32 もちろんです
自由になったロコッドは木に吊り下げられたルイティーをそのままに、ヨーカと共に屋敷の中に入ろうとしたが、兵士によって止められた。
この時になってようやく自分たちが追い出されていたことに気がついたロコッドたちは、慌てて中に入らせてくれと訴えた。しかし、邸内に入れてもらえることはなく、しばらくして彼らの私物がまとめられたものが裏口から運ばれてきた。
「酷い! 酷すぎる! こんなことってないよ!」
「ああ、泣かないでロコッド。あなたに悲しい思いをさせた奴らを絶対に許さない! 絶対に復讐してやるわ!」
嘆き悲しむロコッドの背中を撫でながら、そう誓ったヨーカだったが、ミュークド公爵家を追い出されたあと、彼女たちに行く場所などなかった。仕方なく、ヨーカの実家に戻ったものの、すでに現当主にはミュークド公爵家から話が入っており、浮気をした甥やそれを止めなかった姉を受け入れる気はないと突っぱねた。
「私たちは実の姉弟なのよ⁉ それなのに受け入れないの⁉」
「せっかく公爵夫人という立場を手に入れたのに、自分から棒に振るなんて本当に馬鹿だ。しかも、マーベリック様に対して馬鹿なことを考えていたようだな」
「そ……それは! 妄想よ!」
「ミュークド公爵からの伝言だ。今後、ミュークド公爵家に関わる人物に害を及ぼそうとした場合、今度こそ囚人だと。情けをかけてもらって良かったな」
「そんな……! そんなことって!」
ヨーカは門の前で騒ぎ立てたが、最終的には通報されて騎士に捕まり、ロコッドと共に留置所に入れられた。保釈金を払い、留置所を出た二人は安い宿に一室を取って身を寄せ合った。
「母上、これから僕たちはどうなるんですか」
「安心して、ロコッド。生きている限り、希望が潰えることはないわ。絶対にあなたを素敵な貴族の女性と結婚させてみせる」
しばらくの間は、ラゲクからもらったお金で生きていける。そうしているうちに運は回ってくるはずだと思っていたヨーカだったが、彼女は自分たちが密かに見張られていることを知らなかった。
「ルイティーがあんな人だったなんて……。こんなことなら浮気なんてするんじゃなかった。ミアーナだけにしておけば良かった。こんなことになったのは浮気を止めてくれず、ルイティーの性格の悪さを教えてくれなかった、母上のせいだ」
ロコッドの恨み言は、ヨーカの耳にもしっかり届いていた。
「そんなことを言わないでちょうだい。私だってルイティー様があんな性格だったなんて知らなかったのよ。知っていたら止めていたに決まっているわ」
「そうでしょうか」
「当たり前じゃないの」
「……わかりました」
不貞腐れたような顔をして、ロコッドは頷いた。
「わかってくれたのなら良かったわ」
ヨーカは安堵の息を吐いて微笑んだ。
この時のヨーカは、まさか愛する息子に裏切られることなど思いもしていなかった。
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ミアーナが住み込みでラゲクの側近として働き始めた五日目の朝。
ミアーナはマーベリックと共にラゲクの側近の追加要員の面接をすることになった。一緒に仕事をするなら、側近同士の相性が良いほうがいいと考えたラゲクが二人に面接をするように指示したのだ。ミアーナも一緒に判断させることにしたのは、彼女に人を見る目があるということと、女性差別をする貴族がいるためだ。
王国内では貴族の男性の多くが女性を軽視している。経歴書ではいくらでも「女性蔑視などしていない」といくらでも書ける。面接時点でミアーナに対応させ、あからさまな女性蔑視があれば採用しないつもりだった。
約束の時間よりも少し前に、ミアーナの実家から手紙が届いた。あとで読もうと思っていたが、急ぎかもしれないとマーベリックに促され、ミアーナは自室に戻った。安楽椅子に座って手紙を読み始めたミアーナは眉間に皺を寄せた。
父からの手紙にはミアーナに縁談がきていると書いてあったのだ。
(離婚して十日も経っていないのに釣書きを送ってくる相手なんているのね。怪しく感じてしまうのは失礼かしら。脅されている可能性もあるから、本人と話をしてみないとわからないわね)
面倒なことになったと思いながら、手紙を白い封筒に戻し、マーベリックたちがいる執務室に戻った。
「どうかしたのか?」
ミアーナの表情が暗いことに気がついたマーベリックが心配そうに尋ねた。
「厄介なことが書いてありまして」
「差し支えなければ話を聞かせてもらってもいいか?」
「もちろんです」
ミアーナは頷き、手紙の内容を詳しく話し始めた。
「先程届いた手紙の内容なのですが、王太子殿下が私に、ある男性との結婚を薦めてきているそうです」
「国王陛下が絡んでいるのなら、ミアーナに連絡をしてから決めるだろう。特に何も連絡がないということは、王太子殿下の独断か」
マーベリックたちはルイティーの逆恨みを警戒し、両陛下に相談していた。そして、ルイティーや王太子からの無茶な命令は聞かなくてもいいと許可をもらっていたのだ。
「そうかもしれません。ところで、私はお相手のスココ男爵のことを詳しくは知らないのですが、マーベリック様は男爵について何か知っておられることはありますか?」
「たしか、四十代で未婚。仕事を理由に実の兄である子爵の家に入り浸っていると聞いたことがある」
話を聞いたミアーナは顔をしかめる。
「……何か嫌な予感がしますわね。無知で申し訳ないのですが、お兄様はどのような方でしょう」
「イガム子爵だ。名前は聞いたことくらいあるだろう」
「イガム子爵なら存じ上げております。たしか、大変若くて綺麗な奥様がいらっしゃいましたわね」
「そうだ」
「……ということは」
ミアーナは呟き、マーベリックを見つめた。二人は顔を見合わせて同時に言葉を発する。
「「義理の姉を愛している」」
声を揃えたあと、マーベリックは苦笑し、ミアーナは大きくため息を吐いた。
「まさかと思いますけど、そう言われる可能性が絶対にないとも言えませんわね」
「さすがにそう続かないとは思うがな」
マーベリックはそう言ったものの、その可能性もあるということは否定できなかった。
「で、どう返事をするつもりなんだ?」
「できればこのお話はお断りしたいのですが、実父は私が一生独身ではないかと心配しているのです。王太子殿下の命令ですし、お会いするだけお会いしてみますわ」
諦めたように言ったあと、ミアーナはマーベリックに尋ねる。
「そういえば、ルイティー様はどうしていらっしゃいますの?」
「元気にしているといえば元気にしているが……」
少し考えたあと、マーベリックは苦笑しながら続ける。
「話し出すと長くなる。面接に来ている人を待たせるわけにはいかないから、休憩時間に話してもいいか」
「もちろんです」
気になることは山積みだが、まずは側近の面接に集中することにした。




