んでいるわけですし、仕事も一緒なのでしょう? ときめいたりすることはないのかと思って……。やっぱり、元義兄は駄目かしら」
ロマは恋バナが好きである。今まではコレンとの話をミアーナが聞いているだけだったが、今はそんな状況ではない。ロマはミアーナが遠慮しないように明るい声で尋ねた。
(マーベリック様と私が?)
少し考えると、胸の鼓動が速くなった気がした。
(やっぱり心臓がおかしいわ!)
ミアーナが黙り込んでしまったのでロマは焦る。
「あの、ミアーナさん、どうかした? ああ、失礼な質問でしたわよね。謝ります。本当にごめんなさい」
「い、いえ! そういうわけではないのです! ただ、マーベリック様には私よりももっと素敵な人がいると思います」
「何を言っているの。ミアーナさんだって素敵じゃないの。マーベリック様だけじゃなく、ミュークド公爵もあなたを評価しているみたいだし考えてみたらどうでしょうか」
そこまで言って、ロマはぱちんと自分の頬を叩く。
「ごめんなさい。余計なお世話よね。さっきの発言は忘れてちょうだい」
「気にしないでください。褒めていただいていることに変わりはありませんから!」
さすがのミアーナも焦り始めた時、ミアーナとロマの護衛騎士がそれぞれやってきて、二人に報告する。
「ロマ様、店の周りをうろついている怪しい男がいましたので捕まえたのですが、スココ男爵だと名乗っています」
「ミアーナ様、スココ男爵がロマ様との話を終えたあとに、時間がほしいと言っています」
(自分がフラティナ様に会えなくなったのは私のせいだと文句を言いたいみたいね)
ミアーナがため息を吐くと、ロマが不安そうに彼女を見つめる。
「ミアーナさん、危険ですわ」
「わかっています。二人で会うような馬鹿な真似はいたしません」
ロマに微笑むと、ミアーナは騎士に指示をする。
「出先まで訪ねてくるなんて失礼でしょう。五日後の昼の一時にミュークド公爵邸に来るように伝えてちょうだい」
「承知いたしました」
ミアーナの護衛騎士が去っていくと、ロマも自分の護衛騎士を下がらせた。
「ミアーナさん、本当に大丈夫なの?」
「ご心配いただきありがとうございます。私は大丈夫ですわ。それよりもロマ様の騎士に手間をかけてしまって申し訳ございません」
楽しい時間を邪魔してきたバンハをどう処理するか、約束の日までにいくつかのパターンを考えておくことにした。




