36 お断りするつもりです
必要な段取りを終え、ロコッドを船頭に預けた頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。ロコッドが流される……ではなく、川下りをするのは明日の朝からになり、今晩はミアーナ付きの兵士の二人が交代でロコッドを見張ることになった。といっても、上半身はロープでグルグル巻きにされ、ベッドで横にならせているだけなので、お手洗いに行かせたり、食事をさせたりする以外は、そう大変な任務でもない。
ミュークド公爵邸に戻ったミアーナは、ラゲクに兵士を借りていることを告げて許可を取ると、ロコッドをどう処理するつもりなのか話をした。
ミアーナの考えはこうだ。船頭にロコッドを海まで流してもらうのではなく、海に出てすぐにある小さな有人島に降ろしてもらうことにした。
有人島といっても灯台守がいるだけの小さな島だ。陸地からやってくる船は五日に一度だけの定期便で、飲食物や日用品と共に交代要員がやってくる。
灯台守を募集していることは、街に出た時に確認していたので、船頭には灯台守を募集している代表者の所に運ぶように頼んでおいた。
「明日には灯台守を募集している方に紹介状と、ロコッド様に休日は必要ですが島から出さないようにとお願いしておきます」
「……私がもっと早くに手を打つべきだったのにすまない」
ラゲクに謝られたミアーナは苦笑して首を横に振る。
「とんでもないことでございます。ラゲク様のような立派な方が小虫の相手をする必要はありませんわ。私としたことが、今回は後手に回ってしまい申し訳ございませんでした」
「……そ、そう言ってくれると助かるが」
謝るミアーナに、ラゲクは顔を引きつらせて頷いた。
ラゲクだけでなく、マーベリックもその気になれば、ロコッドの処分を早めることはできた。それをしなかったのは、すぐには予想のつかないミアーナの動きを見るのが楽しかったからだったりする。
「では、言葉に甘えてヨーカのことに専念させてもらう。話は変わるが、お前はスココ男爵と結婚するつもりか?」
「いいえ。お断りするつもりです」
ラゲクの質問に、迷うことなくミアーナは答えた。そして、フラティナが無事に夫に話ができたのか、そのことが気になったミアーナは、明日、落ち着いたら彼女に連絡を入れることにした。
ミアーナがフラティナに連絡を入れる前に、彼女のほうから連絡があった。屋敷に戻ってすぐにイガム子爵に話をしたところ、彼は彼女の話を信じ「私のために辛い思いをさせてすまなかった」と謝ってくれたと書かれていた。
今後は何かいい口実を作り、バンハを子爵家から遠ざけるようにするらしく、これでフラティナも安心できるだろうとミアーナは喜んだ。この手紙を読み、自分はもうバンハと関わる必要がないと判断したミアーナは、バンハとの結婚はできないと、バンハ本人と王太子に連絡を入れることにした。
だが、王太子やルイティーがこれで終わらせるわけがない。そんなことはミアーナもわかっていた。
(さて、面倒なことになる前にマーベリック様から紹介してもらった、あの方と連絡を取っておきましょう)
「交友関係を広げることは良いことですからね」
ミアーナはそう呟くと、早速筆を執ることにしたのだった。
◆◇◆◇◆
ルイティーの兄であり、王太子でもあるコレンは、金色の長い髪に水色の瞳を持つ、爽やかな見た目の青年だ。彼は今、ルイティーの部屋におり、ミアーナからバンハとの婚約を断られたとルイティーに話をしたところだった。
「王太子であるお兄様の紹介を断るなんて信じられないわ!」
「ごめんよ、ルイティー。父上も母上もミアーナたちの味方なんだ。これ以上、僕には何もできないよ」
ルイティーの部屋に来る前にコレンは両親にルイティーを許してやってほしいと頼みに行った。しかし「余計なことをするな」と叱られただけでなく「これ以上馬鹿なことをするなら、王位継承権を剥奪する」と言われていた。
長男のコレンにはルイティー以外に弟妹はいない。自分の王位継承権を剥奪したら王になる者がいなくなるからそれはありえないと、コレンは思い込んでいた。しかし、万が一ということもある。
コレンにとってルイティーは、自分の婚約者と同じくらい愛しくて可愛い存在だが、自分の地位も大事である。しばらくは目をつけられたくないと伝えると、ルイティーはヒステリックに叫んだ。
「私がこんなことになったのは、ロコッドとミアーナさんのせいよ! それなのに、どうしてお父様たちはミアーナさんの肩を持つの⁉ 自分の娘が可愛くないってこと⁉」
「ルイティー、それは君が浮気をしたからだよ。僕がマーベリックの立場だったらショックで死んでしまうかもしれない」
「大袈裟だわ! 大体、私もロコッドもマーベリックや公爵にバレないように打ち合わせていたんです。それなのに、あのミアーナが!」
ルイティーは根本的に自分が悪いことを棚に上げて叫んだ。
「そうか。本当にミアーナって女は悪い女だね。こんなに可愛いルイティーを悩ませるなんて」
コレンは大きなため息を吐いたあと、壁時計を見て慌てた顔をする。
「ごめん。ロマと約束しているんだ。また改めて顔を見にくるね」
「お兄様! 戻ってきたら一緒にミアーナをやっつけるための良い案を考えてくださいね」
「わかっているよ。悪女はこの国に必要ないから」
コレンは力強く頷くと、急いで支度をして、婚約者であるロマが住む侯爵邸に向かった。




