31 ご迷惑でしたでしょうか
どこか疲れた様子の二人を気の毒に見つめつつ、ミアーナは気になっていたことをマーベリックに尋ねる。
「ヨーカ様がマーベリック様の暗殺を企てていた件についてはどうされるのですか?」
ヨーカはマーベリックへの殺意を抱いていたことについては否定していた。ヨーカがマーベリックを暗殺するために動いていたわけではないため、今の段階ではメイドや兵士の証言のみである。
「ロコッドと話をしていたそうだから、彼が証言してくれればいいんだが、そこまで馬鹿ではないらしい」
「どうすれば素直に口を割ってくれるかですけれど、そう簡単には無理ですわよね。彼にとってメリットがあると思われるような条件をつければ、正直に話してくれるでしょうか」
「俺はそう思う」
「私はそう思う」
愛していると言っていたルイティーを売るくらいだ。母親のことも簡単に売るだろうと思ったミアーナが言うと、マーベリックとラゲクは同時に頷いた。
今後の対応を話している間に、馬車はミュークド公爵邸に着いた。マーベリックの手を借りて、ミアーナが馬車から降りると、ヨーカたちの騒ぐ声が聞こえてきたので目を向ける。
「ちょっと! いつになったらロコッドが自由になるの!」
「申し訳ございません。今、見ていただいたらわかる通り、ロープを解いている最中です」
視線を向けた先にいたロコッドは、木から地上に下ろされていたが、まだ体はロープでぐるぐる巻きにされたままだった。それを解くためにロコッドが何度も地面を転がされていた。しかも、解いたと思えばまた逆方向に戻すので解いたり巻いたりを繰り返している状況だ。
ヨーカの声しか聞こえないのは、何度も転がされたロコッドは気分が悪くて叫ぶ元気もないからだった。
「自由にさせないなら、暴力をふるう以外は何をしてもいいと言ったが、ここまでしろとは言ってない。よっぽどあいつは嫌われているんだな」
ミアーナの隣に立ったラゲクが呆れ顔で呟いた時、ヨーカがミアーナたちの存在に気がついてこちらに向かってくる。
「ラゲク様! 何をぼんやりしているんですか! ロコッドはあなたの子供ですよ! 息子がこんな目に遭っているのに怒りもしないなんておかしいです!」
「やってもいい行為ではないので止めるつもりではあるが、これだけ先に言っておく。ロコッドは私の子供ではない」
ラゲクの発言を聞いたヨーカは鼻で笑う。
「何をおっしゃっているんですか。私と別れても、ロコッドは書類上はあなたの息子です!」
「いや。養子縁組をしていないから、私の子供ではない」
「「……え?」」
ラゲクの発言にヨーカだけでなく、ぐったりしていたロコッドまでもが呆然とした顔をして聞き返した。動きを止めてしまった二人に、マーベリックが話しかける。
「連れ子の場合、手続きをしない限り子供が新しい親の子供にならないことくらいは知っているだろう?」
「し、知っているわ。まさか……!」
今になってやっと、ヨーカは自分にとってありえない状況であることに気がついた。
ヨーカは顔を真っ青にしてラゲクに叫ぶ。
「まさか、あなた、ロコッドとの養子縁組をしていなかったのですか!」
「そうしてくれと頼まれたわけでもない。お前は公爵夫人の座がほしかった。私はマーベリックの母親がほしかった。当時、再婚した時はお互いにメリットがあったはずだ。ロコッドについては何も言われていない」
「……そんなことはありえないわ! 嘘よ! 信じられない! 何も言わなくても養子縁組をするのが普通です!」
取り乱すヨーカにミアーナが苦笑して話しかける。
「ラゲク様の側近になったばかりの私がこんなことを質問するのも恐縮ですが、ヨーカ様はラゲク様がロコッド様を養子にしたという書類を見たことはあるのですか?」
「う、うるさいわね!」
見たことがないだけに、ヨーカはそう返すしかなかった。地面に放置された状態のロコッドが彼女に尋ねる。
「母上、一体どういうことなんですか。僕の父はラゲク様になっているのではないんですか⁉」
「……っ! あなたとラゲク様は養子縁組を組まれていると思っていたわ! でも、違うって言うのよ!」
「そんな! 信じられない! 嘘ですよね⁉」
「本当の話だ」
ラゲクが答えると、ロコッドは涙を流し始める。
「そんな……っ、じゃあ僕はどうなるんですか。追い出されても僕が公爵令息だということに変わりはないから、もしかしたらルイティーと結婚できると思っていたのに、養子縁組がされていなかったら僕はただの平民だ! ルイティーと結婚できないじゃないですか! 信じられない! きっと、これは夢だ!」
さすがのロコッドも現実逃避をしてしまうくらいのショックだったようで、涙を流して笑い始めた。
(こういう姿を見ると、さすがに気の毒に思ってしまうわね。だけど、ルイティー様と結婚できなくても死にはしないわ)
ミアーナが冷ややかな目でロコッドを見つめていると、静かだったルイティーが叫ぶ。
「ロコッド! あなたが公爵令息のままだったとしても、あなたと再婚なんてしないから! というか助ける気もないからね!」
「うわああああ! 僕はもう終わりだぁ!」
今度は子供のように大声を上げて泣き始めたロコッドに、ヨーカは何度も首を横に振りながら訴える。
「まだ! まだよ! 終わってなんかいない! どうせラゲク様が、ロコッドを跡継ぎにしたくがないために嘘をついているんだわ!」
「跡継ぎにしたくないのなら、余計に養子縁組などしないだろう」
呆れた顔のラゲクの言葉を聞いた、ヨーカは打ちのめされた顔になった。
「すぐには現実を受け入れられないようですし、今はここでそっとしておいてあげましょう」
ミアーナが小声でラゲクとマーベリックを促すと、二人とも頷いて、屋敷に向かって歩き出した。ミアーナは二人から少し離れた後ろを歩き、屋敷に入る前に兵士に伝える。
「お手数だけれど、ロコッド様たちが屋敷に入ろうとしても入れないでちょうだい」
「「承知いたしました」」
躊躇いもなく頷く兵士たちに驚いたマーベリックたちだったが、特に自分たちが困ることではなかったため何も言わなかった。
「これで、屋敷から追い出したことにはなりますわね。このあとのことはラゲク様の判断にお任せしますわ」
ミアーナはにこりと微笑んだ。そんな彼女に呆れたラゲクだったが、思い直してマーベリックに耳打ちする。
「マーベリック、再婚相手にどうだ?」
「彼女は俺が相手では満足しないでしょう」
マーベリックはラゲクに耳打ちするように小声で答えた。その様子を見たミアーナは、まずいことをしてしまったのかと慌てた様子で話しかける。
「どうかなさいましたか? ラゲク様たちに良かれと思ってしたことでしたが、さすがに越権行為、もしくはご迷惑でしたでしょうか」
「いいや。助かったよ」
苦笑するラゲクとマーベリックを見つめ、ミアーナは不思議そうに首を傾げたのだった。




